2014年02月04日

忌憚のない医師・患者関係がうれしくて、楽しくて

小林孝子
ビーンリー・ロード・メディカルセンターGPフェロー

 オーストラリア人を指して、砕けた表現でオージー (Aussie)と呼びます。オーストラリアを訪れたことのある人は、オージーはとてもフレンドリーだと言います。確かに、とてもフレンドリーで、開けっぴろげで、遠慮がありません。

 親切にしてくれるときは何の下心もありません。その好意は本当の親切心から出ています。できないときは“Sorry, I cannot help you.”と言って、「できること」「できないこと」にしっかりと線を引きます。ですから、「この前はああしてくれたから、今回もやってくれるだろう」と期待すると裏切られるかもしれませんが、こちらではそれが当たり前。義理とか恩義とか遠慮とか、控えめは美徳とか、日本でおなじみの精神文化はさほど重んじられません。

 オージーが発する言葉の裏には何もありません。至って単純明快。まずは自分が第一で、自分はこんなことをやった、あんなこともできる…と、絶えず自分をアピールし続けます。他人の話は聞きますが、「それはよかったね、で、私はこの間…」と、自分の方に話を持ってくることもしばしば。他人がどう思おうと関係なし。

 「こんなことを言ったら機嫌を損ねるかも」と気を回して配慮しても、それを言葉にしてアピールしない限り、心遣いに気づくことはまれ。「これだけやってあげたのだから、あえて言わなくても、ありがとうくらい言ってくれたって…」と不満に思うようでは、こちらではやっていけません。いわゆる「空気を読む」ということは、オージーにはまず難しい。ですから、医師から患者に対しても、遠回しだったり曖昧だったりする言葉は誤解を招き、混乱のもととなりやすいのです。

 私はラポールの確立がオージー社会の基本だと思っています。街中のショッピングでも、日本なら「お客様は神様です」と言って平等にサービスしてもらえますが、こちらでは店員と仲良くならないと良いサービスは受けられません。どんな人と仲が良いかで物事が左右され、難しいこともなんとかなることがあります。ですから、オージーの社会では誰とでも仲良くなるという文化があるのかもしれません。私がこちらの病院でインターンやレジデントのポジションを見つけるきっかけをくれたのも、ひょんなことから仲良くなったオーストラリア人GP(general practitioner)の推薦があったからでした。

ざっくばらんな問診からengageを
 診療の場で、医師は患者をファーストネームで呼びます。患者は医師を“Doc”“Doctor”と呼ぶか、Takako Kobayashiなら“Doctor TK”のように呼びます。そして、“Hello Doc,How is going? I am crook.I have had bloody headache since yesterday.No temperature, no flu sort of stuff.What’s going on,Doc?”(やあ先生、調子はどうだい? おれは調子が悪い。昨日からめちゃくちゃ頭が痛いんだ。熱はないし、かぜをひいた感じでもない。いったいどうなっているんだい、先生?)といった感じで、とても砕けた調子で会話が始まります。

 時には机の上に置いてあるジェリービーンズの入ったビンを指差して、食べていいかと聞きながら勝手に1つ2つ口に入れ、それから話を始める患者もいます。ざっくばらんな雰囲気です。

 そして彼らは「こんな症状があって、こんなに苦しいんだ。夜も眠れなかった」などと、延々とアピールを始めます。向こうが勝手にしゃべってくれるので、私としては楽な問診です(適宜、話を軌道修正する必要はありますが)。中には、立ち上がってジェスチャーを交えながら症状を再現してくれる人、苦しさを訴えるうちに感情が高ぶって涙を流す人もいます。

 医師はまず、患者と仲良くならなければいけません。幸い、オージーには知らない人とでも仲良くしようとする気質があるので、私のような日本人の医師に対しても壁のある対応は見られません。「本当にこのドクターは大丈夫なんだろうか?」といぶかしげな顔をするのは、むしろ在豪日本人の患者が多いというのは面白いですね。

 ただ、オージーといえども、特に初診時は多少なりとも不安を抱いているので、その訴えを傾聴して関心のあることを示し、「それは大変だったでしょう」と共感を示すことで、「このドクターは私の言うことを理解してくれたんだ」となり、本当に安心するのです。そうなれば医師の診断とマネジメントを受け入れてくれ、その後もスムーズに進みます。このような信頼関係を作ることを、こちらではengageと表現します。

 治療を経て状態が良くなったときは“Thank you!”と言って握手を求めてきたり、ハグしてくれたりする患者もいます。「またドクターに診てほしかった」と言って再び受診してくる患者も多く、いつも感謝しています。

謝罪してはならないが、申し訳ないと言うことをためらってはいけない
 バッドニュースを伝える場面でも、「こんなことを言うと心配をかけるから」などと思って言うべきことを濁してしまうと、かえって患者は不信感を抱きます。ですから、私はできる限り現状をオープンにして、「今のところは分からないけれど、こういう可能性もあるから」というように説明しています。それで患者が怒ることはまずありません。万一ミスがあったとしても包み隠さず説明すれば、「このドクターは正直者なんだ」と思われて、かえって信頼感が増すことも多いです。

 こちらの文化では「ミスを認めたら負け」という風潮があり、医師も言い訳をして自分の非をなかなか認めようとしないところがあります。患者の気持ちを聞こうともせず、私は悪くないと言い張るのであれば、患者が怒るのも当然でしょう。患者の置かれている立場や状況を理解していることをアピールし、共に解決策を探すことが大切です。こちらの医師の中でも “Do not apologise but do not hesitate to say sorry.”(謝罪してはならないが、申し訳ないと言うことをためらってはいけない)の精神が次第に広まりつつあります。

 文化の違いとはいえ、やはり患者が何を求めて受診しに来たのかということを、言葉のみならず態度や雰囲気からも読み取って、最後はハッピーになって帰ってもらう―これが大事です。その意味では、医師もサービス業だということですね。空気を読むのが得意な日本人だけに、こうした心遣いは得意なのです。

 ちなみに、オーストラリアでは「赤ひげ先生」(※)のようなイメージの医師はほとんどいません。所定の勤務時間が終わったら、さっさと帰ってしまいます。上司や同僚がまだ仕事をしていようとお構いなし。オージーは家庭をとても大事にするので、「今日は午後から息子のフットボールの試合の手伝いに行く」などと言って、午後から休診にすることもごく当たり前。むしろ、こういうことをしない医師は、「あのドクターは家庭を大事にしないけれど、大丈夫か?」と周囲から思われることもあります。私が「3週間の休暇を取って旅行に行く」と告げたとき、受付のお姉さんは“Oh, it is lovely!”と言って、嬉々として予約をストップしてくれたものです。

オーストラリアGPからの挑戦状(5)
 この連載では随時、私が出合った症例をもとにしたクイズを出題し、「あなただったらどう対応しますか?」と、読者の皆さんにお聞きしています。実際に取った私の対応は、次回の記事でご紹介します。

 今回は、第1回目の「挑戦状」で紹介したソマリア人の少女(15歳)が、再び登場します。名前を仮にエイミーとしましょう。

 その後(妊娠中絶をした後)、エイミーは避妊が必要だと言われていたにもかかわらず、あれから間もなく再び妊娠して、今度は流産してしまいました。これにはさすがに懲りて、インプラノン(implanon、上腕の皮下に埋め込むタイプの避妊具〔後述〕)を使い始めました。それから2カ月。しばらくクリニックに来ないので“No news is good news.”と思っていたら、先日、インプラノンを取ってほしいということでやって来ました。この2カ月間、毎日のように出血して生理用パッドが手離せず、とても煩わしいとの訴えです。

 「インターネットを見ると、インプラノンの悪いことばかり書いてある。とにかく出血するのは嫌。ちゃんと毎日飲むからピルに切り替えてほしい」。

 エイミーには19歳の姉がいて、その勧めでインプラノンを使い始めました。同じくインプラノンを使う自分の調子には問題ないし、ピルを毎日ミスなく服用するのはエイミーにはまだ難しいという理由からの勧めでした。

 「母にも姉にも相談していない。家族に言うと反対されるかもしれないから言わないでほしい。姉は大丈夫なのに、私ばかり出血するなんて…」。

 さて、皆さんなら、この患者のインプラノンを取るでしょうか、取らないでしょうか? 日本で未承認のインプラノンにはなじみがないと思いますので、以下の説明とリファレンスを参考に、考えてみてください。

 インプラノンは、特殊なデバイスで上腕の皮下に埋め込むタイプの避妊具です。長さ3cm、直径2mmの中にプロゲステロン(etonogetrel)68mgが入っています。効果は3年。有効率は99.9%。最も多い副作用は性器出血で、20〜25%の頻度で起こります。

 回答のヒントとして、次の2点を挙げておきます。

・インプラノンによる性器出血は、およそ3か月で治まる。念のため、子宮頚癌およびクラミジアのテストをして陰性を確認する。
・インプラノンを入れたまま出血をコントロールする方法を考える。出血の多い日はトラネキサム酸や NSAIDsを服用させたり、インプラノンを入れたまま経口避妊薬を服用させたりする方法が試みられている。

※ 赤ひげ:山本周五郎の時代小説『赤ひげ診療譚』の主人公・新出去定の通称。江戸時代中期の小石川養生所の責任者(医師)で、無私の姿勢で貧窮者の救済に力を尽くした。

【References】
1)Merck:IMPLANON添付文書(900415-IMP-IPT-USPI.6),2012.
http://www.merck.com/product/usa/pi_circulars/i/implanon/implanon_pi.pdf
2)Implanon NXT insertion(YouTube)
http://www.youtube.com/watch?v=ug7q_1RUMio
3)ZEST Healthcare Communications:Joint statement:Bleeding pattern changes with progestogen-only long-acting reversible contraceptives.
http://www.fpq.com.au/pdf/Br_BleedingPattChangesLARCs.pdf
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/113332789
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック