2013年12月24日

贈り物百景

内野三菜子
国立国際医療研究センター病院放射線治療科

 最初にお断りします。医師を含むすべての医療スタッフは、患者に対して医療行為を提供するに当たり、プロフェッショナルとしてベストを尽くす。「心付け」とされるもののあるなしによって、その姿勢が変わることはありません。プロフェッショナルに対する敬意さえ頂ければ結構で、患者側におかれては物品や金銭による心付けの類について一切気遣いをされませんよう、お願いいたします。このことを大前提とした上で、今日は「心付け」のお話をしたいと思います。

贈り物の一方的な拒否は患者の「文化」への敬意を損なう
 「贈答」という行為が、地域共同体同士または共同体の構成員同士によるコミュニケーションの一端を担っているケースは、日本のお中元やお歳暮にとどまらず、様々な社会で見られます。中には、太平洋岸北西部の先住民族の「ポトラッチ」と呼ばれる風習のように「贈り物を受け取ったら倍返しをしなければならない」というしきたりによって、贈り物自体が相手への経済的な攻撃の意味合いを持つことさえ、世の中にはあるようです。

 個人の多様な文化的背景を尊重することに重きを置くカナダの社会では、例えば患者からの贈り物を「利益相反ですので受け取れません」と突っぱねることは、贈り物を文化の文脈でとらえた場合には、患者の「文化」に対する敬意を損なうことと同等であるとみなされます。そもそも、「利益相反」という考え方も、確かにそれ自体は「公正」であり「正義」かもしれませんが、一面では医療者側の一つの文化に過ぎず、それを相手に対して押し付けているという側面があるとも言えるのです。

 さすがに金銭を贈られる場合には寄付の窓口を紹介するのですが、物品を贈られる場合は「常識の範囲内」であれば受け取ってもおおむね問題ない。というのが、カナダ社会の考え方です。文化的背景を色濃く反映するとも言える贈り物については、いろいろと面白い話があります。

Thank you cardやギフト券のほかにも変わった贈り物が…
 医療者が患者から贈られる物として最も多いのは“Thank you card”です。例えば、放射線療法を受けている患者は毎日通院して来ますので、治療室の技師とも顔なじみになります。週に1度しか顔を合わせない医師よりも親しみやすく、患者の心の支えになることもしばしばで、医師としても日々大変感謝しているところです。

 こうした患者が治療の最終日にThank you card、あるいはそれにチョコレートやドーナツの詰め合わせを添えて…ということはよくあります。治療室の外側や治療装置の操作コーナーには、たいていはThank you cardが所狭しと張り出されています。バタバタと走り回って食事もままならないような日に、治療室から照射位置確認のためのコールがかかったとき、私を哀れに思った技師がチョコレートやドーナツを振る舞ってくれたこともあります。

 次に多いのはコーヒーのギフト券でしょうか。これはナースがもらうことが多い印象です。こちらでは、誰かがコーヒーを買いに行くと周りの人の分も一緒に買ってくるのが通例で、そうした場合にお金を受け渡しすることはあまりありません。最初の頃はそれが分からなかった私は、ナースから「ミナコ、コーヒー買ってくるけれど、いる?」と聞かれるたびに、いちいち「本当にお金はいらないの?」と尋ねていました。

 決まって返ってくるのは「この間、治療の終わった患者さんからもらったコーヒー券だから、あなたの分も含まれているわ」という言葉でした。コーヒーチェーンで10ドルくらいのギフト券が売られていて、それをThank you cardと一緒に渡すというケースが多いようです。

 患者のバックグラウンドがよく表れた贈り物も楽しいものです。イラン人の患者から、箱いっぱいのピスタチオを頂いたことがありました。タイ料理のシェフだった患者から、手作りのタイ風焼きそばを頂いたこともあります。このときはうっかり外来で開けてしまい、あわてて閉めたものの後の祭り…。ランチタイム前の外来に漂うおいしそうなにおいに、斜め向かいのブースで診療している乳腺外科チームから、半ばうらやましそうに「何のパーティー?」と聞かれてしまいました。

 もっとユニークな贈り物もあります。上司のオフィスに研究の打ち合わせで入ったときのこと。机の上にヘアアイロンが置いてありました。私の上司はブロンドヘアで肩につくかつかないかのボブスタイルですが、ヘアスタイルをあまり気にする方ではなく、漫画でたとえるならスヌーピーのペパーミント・パティみたいな感じで、いつも少しボサボサッとしています。

 およそヘアアイロンなど面倒臭がりそうな感じなので意外に思い、なぜ置いているのか尋ねたところ、「患者さんから、『その髪の毛を何とかしなさい』ということでもらったんだけれど、当の患者さん本人は(化学療法中で)髪の毛がないから、返すに返せなくってねえ」。私も返す言葉に困ってしまいました。

何物にも代えがたい、患者からの贈り物
 私自身も、心に残る頂き物をしたことがあります。治療期間がもうすぐ終わる頃の外来で、ある患者から「好きなお花は?」と聞かれ、「桜だけれど、こちらでは本物を見るのは難しいので、なかなか見られませんね」と答えたところ、その方は治療後1カ月のフォローアップ外来で、立体的に造形された素晴らしい桜の飾り皿(前ページ写真)をプレゼントしてくださいました。

 上司とナースにも、それぞれヒマワリとユリの飾り皿を持ってこられて、いずれもその方のお母様お手製の作品でした。「先生はサクラがお好きだそうなので」とのことでしたが、これにはとても感激しました。

 実は、先の質問をされたときに、内心、「もしや花束でも用意されるつもりなのだろうか。手に入らないと分かっている花なら、そんな気遣いもあきらめてもらえるだろうか」と思ってもいました。それが、まさか粋な陶器の贈り物だとは…。しかも、当時の私は外来に出始めて間もない頃で、完璧かつスムーズなコミュニケーションができているとは言いがたかった時期でしたので、いっそううれしい心遣いとなりました。私にとっては何物にも代えがたい宝物で、今でも大切にしまってあります。

 このように形に残る贈り物もうれしいのですが、経過観察の外来で「ありがとう」と言ってもらうことも同じくらい、あるいはそれ以上にうれしいものです。1年、2年とフォローしていると、私がフェローシップを始めた初期に担当した患者には複数回会えることになります。「あのときはねえ」と世間話を聞かせてもらいながら、元気な顔をたくさん見せてもらえる瞬間が、何よりの贈り物なのです。
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