2009年09月29日

上海で医者のキャリアについて考えたこと


市瀬 史
ハーバード大学医学部アソシエイト・プロフェッサー/
マサチューセッツ総合病院麻酔集中治療科・麻酔医)


 医者という仕事は、本当の意味でのProfessionだと思います。医者になることそのものがキャリアで、それ以上でもそれ以下でもあり得ないのかも知れません。

 15年ほど前に亡くなった私の父は、外科医として地域の住民の健康と安全を守るという崇高な使命のために一生を捧げた人でした。周囲から慕われ尊敬されていた父親は、子ども心にも私の誇りでした。今となっては本人がどう思っていたかを知るすべはありませんが、私自身が自分のキャリアの中ごろに達した今、父の医者としてのキャリアは大変充実したものだったと思います。特別意識はしていませんでしたが、その父の背中を見て育ったことが、兄と私が医者を志した要因の一つであることも疑う余地がありません。
変貌を遂げる上海にて
 今、この文章を上海のホテルの一室で書いています。医学・生物学における硫化水素の役割に関する国際会議で招待講演をするために、4日間の予定で上海に来ました。

 中国の急速な経済発展の様子はニュースなどで知っていましたが、無数の高層ビルが立ち並び、リニアモーターカーが走り回る上海のダウンタウンの様子には、とても驚きました。来年に開催される上海万博に向けて、街中至る所で工事が行われている様子は、子どものころに見た、建築中の新宿副都心の様子にどこか似ているように感じました。街はものすごい数の人と車でごった返し、埃っぽく湿った匂いが充満し、うねるようなエネルギーを発しています。

 今回の国際会議のテーマの一つである硫化水素は、日本では自殺に使われて有名になってしまいましたが、現在注目されているシグナル伝達ガス分子の一つで、この会議にも広く世界中から研究者が集まりました。最近上梓した拙著『「人工冬眠」への挑戦』(講談社ブルーバックス)にも書きましたが、硫化水素や人工冬眠の研究についてはいずれこの連載の中でも紹介したいと思っています。まだ発展途上の研究分野ですが、こうした国際会議が上海で開かれるということ自体、10年前なら考えられませんでした。

 客観的に見て、医学・生物学の分野では、まだまだ中国の存在感は大きくありません。しかし経済分野における中国の最近の急速な進歩を考えれば、医学や生物学の分野でも中国がアメリカや日本に追い付いてくるのは時間の問題でしょう。世界は急速に変化しています。

 医学や医療も私の父が医学を勉強した50〜60年前からみれば、想像もつかないぐらい急速に進歩しました。医療の本質は変わっていないと思いますが、医者のキャリアは変わってきました。

研究をする臨床医―Physician-Scientist
 私が初めてアメリカに渡ってから、20年近くの歳月が流れました。麻酔科のレジデントとして最高の臨床研修を受けることが当初の目的でした。MGH(マサチューセッツ総合病院)で麻酔科のレジデントを修了し、心臓麻酔のフェローシップも終えて、予定どおり心臓麻酔の専門医になりました。

 その後、研究を始め、現在は麻酔科医としての臨床を続けながらも、基礎研究が仕事の主体となっています。ヨーロッパ・日本・台湾などから私の研究室に集まった若い研究者たちと一緒に、心筋細胞におけるシグナル伝達やガス分子を使った細胞保護法の研究を続けています。最近になって私たちの仕事が一流雑誌にも評価されるようになり、アメリカ国内や海外での講演の依頼も増えました。今回の上海講演もその一つです。

 このように私は、研究をするアカデミックな臨床医(Physician-Scientist)という、ある意味“クラシックなキャリア”を歩んできました。私の場合、アメリカをベースにしているところがやや変わっていますが、日本でもアメリカでもキャリアの本質的なところは同じです。クラシックというのは、研究をする臨床医はいつの時代にもいたからです。そういう医学研究者たちの仕事が現代医学・生物学の進歩に大きく寄与してきたことに疑いの余地はありません。そして、私と同じ、あるいはもっと若い世代にも、非常にアクティブに基礎・臨床研究を続けている臨床医はいます。

 研究は医学の進歩のために絶対必要な、医者の重要な仕事の一つだと私は信じています。しかも医学研究は文句なしに面白く、多くの命を救える可能性のある、非常にエキサイティングでやりがいのある仕事です。

 ところが、このキャリアパスを選ぶ医者の数は、少なくとも日本では近年減少傾向にあるようです。その理由はいくつか考えられますが、一つには、医療費抑制政策と近年の医療事故訴訟の増加の結果、医療現場が疲弊し、研究どころではない、という気分(または状況)が現場に蔓延していることが挙げられます。

 「アメリカにいる人間に何が分かる!」としかられそうですが、私の同年代の友人の何人かは、既に大学医学部の教授職にあり、そういう友人たちとの親交やニュースなどを通じて、日本の状況は、ほぼリアルタイムで耳に入ってきます。日本の医療の状況には個人的に常に興味を持っており、重要だと思われる出版物の多くも読んでいます。研究はしたいけれど、とてもそんな人的余裕がない、というのが多くの大学医学部各科の共通した悩みのようです。

 急速な老齢化とより良い医療への要求の高まりが医療現場の仕事量を急激に増加させている反面、医療費抑制政策はその仕事量の増加に見合ったリソースの供給を妨げています。その結果、本来、臨床・教育・研究という三つの重要な機能を果たすべき大学医学部に、余裕がなくなりつつあります。目の前の仕事をこなすだけで精一杯のところでは、研究活動という高度な知的作業を遂行することはできません。

大学医学部が担うべきもの
 良い医者になるには、患者の“命”全体を診ることが必要です。それには専門分野の技術的訓練だけでなく、広い教養に裏打ちされた生命に対する深い洞察力が要求されます。研究をすることは、その直接の研究目的の達成だけにとどまらず、生命現象に対する理解を深め、生命と自然に対する畏怖の念を育てます。その意味で、私は研究することは良い医者になるのに役立つと信じています。

 残念なことに、日本では、臨床現場の慢性的な人手不足に対する安易なスケープゴートとして、大学医学部での研究活動が批判されているようです。しかし大学で研究しなければ、どこでするのでしょうか。また、研究は理学部や農学部出身の基礎科学者に任せて医者は臨床に専念するべきだ、という意見があります。しかし、臨床に携わる医者だけが見付けられる医療の問題、考えつく新しいアイデアというものがあります。現に私の研究のアイデアや問題意識の多くは、日々の臨床現場での体験や同僚との議論の中から生まれてきたものです。

 問題とされるべきなのは、研究・教育・臨床を十分にカバーする人的資源を確保するだけのリソースが、大学に付与されていないことです。次世代の優秀な医者を育てるためには、臨床の訓練だけでなく、教育や研究ができる体制を充実させていく必要があります。それが中・長期的には医療崩壊を防ぐことにもつながると思います。大学医学部が教育や研究を捨てたら医療技術者養成所になってしまいます。それは長い目で見れば、医者にとってだけでなく患者にとっても不幸なことに違いありません。

 立場の違いはあっても医学の進歩が人類の幸福に寄与することを否定する人はいないでしょう。目の前の患者さんを助けることは、医者だけにできる崇高で尊い仕事です。それに加えて、次の世代の医者・医学者を育て、未来の世代が幸福に暮らせるような医療・医学の基礎を築くことも、われわれ医者に託された重要な使命です。そのためにはいろいろな知識と技術をもった医者が必要です。多様性は進歩の源です。逆に多様性を否定してしまったらシステムは硬直化し、新しいことが生まれなくなってしまいます。

ブログ執筆に向けて
 私はアメリカで基礎研究をしながら臨床に携わっている立場上、今のところ日本の医学・医療の本道からは少し外れたところを歩いています。考えてみれば遠くまで来たものです。しかし、よく言われるように、離れて見たほうが逆に見えてくるものもあります。また、日本とアメリカで医療と医学研究に直接携わってきた立場から、両国のシステムの利点や問題点も理解しているつもりです。

 この連載では、私の日本とアメリカでの経験や日ごろ考えていることを基に、これからの医者のキャリアと一生の仕事について、さまざまな角度から考察してみたいと思っています。



市瀬史(いちのせ・ふみと):1988年東京大学医学部卒業。1990年マサチューセッツ総合病院麻酔科レジデント、同フェロー。1995年、帰国して帝京大学医学部附属市原病院麻酔科講師。1998年に再渡米してハーバード大学医学部・マサチューセッツ総合病院麻酔科アシスタント・プロフェッサーを経て、2007年より現職。専門分野は心臓麻酔、心筋細胞の生理学、一酸化窒素や硫化水素による細胞保護法・人工冬眠の研究。




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