2014年01月22日

「イヤ〜な予感」の重大性を再認識した一例

「挿管してほしい」と訴えた“ベテラン”患者

日比野誠恵
ミネソタ大学ミネソタ大学病院救急医学部准教授

 26歳の白人男性が、2日間にわたる呼吸困難を主訴に来院しました。私を見るなり、「先生、どうにも気分が悪いので、私に気管挿管してください」と言います。バイタルサインを見ると、収縮期血圧が80mmHg台ですが、頻脈というよりは徐脈。頻呼吸もなく、SpO2も97%というところ。本人の話では、血圧はいつもこんな具合だそうです。

 数字だけを見ると緊急気管挿管の適応はありませんが、この患者は「どうもイヤ〜な予感がする」と言うので、とりあえず蘇生室の方へ移動してもらいました。過去にミュンヒハウゼン症候群で気管挿管をされたがっていた患者を診たことがありますが、今回も何かがありそうです。

気管挿管の訴えは心肺停止の前兆?
 この患者は、先天性心疾患としてファロー四徴症と並んで代表的な大血管転移があり、新生児の頃から様々な心血管手術を受けてきました。心臓移植も2度経験した上、バーキットリンパ腫(おそらく移植後リンパ増殖性障害〔post-transplant lymphoproliferative disorder;PTLD〕)を合併しましたが、現在では完全寛解に至っているとのことです。極めて重篤な基礎疾患があり、慢性的に医療機関にかかっている“ベテラン患者”なのです。

 彼を頻繁にフォローしているのは、わがミネソタ大学病院の心臓内科2(1〜3の3つがあります)で、心筋症/左室補助人工心臓(left ventricular assist device;LVAD)や心臓移植を主に扱う部門です。もっとも、彼は様々な合併症のため血液腫瘍内科をはじめとする大半の診療科を回ってきており、医療や病院のシステムを熟知しています。

 このように複雑な問題を抱える患者を診るときは、「ベースラインから何がどのように違うか」が診療上の重要なポイントになってくるので、時間があれば過去のカルテを参照することになります。特に過去のバイタルサインとの比較は重要ですが、この患者の場合はほとんど平常通りで、やや低血圧気味で徐脈気味ということ以外は目立った変化がないようでした。

 心電図でも徐脈が確認され、新たな高度房室ブロック(high-grade AV block)があるようなので、電解質のカリウムもベッドサイドで調べましたが、特に高値でもありませんでした。ベッドサイドを訪れた心臓内科2のチームとも相談して、心臓カテーテル室に移してペースメーカーを入れ、心血管動態も調べようということでマネジメントが決定しました。

 この間、患者の顔色は優れず、どうにも気分が悪いようで、看護師にも気管挿管をしてほしいと訴えていたようです。われわれがベッドサイドを訪れたときも確かにつらそうでしたが、依然としてバイタルサインにはあまり変化がありません。臨床医としての長年の経験上、このような患者の訴えは心肺停止の前兆とも考えられ、慎重に対応する必要がありますが、この時点では客観的な適応がないので様子を見ることになりました。

そして翌日、電子カルテを開くと…
 それから5分も経たないうちに、収縮期血圧が60mmHgくらいまで落ちてきたので、緊急気管挿管を実施しました。状態は悪化したのですが、挿管の適応が確認できて、なんだか妙にホッとしたのを覚えています。無事に挿管を終え、合併症もなく収縮期血圧も60〜80mmHgということで、予定通り心臓カテーテル室へ直行。

 実は、心臓カテーテル室へ転送する前にベッドサイドエコーで心臓を調べたところ、収縮能の極端な落ち込みや右心室の拡張(大きな肺梗塞の間接的な所見)もないようでしたが、移植の拒絶反応や副腎不全の可能性も考慮してステロイド投与をしておきました。また、静脈血ガスと乳酸値も正常で平熱でしたが、早期の敗血症である万が一の可能性も考慮して、血液培養の後で抗菌薬も投与しました。このように想定可能な病態を前もってカバーしておくことは、クリティカルな症例では頻繁に行われます。

 心臓内科2のチームによってペースメーカーが挿入され、まもなく「心血管動態にも特に大きな問題はないようだ」という報告を受けました。私はちょっとした引っかかりを覚えたのですが、同時に10人ほどの患者を並行して担当していることもあり、「まあ、大丈夫ならいいか」と思って、その日のシフトを終えました。

 翌日のシフトに入り、「あの患者はどうなったかな?」と思って電子カルテを開こうとすると、「死亡後の患者のカルテです」というアラートが出ました。やっぱり何かがあったのです!

 慌ててカルテに目を通すと、ペースメーカー挿入後1〜2時間のうちに心肺停止に陥り、いったんは蘇生したものの、最大量の昇圧薬を投与してようやく血圧を保っているという状態だったようです。それからも心肺停止が2度起こり、家族から「もうこれ以上の処置は結構です」ということになったようです。結局、心肺停止に至った直接の原因は分からずじまいでした。

「イヤ〜な予感」に関する文献もありました
 ある程度経験を積んだ救急医なら一度は似たような経験があるようで、多くの同僚も“ベテラン患者”の「イヤ〜な予感」というのは、われわれ救急医にとっても「イヤ〜な予感」であることを再確認する一件でした。正確な病態が分からない時点で「イヤ〜な予感」がするときに、前述のようなショットガンアプローチを行っても、悪い転帰となることが多いように思います。

 こうした「イヤ〜な予感」は主観的なものなので論文にもしづらいでしょうが、“gut feeling”“ gestalt”“intuition”といったワードで検索してみると、いくつか興味深い報告がありましたので紹介します。

 まずはベルギーのフランダース(『フランダースの犬』で有名ですね)からの報告で、重篤な小児感染症に関する臨床医の“gut feeling”を観察研究したものです[1]。“gut feeling”は「臨床医が抱く『なぜだか分からないけれども何かがおかしい』という直感」、“clinical impression”は「病歴や身体所見から得られた主観的な観察による印象」と定義されています。

 プライマリケアクリニックに来院した3000人以上の小児患児について、“gut feeling”および“clinical impression”と重篤な感染症の有無の関係を調べたところ、“clinical impression”では「重篤でない」と思われ、“gut feeling”では「何かがあるかも?」と思われた患児では、重篤な感染症の存在と相関関係があったという結論でした(尤度比25)。また、患児の両親の「何かがあるかも?」という印象に関しては、オッズ比36ということでした。

 つい最近も、肺梗塞の診断においては“gestalt”(パッと見で分かる全体的な印象像)がclinical decision toolよりも優れているという報告[2]や、drug seeking behaviorの患者でも、臨床医の印象は、関係する薬剤モニタリングプログラムで把握されている情報に合致しているという報告[3]がありました。

 患者本人やその家族、さらに臨床医の「イヤ〜な予感」には十分に気をつけていこうというメッセージを、これらの報告からくみ取るべきでしょう。

【References】
1)Van den Bruel A,et al:Clinicians’ gut feeling about serious infections in children: observational study.BMJ.2012 Sep 25;345:e6144.
2)Penaloza A,et al:Comparison of the unstructured clinician gestalt,the wells score,and the revised Geneva score to estimate pretest probability for suspected pulmonary embolism.Ann Emerg Med.2013 Aug;62(2):117-124.
3)Weiner SG,et al:Clinician impression versus prescription drug monitoring program criteria in the assessment of drug-seeking behavior in the emergency department.Ann Emerg Med.2013 Oct;62(4):281-9.
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