2014年01月31日

「イスカンダル計画」の地で医療マネジメント会議

所属病院グループのマネジメントセミナー“傍聴”記

大西洋一
ラッフルズジャパニーズクリニック院長

 「今年も女子会に参加するのを楽しみにしていたけれど、急に仕事が入って日本に帰れなくなりました。すみません」。昨年の秋、私はこのようなメールを出す羽目になりました。

 10月最初の日曜日、東京駅前のKITTE(2013年3月にオープンした大型商業施設)内のレストランで開催予定の、医学部同級生女子10人が集まる食事会に参加するのを楽しみにしていた私ですが、病院行事が急きょ入ってしまいキャンセルすることになったのです。「女子会」とはいっても、私の同級生ですから今や皆さんほとんどがお母さんです。

 いずれにしても女性だけの集まりのはずですが、どういうわけか“黒一点”で私もメンバーに認定されており、今年も声がかかったので、万難を排して参加するつもりでいました。ところが、ラッフルズメディカルグループ会長直々の招集で行われるアニュアルマネジメントセミナー(AMS)をすっぽかすわけにもいかず、泣く泣く不参加となったわけです。

「たった一人の日本人」は苦行に等しい
 このAMSは、文字通りラッフルズメディカルグループのマネジメントスタッフを集めて毎年開催されるわけですが、私もグループ傘下のジャパニーズクリニックの代表(medical director)として、毎回の参加がほとんど義務になっています。

 マレーシアのクアラルンプール、ジョホール、マラッカやインドネシアのビンタン島など場所を毎年変え、ホテルに2泊3日のカンヅメで参加者が寝食を共にし、朝から夕方までセミナーが開催されます(写真1)。医療系・事務系ともに各部署の代表者の中から、毎年総勢70人近くが指名されて参加します。参加者はもちろんほとんどがシンガポール人で、私はたった一人の日本人です。

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【写真1 ラッフルズメディカルグループ、アニュアルマネジメントセミナーのプレゼンテーション風景。】

 海外で働いているとはいえ、ラッフルズジャパニーズクリニックのスタッフはほぼ全員が日本人、患者も100%が日本人で、日常の職場はほとんど日本と変わりません。それが3日の間、大勢の中で自分が唯一の日本人というのは、私にとっては苦行に等しいイベントです。うまい具合に出張でも重なって逃れることができればこれ幸いと思っているのですが、避けられない仕事ならともかく、女子会を理由に不参加というわけにはいきません。

 さて、今年のAMSはマレーシアのジョホールにあるヌサジャヤ地区で行われました。この辺りはもともとヤシの木以外何もないところでしたが、近年は「イスカンダル計画」(※1)という不動産開発によって造成が進み、住宅地、ホテル、遊戯施設、レストランなどが突如としてできあがりました。レゴランド(写真2)やハローキティランドなどもあり、シンガポールからの観光客も増えています。

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【写真2 広大な敷地面積を誇るレゴランド。】

 今回初めて訪れて驚きましたが、住宅地は広大な上に豪邸が建ち並び、その街並みはまるでビバリーヒルズのようです(ちょっと言いすぎかもしれませんが)。まだまだ開発途上で、たくさんのタワー型マンション(コンドミニアム)も建設中。日本でもマレーシアなど海外での不動産投資が話題になっていると思いますが、ここもまさにその投資対象なのです。ただ、正直なところ、「これだけの住居を作って、いったい誰が住むのだろうか?」というのが、最初に見て思った私の感想です。

 われわれが宿泊したホテルは、昨年開業したばかりのシャングリラホテル系列。目の前にはヨットハーバーがあり、海の向こうにはシンガポールが見えました(写真3)。泳いで行けそうな距離ですが、海の中はクラゲだらけだそうです。

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【写真3 開発途上のプテリハーバー付近をホテルより眺める。遠くに見えるのはシンガポール。】

 景色が素晴らしく、なんとも優雅な場所ではありますが、ホテル自体はまだ建設途中でした。こちらでは、完成前から営業を開始するのはよくあることです。以前、家族でシンガポールの開業したばかりの某ホテルに泊まりに行ったところ、部屋の目の前にあるはずのプールはただの工事現場で、音もうるさく作業員が行ったり来たりしていました。プールを楽しみにしていた子どもたちはがっかりしていました。

 日本でも有名なカジノ併設の立派なホテルも、開業時にはまだ建設途中で、コンベンションセンターでは弁護士の国際会議が行われていたのに何度も停電したりして、使用料支払いの件で訴訟に発展したという逸話があります。こちらではそれが当たり前なので、われわれ一行で気にする人は誰もいませんでした。

患者へのサービス追求が利潤につながる
 前置きが長くなりましたが、AMSの中身についてお話ししたいと思います。まずはある部署の代表者が、自分の部署のこれまでの業績、経営戦略、今後の目標、問題点などについてプレゼンテーションを行い、課題を提出します。その後、8〜9人ずつのグループ単位で課題についてディスカッションを行い、グループごとに結論をまとめてそれぞれの代表者が発表します。それをセミナー中に4クールほど行い、合間には、グループの連帯感を高めるようなゲームの余興が入ります。また、最後にはシニアマネジメントと一般マネジメントスタッフの質疑応答の時間があり、会長の長いスピーチで締めくくられます。

 ディスカッションでは、「グループ企業である保険会社の契約・売り上げを増やすためのアイデア」とか、「中医学の魅力をどうアピールしていくか」といった具体的な課題から、「来年度の目標」とか「顧客サービスの重点課題」といった抽象的なものまで、幅広いテーマが俎上に上ります。

 このようなイベントは一般の企業ではごく普通のことかもしれませんが、医療機関で行われるのは、日本の病院育ちの私にとって当初は非常に驚きでした。こちらでは医療機関といえども企業であり、自由診療・自費診療体制の中で常に競争にさらされており、そう考えるとこういった企業努力は当然のことなのでしょう(※2)。参加メンバー一人ひとりがテーマについて真剣に考え、それぞれに意見を出している姿には非常に感心しました。

 もちろん医療機関ですから、患者の利益というものが大前提にあり、利潤追求の議論がそれに優先するものでないのは言うまでもありません。というよりも、皆の発言を聞いていて気付いたのですが、いかに業績を伸ばすかということが与えられた課題にもかかわらず、議論の中身はいかに患者へのサービスを良くするかに終始しているのです。患者の利益を考えることが、すなわち会社(病院)の利益につながるということなのでしょう。

 例えば、「保険契約実績をいかに増やすか」というテーマでは、保険を使って病院受診をする際の事務手続きの簡素化・迅速化についての工夫が議論されたり、「中医学の魅力のアピール」というテーマでは、中医学初心者で治療内容に不安がある方への無料相談や鍼灸のお試し治療といったアイデアが出されます。

 近年は一般企業でも、消費者目線で公益性を考えて経済活動を行わなければ企業の発展はないという認識が当たり前になっています。そう考えると、本来は一般企業と医療機関の運営目標に違いはないのではないかと感じました。とかく日本では、自由診療・自費診療が患者(消費者)の利益を阻害するような受け止められ方をしていますが、実際のところ、定額報酬が保証された日本の医療制度の中では競争原理が働きにくい分、むしろサービスの向上は期待しにくくなります。

 私は日本の健康保険制度は世界に誇れる素晴らしいものだと思っていますが、一方で万能なものだとも思ってはいません。せっかくの素晴らしい制度を維持するためにも、一見相反するような自由診療・自費診療の概念を部分的に取り入れる議論を深めていくことが、今後の日本の医療制度には必要なことでしょう。

 最後に、AMSでの私の活動ぶりについてお話ししておきます。基本的に私は始終オブザーバーを通していますが、寡黙な私を見てメンバーの皆が気を使ってくれ、最後の最後に「ところで大西はどう考えるかい?」などと振ってくれます。皆は「日本人は何か自分たちが思いも寄らない斬新なアイデアを持っているだろう」という期待をもって私の言葉に耳を傾けてきます。

 いまだに英語でのプレゼンゼーションが苦手な私にとって、これは非常に迷惑なことなのですが、実際はアイデアがあっても上手に説明できないもどかしさを感じるごとに、もう少し頑張って英語を話せるようにならなければと思っています。

※1 この名称は、開発開始当時のジョホールのスルタン(権力者)であったイスカンダル・イブニ・スルタン・イスマイルの名前にちなんでとのこと。『宇宙戦艦ヤマト』とは無関係のようです。

※2 シンガポールでは、公立病院も「リストラクチャードホスピタル」という独立採算を目指す組織に改められて以降、福祉医療の側面は別として、私立病院と同じような高付加価値医療経営戦略を採るようになっている。
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