2009年10月01日

中年から米国で臨床医として働く秘策


河合達郎
(マサチューセッツ総合病院移植外科/
ハ―バード大学医学部外科准教授


 人生短いもので、もう壮年と言われる年になってしまいました。そうは言っても、まだ人生を語るほど老成はしていないつもりですが、KUROFUNetから私の特異な経歴をぜひ開陳してほしいと強く要望され、筆を取ることにしました。

 米国に渡って医師として働いてみようと思う人には、(1)医学生で卒後研修を是非米国で受けてみたい、(2)日本である程度研修は終わったのだが、さらに専門性を高めるための研修を米国で受けたい、(3)今さら研修などする気はないが、自分の医師としての技量、あるいは研究してきたことを外国において試したい、といった動機があると考えられます。(1)と(2)については、いろいろな本も出ており情報が比較的豊富ですが、(3)については語られることがほとんどありません。私はこの(3)に該当します。
 40歳になってから渡米して、現在はボストンの教育病院でスタッフ・外科医として働いている私は、“例外中の例外”に属するでしょう。そのため、日本人に限らずいろいろな国の人によく聞かれるのは、「どうやって米国でレジデントもせずに、外科の臨床スタッフとして働けるようになったのか」ということです。どんな抜け道があるのだろうかと不思議に思われるのだと思います。

 そこで、私が知っている、中年から米国で医師として働くための“秘策”を、読者の皆さんにお伝えしようと思います。

 ちまたで言われていること、すなわち「米国で臨床医として働くには、USMLE(米国の医師国家試験)に合格し、レジデントとして教育を受けた上で、専門医資格を取ってからでないと米国の病院に採用されることはあり得ない」という“常識”は、おおむねその通りです。しかし、物事には何でも例外というものが付きものです。これこそが、米国らしさというべきものでしょう。

 米国では、ある病院がその医者をどうしてもゲットしたいと思ったら、実際には何でもする、というのが私の実感です。私の場合は、研究の成果を臨床に持っていくために、活動の場を米国に移さざるを得なかったわけですが、これからは日本にいても、研究または臨床で米国のレベルを抜きん出ていれば、米国の病院から引き抜かれるという時代が来るかもしれません。

 考えてみてください。昔はあの江夏豊さんでさえマイナーリーグでやっとだったのが、今では日本のスタープレーヤーが数多く大リーガーとして活躍する時代なのです。

私が通った“普通ではない道”
 中年から米国で医師として働くための“秘策”を説明する前に、まずは私が今までどんな経験をしてきたかをお伝えしたいと思います。

 1997年5月、私は妻、7歳と3歳になる二人の息子を連れ、3年ぶりにボストンの地に降り立ちました。以前、リサーチフェローとして働いていた、マサチューセッツ総合病院(MGH)の移植外科のBen Cosimi教授とDavid Sachs教授に請われて、助教授(Assistant Professor)としてMGHに赴任するためでした。そのとき既に40歳。

 MGHは、ハーバード大学医学部(HMS)の代表的な関連病院なので、私はHMSの正規職員(faculty)としての身分は保障されましたが、それまで東京女子医科大学の外科助教授として、フルに臨床をこなしていた生活とはまったく違う、研究職での赴任でした。

 もし、私が基礎研究のトレーニングを積んで基礎医学者として生きてきたのなら、そのまま何も疑問を抱かず仕事に入っていったことでしょう。しかし、卒業後の大半を臨床に明け暮れてきた自分にとって、基礎医学だけで生きていく自信は皆無でした。ですから、今回の渡米に当たって決心していたのは、「必ず米国医師免許を取り、臨床の外科に復帰する」ことでした。また、渡米の目的は、以前の留学中にサルで成功した免疫寛容の誘導(免疫抑制剤なしで臓器移植を生着させること)を、臨床に応用することでしたから、そのためにも米国で医師免許を取得するのは必須だと思っていました。

 渡米してすぐにCosimi教授にあいさつにうかがったところ、2例の小児のX線写真を見せられ、翌週にはMGH初の生体肝移植を手伝ってほしいと依頼されました。「米国の医師免許を取るまでは、こういった手術は手伝わない」と宣言する私に、Cosimi教授は「早く免許を取らないと、オフィスを取り上げるぞ」と言って笑っていました。こういうボスに恵まれることも、米国で働く上で重要なことかもしれません。

 「米国の医師免許を取るまでは」と、たんかを切ったものの、40歳からの試験勉強には当然不安がありました。学生時代にECFMG Certificate (米国での臨床研修許可書)は持っていたのですが、もうそれも15年前のもので、当然失効していました。

 そこで、渡米後2カ月でUSMLE(米国医師国家試験)のStep2(臨床医学)を受けました。当時は2日間の試験で、午前と午後それぞれ3時間、150問ずつ解くもので、中年の身にとっては、まさに“拷問”でした。なんとかこの“拷問”に耐え、試験に挑んだにもかかわらず、最初のセクションで時間配分を間違え、致命的な失敗をしてしまいました。時間が半分経過したところでまだ3分の1も終わっていなかったのです。

 1日目の試験が終わり、試験会場からボストンの摩天楼を眺めたとき、まるで自分が米国に全否定されたような、みじめな気持ちになりました。帰宅して、妻に「こんな馬鹿げたことは、もう止めようと思う」と弱音を吐いてしまいました。すると妻に「せっかく始めたんだから、結果にかかわらず、とにかくやったら」と励まされ、2日目も試験場に向かいました。しかし結果は、1日目の失敗がたたり不合格。

 その後は、日中は本業の研究を、夜は酒を断って試験勉強、週末も試験勉強という日々が続きました。そして2カ月後、Step1(基礎医学)の試験を受けたところ、幸運にも合格。さらにその3カ月後に再度Step2を受験し、合格することができました。Step1とStep2に合格すると(現在はもう一つ実技試験がありますが)、医師の仮免許を取ることができます。この仮免許を取得すると、研究を続けながら、移植外科の特殊なケースに正規に参加することができるのです。

 マサチューセッツ州では、医師のフルライセンスを取得するには、Step1とStep2に加えて、Step3(臨床医学)の試験に合格し、正規のレジデントプログラムか臨床フェローを最低2年間受けなければなりません。そのため、形ばかりのフェローを済ませ、2001年に晴れて移植外科のアテンディング(米国で臨床スタッフのこと)になることができました。

 後で知ったことですが、実は別の方法もあって、外国医師でも米国でその実力が認められ、USMLEさえ受かっていれば、トレーニング課程に入らなくとも、2年間の仮免許を取得した後、フルライセンスが取れるのです。実際に私の同僚のドイツ人は、この方法でスタッフになっています。私が渡米したときは、別の方法があることを周囲の誰も知らなかったので、少し回り道をしてしまいました。ただ、フルライセンスの取得については、州によって異なるそうなので、それぞれの州の衛生局に問い合わせた方がよいでしょう。

専門医資格がなくても問題なし
 さて、このように「例外コース」もあり得ることがお分かりいただけたと思います。問題は、こういった普通でない道を通ると、米国の専門医資格を取れないことにあります。なぜなら専門医試験の受験資格を得るには、米国でレジデントプログラムを修了している必要があるからです。

 この専門医資格は、米国のどこの病院に就職するにしても条件として書いてあるので、これがないと専門医としては絶対に働けないと考えがちです。しかし、強い推薦があり、病院が専門医資格を特例として除外し採用してくれさえすれば、後は全く問題ありません。実際、私は、すべての保険会社(米国ではMedicare、Medicaid以外は民間保険)に公認されていて、日常の臨床で困ることは全くありません。ただし将来、外科部長やレジデントの教育担当を目指すのならば、限界があるかもしれません。

 札幌農学校(現在の北海道大学)の初代教頭ウィリアム・クラーク博士は、ここボストンに近いマサチューセッツ大学アマースト校の学長でもありましたが、彼の言葉を借りるなら“中年よ、大志を抱け”です。今や、日本の医学レベルはある分野では世界で抜きん出ています。われこそはと思う人は、米国に限らず世界のどこでもいいですから、実力を試してみてはいかがでしょうか。






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