2010年01月09日

人を育てる、メンタリングというシステム


市瀬 史
ハーバード大学医学部アソシエイト・プロフェッサー/
マサチューセッツ総合病院麻酔集中治療科・麻酔医



 メンタリング(mentoring)とは、特定の領域において知識、スキル、経験、人脈などの豊富な人(メンター)が、そうでない人(メンティ)に対して、自立させることを意識しながら一定期間継続して行う支援行動を意味しています。 日本では聞き慣れない言葉かもしれませんが、アメリカでは社会の至る所でメンタリングの重要性が認識され、実行されています。アメリカでは、どのような専門職でも、最終的に独立して判断を下し業務を遂行できる、自立した存在になることが自明の理として強く求められます。メンティの独立をできるだけ早く効率的に達成するのがメンタリングの目的です。

 日本語でいえば「師弟関係」における「師」という存在が最もメンターに近いのかもしれませんが、その言葉自体、現代の日本社会ではあまり聞かなくなりました。メンタリングという言葉も日本ではあまり聞きません。

 最終的にメンティの独立を目指すメンタリングは、和を尊ぶ日本社会にはそもそも根付きにくい発想で、それが日本に広まらない一つの要因かもしれません。教授への権力一極集中を基本理念として作られた医局制度をベースに発達してきた日本の医学界では、そもそも教授以外の人間が“独立”できにくい仕組みになっているような気がします。

 他の角度から見てみると、日本社会に広く根付いた先輩・後輩という人間関係が、アメリカでいうメンタリングの役割を担っているとも考えられます。学生時代の運動部の先輩が、医師としてのキャリアを助けてくれる場合もあるでしょう。また、医師になってから医局の先輩がメンターの役割を果たしてくれる場合もあるでしょう。

 逆にアメリカには、先輩・後輩という概念がありません。そもそも先輩・後輩に相当する英語表現がありません。このあたり、日本社会の濃密な人間関係と対照的な、アメリカ社会の希薄な人間関係を反映している気がします。例えば、同じレジデントプログラムの卒業生は同窓生(alumni)で友人(friend)ではあっても、先輩や後輩という関係にはなりません。よく知っている者同士は卒業年度に関係なくファーストネームで呼び合いますし、よく知らない者同士は必要があれば「Dr. ○○」(○○先生)という正式な呼び方をします。

 メンタリングという概念は、人間関係が希薄な欧米で、先に立つ者(先輩)が後から来る者たち(後輩)を指導・支援するために作られた、人工的な人間関係のかたちという見方もできます。人工的というとやや否定的な感じがしますが、メンタリングは人工的であるがために、実は非常に有用な側面があります。先輩・後輩は一生続く、ともすればウェットな人間関係ですが、メンタリングはどこか一定期間の契約関係にも似たドライなものです。一般的には目的が達成されて必要がなくなればメンターの役目は終わり、メンティは独立して、その関係は解消されます。

 では、アメリカの医療・医学社会でどのようにメンタリングが行なわれているか、実例を通して紹介しましょう。


レジデンシーにおけるメンタリング

 アメリカの専門医養成コースであるレジデンシーでも、メンタリングの方法論が巧みに取り入れられています。例えば、マサチューセッツ総合病院(MGH)の麻酔科のレジデンシーでは、レジデントは1年目の早い時期にメンターを選ぶことが求められます。そのメンターは、レジデントが3年間のレジデンシーをうまく乗り切って、一人前の独立した麻酔科医になるのを手助けします。メンターは、日々の業務上の問題や悩みの相談に乗るだけでなく、サブスペシャリティーやフェローシップの選択に関して助言したり、就職先を紹介したりもします。この関係は通常、レジテントがレジデンシーを修了して、一人前の麻酔科医になると同時に解消されます。

 MGHの麻酔科レジデンシーの特徴の一つは、レジデントの独立を早めることに重点が置かれていることで、メンタリングもそのための制度です。この、ややもすれば“麻酔科医速成プログラム”的な側面を皮肉って「see one, do one, teach one」(人がやるのを1回見て、自分で1回やってみて、すぐに人に教えるようになる)などと呼んだりもします。

 MGHの麻酔科レジデンシーでも、卒業生の大半(8割近く)は、日本での個人開業に当たるprivate practiceに進むため、その後のメンタリングの必要性はほとんどないようです(といっても、私はアメリカでのprivate practiceをやったことがないため、実情は知りません)。しかし、残りの2割ぐらいの卒業生は、MGHやハーバードメディカルスクール(HMS) に残るか、他の大学医学部の麻酔科に加わって、アカデミックな麻酔科医としてのキャリアを積みます。

カデミックなキャリアを積む場合は、特にメンタリングが様々な局面で重要になります。その実情をご紹介するために、まずはHMSの昇進制度について触れておきましょう。


ハーバードメディカルスクールの昇進制度

 HMSには医学部教育のための施設と研究施設がありますが、いわゆる大学病院がありません。その代わりHMSの関連病院としてMGH、Brigham and Women’s Hospital 、Beth Israel Deaconess Hospital、Boston Children’s Hospitalなどがあり、HMSの学生はこれらの関連病院で臨床教育を受けます。

 一方、それらの関連病院の医師は、病院での職位に加えてHMSの教員としてのランクを与えられます。例えば、私はMGHのAssociate Anesthetistであると同時にHMSのAssociate Professorです。

 ハーバード大学の昇進制度が、アメリカのほかの大学と比べて非常に複雑で、昇進を遅く難しくしていることは、アメリカのアカデミズムの世界では広く知られた事実です。例えばHMSの場合、一番下のランクはInstructor(直訳すれば講師)ですが、大多数の他の大学にはこのInstructorに相当するランクはなく、レジデンシーが終わって大学に残れば自動的にAssistant Professorとして採用されます。

 HMSでAssistant Professorに昇進するためには、論文を書いたり講演をしたりして実績を積む必要があり、ハーバード大学の昇進委員会での厳しい審査をパスしなければなりません。これを反映してか、通常他の大学のProfessorがHMSに移って来る場合は1ランク降格して採用されるのが一般的です。具体的には、ProfessorはAssociate Professorとして、Associate ProfessorはAssistant Professorになります。逆に、HMSのAssociate Professor が他大学に移る場合は、自動的にProfessor に昇格するのが普通です。

 以前はHMSで昇進するためには研究者であることが強く要求されていましたが、実際には研究者でなくても教育や臨床領域で重要かつアカデミックな仕事をする人たちが大勢います。この実情に合わせるために、HMSでも昇進制度が改革されてきました。現在は、教育・臨床・研究の3つの分野のどれによっても昇進できるように、別々の昇進のクライテリア(評価基準)が決められています。この詳細に興味のある方はウェブサイト(http://www.hms.harvard.edu/fa/purplebook/index.html)をご参照ください。

 この複雑な制度の中で昇進を促進するために(あるいはその複雑さに対する批判をかわすために)、ハーバード大学は全員がメンターを持つことを強く推奨しています。この場合のメンターの役割は、メンティが少しでも早く昇進できるように適切なアドバイスを与えることになります。例えば、知名度を高めるために外部での講演が必要と判断すれば外部の大学や学会で講演ができるように(=招待されるように)運動すること、出版物の数が少なければ自分に来た総説の依頼や教科書執筆などの依頼をメンティにやらせること、学部(Department)内の昇進審査委員会へ働き掛けることなどが含まれます。


研究活動におけるメンタリング

 非常に専門性が高く細分化された先端科学分野の研究で、効率よく結果を残し、競争に打ち勝ってアカデミズムの中で名を成していくためには、言うまでもなくメンタリングが重要な役割を果たします。ずば抜けた才能さえあれば、メンターなどいなくても一流の研究ができてノーベル賞が獲れるというのが理想ですが、現実はそう甘くありません。

 研究活動におけるメンタリングの内容は、メンティの成長段階に従って変わっていきます。通常、メンティはメンターの研究グループの一研究員として研究のキャリアを始めます。メンターが決めた課題について実験を重ね、ある仮説を検証して、論文を発表するのがこの段階での最終目的になります。学部学生や大学院生、そしてポストドクトラルフェローの最初の1〜2年がこの期間に相当します。メンタリングの内容は、研究課題の設定、実験の指導、論文作成と発表の指導などを含みます。この段階でのメンタリングは、メンティが実績を積み重ねることに重点が置かれます。

 この段階を過ぎてシニアフェローのレベルになると、研究課題を自分で決めて、ある程度独立して研究することが期待されます。さらに、自分の給料を外部からの研究費というかたちで確保してくることも要求されます。この段階でのメンタリングの重点は、実際の研究指導というよりは、研究の大体の方向性の設定と、近い将来の独立に向けての準備に置かれます。最初の段階で十分な実績を積んでいなければ、この段階にはなかなか達しません。しかし、だからといって実験をしているだけでは、自分で方向性を設定して研究課題を決め、研究費を獲得し、人を雇って研究する、という独立した立場の研究者になることはできません。それにはポスドクとは違うレベルの目的意識とスキルが必要になります。このようなスキルの獲得を指導・支援するのが、この段階のメンタリングの要点です。


元メンターと元メンティの競争

 ここまでのキャリアに成功して、運よく独立まで漕ぎ着けば、メンタリングは終了です。そうすると今度は、元メンターと元メンティとの間で競争が起こることがあります。メンターの研究室で研究を始めたメンティが、メンターと同じ領域の研究の専門家として独立する可能性が高いことは自明です。元は指導者と指導される立場だった者が、独立した研究者同士として研究業績や研究費の獲得を競うことになります。このよい意味での切磋琢磨が、科学の進歩に寄与することも明らかです。

 しかしこの競争を見越して、メンティの独立が近くなると、メンターとメンティとの関係が難しくなることもあります。あってはならないことですが、メンターがメンティの独立を邪魔するとまではいかなくても、積極的には助けないという状態になってしまう場合も多々あります。メンターの立場からすれば、せっかく苦労して育て上げて、やっと結果が出せるようになったのに、すぐに独立して自分の競争相手になられてはたまらない、というところかもしれません。一方のメンティは、独立しなければ、いつまでたっても自分の仕事がメンターの業績とみなされてしまいますから、少しでも早く独立しようとします。

 このメンタリングの明らかな弊害を防ぐために、最近ではメンティの独立を助けることもメンターの業績として評価する方向に評価基準を変えようとする動きがあります。しかし、大学での評価はどうあれ、科学の世界の業績の評価は、最終的には歴史が下します。メンティの独立を助けるために、歴史に残る大発見のチャンスを譲るメンターはいません。科学の歴史に名を残すために、これからも元メンターと元メンティとの間で熾烈な競争が続けられていくことでしょう。
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