2014年02月25日

エビデンスだけでマネジメントは語れない

マネジメント界の異端児ミンツバーグの教え

渡瀬剛人
ワシントン大学救急医学領域
ハーバービュー・メディカルセンターAttending Physician

 臨床医にとってマネジメントは遠い世界の話。医師は臨床に純粋に専念して患者に尽くせばいい。かつて私はそう思っていました。しかし、本当にそうでしょうか?

 救急医であれば、荒れ狂う救命救急センターの管理。指導医であれば、様々なレベルにある研修医の指導。診療部長であれば、折り合いが付かない他科との交渉。実は、これらの行動はマネジメントそのものです。毎日こなしている業務そのものが、知らずのうちにマネジメントになっていたりします。「マネジメントなど学んだことのない自分が、そんなことをやっていていいのか?」と悩んでしまうのは、私だけではないと思います。

学ぶものか? 身につくものか?
 20世紀最高のマネジメント研究者とされるピーター・ドラッカー(Peter Drucker)が広く脚光を浴びるようになって久しく、マネジメントにまつわる書籍も数多く出版されています。その影響もあって、マネージャーのあるべき姿は、しっかりとマネジメント理論を勉強し、プロジェクトの計画をきっちりと立て、高い視点からそのプロジェクトを計画と寸分違わずに遂行する―。一般的にはこう受け止められています。

 こうした「理想」と日常で経験する「現実」との間のギャップに戸惑いながら、「問題は自分の力不足にある」と決め付けている方も多いのではないでしょうか? しかし、そもそもこの理想像なるものが間違っていたとしたらどうでしょう?

 Amazon.comで“management”をキーワードに検索をかけると、2014年2月頭の時点で100万件以上のヒットがあります。検索結果には著名なマネジメント研究者としてドラッカーやマイケル・ポーター(Michael Porter)などの名前を認めますが、マネジメント界では異端児とされているヘンリー・ミンツバーグ(Henry Mintzberg)も引っかかってきます。

 彼の言説には、「マネジメントは机上で学ぶものではなく、現場で実践する中で身に付いてくるものだ」という考えが大前提にあります。つまり、マネジメントは学問ではなく、職業でもなく、実践そのものなのだと結論付けているのです。私が取得したMBA(Master of Business Administration)も案の定、彼の批判の対象となっています(汗)。

 彼の提唱する「マネジメントの三角形」(図1)の3つの頂点はArt、Craft、Scienceからなります。Artはビジョンや想像力、リーダーシップ、Craftは経験や実践、Scienceは分析力やエビデンスを示します。彼は、「本当のマネジメントとは、これらの3つの要素を臨機応変にバランスしたものである」と述べています。つまり、プロジェクトの計画から離れて柔軟に行動することや、現場に交じって手を動かすことも、マネジメントそのものなのです。逆に言えば、次々と降りかかる課題を乗り越えるためには、こうしたスタンスをもって臨まなければ難しいということでしょう。

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【図1 ミンツバーグが提唱する「マネジメントの三角形」】

 これまでのマネジメント理論は、この三角形のScienceばかりを強調し、残りの2つの要素をなおざりにしてきました(MBA取得者も然り!)。しかし、人間の集合体である組織をScienceのみで統括しようとする方が無理のある話だというのは、考えてみたら当たり前です。自分のマネジメントがうまくいかなかったという方は、この三角形に偏りがあるのかもしれません。

救急リーダーナースのマネジメントはきれいな三角形を描いていた
 私は、医療の世界でミンツバーグの理論が成り立つのかと思い、救急のcharge nurse(日本で言うリーダーナース)に1日密着してみました。Daveというナースは普段から一緒に仕事をする仲間ですが、こういう視点で彼を観察するのは初めてです。

 驚くことに彼の仕事ぶりは、きれいなミンツバーグの三角形を描いていました。もちろん、ナースである彼はScienceの要素をしっかりと持っています。しかし、それにとどまらず、患者の移動を助けたり末梢静脈ラインを取ったりするCraftがあり、予想外のことが起こったときは同僚をかばい、立ち直らせるというArtも持ち合わせていました。彼が優秀なcharge nurse(あるいはマネージャー)であり得ているのは、この三角形がバランス良く保たれているからなのでしょう。

 彼は、マネジメントのコースを受講したり独自に勉強したりしたことはないと言います。自身がcharge nurseとしての業務を遂行する能力は、実践の中で身に付けたそうです。しかし、私を含めた医療者は、その背景にある教育のせいなのか、Scienceに偏ったマネジメントを実践している方が多い気がします。

 マネジメントとは、スマートにすべてを計算し尽くして計画を遂行することでなく、汗と泥にまみれて悩みながら試行錯誤することなのです。自分の組織に合った戦略や計画は、机上の検討で得られるものではなく、現場での経験を通してしか得ることができません。ある教育法が自分のところの研修医にはあまり有効じゃなかった、あるコミュニケーション法が問題児の医師には通じなかった、有効とされている治療計画に他科が賛同してくれなかった…。このような経験は、きっと読者の皆さんもお持ちではないでしょうか?

マネジメントは現場にどっぷり浸かって悩むことから始まる
 私自身、論文や書籍で知った、あるいは他の病院で有効と謳われているER管理法が自分の職場ではうまくいかなかったという経験を多くしています。そもそも、論文や書籍に説得力を持たせるにはScienceの部分を目立たせるのが最も手っ取り早く、それを読んだ読者もScience至上主義に陥りがちです。自分のマネジメントがうまくいかないのは三角形のバランスが悪くなっていることに気づいてさえいなかったことが大きな理由なのです。私の場合も、本当はもっとどっぷりと現場に浸かって悩む必要があったのでしょう。

 最近では、職場で様々なプロジェクトの責任者としての仕事をさせてもらうようになったので、ミンツバーグの三角形を念頭に置きながらプロジェクトを進めています。例えば、救急外来での気道管理を一から見直すプロジェクトでは、プロトコールを作成する、他科との折り合いを付ける、スタッフの賛同を得る、スタッフを教育するといった多くのことが絡み合います。

 そこで、「救急外来での気道管理は、われわれ救急医がリーダーとなる」(ビジョン:Art)、「最新・最良の科学に基づいてプロトコール作成・教育を行う」(エビデンス:Science)、「現場で同僚と汗をかき、悩みどころを共有・改善する」(経験・実践:Craft)ことにより、このプロジェクトは実を結びつつあります。最初は思い通りにいかずイライラすることが多かったですが、誠実に継続するうちに今ではほとんどのスタッフの理解・協力を得られるようになりました。

 「なんだ、結局マネジメントの方程式はないのか」とガッカリされる方が多いと思います。しかし、医療という複雑系を説明できる方程式がないのはやむを得ないことで、複雑系への対応はむしろ基本的な原理に還元して管理する方が適しています。そうした意味で、読者の皆さんによる医療組織のマネジメントにミンツバーグの三角形が少しでも役立てばとの思いで紹介させてもらいました。

(おまけ)ミンツバーグの豊富な経験と研究に基づいた「人を引き付けるマネジメント」に大切とされる5つの法則を紹介します。私もなるほどと思いました。訳してしまうとニュアンスが伝わらないと思うので、原文のまま引用します[1]。

Engaging management

(1)Managers are important to the extent that they help other people to be important.

(2)An organization is an interacting network,not a vertical hierarchy.Effective managers work throughout;they do not sit on top.

(3)Out of this network emerge strategies as engaged people solve little problems that can grow into big initiatives;implementation,so-called,also feed formulation.

(4)To manage is to help bring out the positive energy that exists naturally within people.Managing thus means engaging,based on judgment,rooted in context.

(5)Leadership here is a sacred trust earned from the respect of others.

【Reference】
1)Mintzberg H:Managing,Berrett-Koehler Publishers, San Franscisco, 2009.
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