2010年02月03日

96歳までバリバリ現役の秘密


市瀬 史
ハーバード大学医学部アソシエイト・プロフェッサー/
マサチューセッツ総合病院麻酔集中治療科・麻酔医


 昨年、マサチューセッツ総合病院(MGH)で私のオフィスの隣にいた、ある医師が亡くなりました。彼の名前はポール・ザメスニック(Paul C.Zamecnik)。96歳で現役の研究者でした。亡くなる2〜3週間前にオフィスの前で立ち話をしたのですが、そのときも背筋を真っすぐに伸ばして颯爽としていらしたので、亡くなったことが今でも信じられません。ご冥福をお祈りしたいと思います。
超人的なザメスニック先生の功績

 皆さんは、ザメスニック先生の名前を聞いたことがあるでしょうか? 名前は知らなかったとしても、彼の業績は生物学の教科書に必ず載っています。ザメスニック先生は1958年にマーロン・ホグランドと共に転移リボ核酸(transfer RNA;tRNA)を発見した医学者です。tRNAとは、タンパク質の合成器官であるリボソームにアミノ酸を運搬する働きを持った分子のことです。それまで、タンパク質がどのように合成されるかということは、完全には解明されていませんでした。つまり、tRNAの発見は、まさに画期的なものだったのです。

 ザメスニック先生はまた、1978年にアンチセンス・テクノロジーを発明した人物としても知られています。これは、人工的に合成した短いデオキシリボ核酸(DNA)を使って、そのDNAの配列と相補的な配列を持つ特定の遺伝子(RNA)の働きを止めるという技術です。少しでも分子生物学をかじった方ならお分かりでしょうが、この技術は現在でも広く使われており、これを用いてエイズや癌を治そうとする臨床研究が世界各地で行なわれています。

 これらすべての仕事の基礎となっているのは、1978年にザメスニック先生が「Proceedings of National Academy of Science(PNAS)」に発表した学術論文(Inhibition of Rous sarcoma virus replication and cell transformation by a specific oligodeoxynucleotide.)で、現在に至るまで900回以上も他の学術論文に引用されているそうです。ザメスニック先生は、ラスカー賞(昨年は、iPS細胞の研究で山中伸弥先生が受賞し、話題になりましたね)を初めとして数多くの賞を受けており、まさに医学・生物科学の歴史に大きな足跡を残した巨人でした。

 驚くべきことに、ザメスニック先生は96歳で亡くなるまで、NIH(National Institutes of Health:国立衛生研究所)グラントのR01(independent research project grants)という巨額の研究費(詳細は「研究留学ネット」の「NIHグラントのしくみ(http://www.kenkyuu.net/guide-6-06.html)」をご参照ください)を獲得し続けていました。

 R01は4〜5年ごとに更新されるのですが、そのたびにシングルスペース(行間が1行)25ページに及ぶ実験計画書を提出する必要があり、しかも審査は非常に厳しいものです。この実験計画書の作成には、大変な体力と集中力を必要とします。私の場合、一つの実験計画書を書き上げるのに、まさに寝食を忘れて数週間は没頭し、たいていは体調を崩します。その上、競争率は年々上がっており、最近は10%前後の計画にしかグラントが出ません。そう考えると、96歳までR01を維持した(最高齢記録かもしれません)ザメスニック先生は、超人的としか言いようがありません。


「お隣さん」になったザメスニック先生

 ザメスニック先生とは、私が2年ほど前に現在のオフィスに引っ越して以来のお付き合いでした。ご高齢であるにもかかわらず、週末も含めて毎日のように娘さんと通勤していらして、精力的に研究活動をされている様子がうかがえました。専門分野が違うため、あまり仕事の話にはなりませんでしたが、オフィスが隣で同じ細胞培養室を使っていた関係上、毎日のように顔を合わせて立ち話をしていたのです。

 白状してしまいますが、現在のオフィスに引っ越して来るまで、私はザメスニック先生のことを全く知りませんでした。引っ越しに際してオフィスとラボを下見したとき、細胞培養室をザメスニック先生のラボと共用することを知らされたのが、その名前を聞いた最初だったのです。


【CNY149棟にある私のラボの一画。ザメスニック先生の在りし日は、その存在を間近に感じながら仕事をしていました。】
lab.jpg

 当時、その部屋には、ザメスニック先生の使われていない古い実験器具が山のように積まれていて、とても私のラボが入るスペースはありませんでした。そこで私は、MGHの研究スペースの配分を管理している委員会に、「もう実験していないようだから、この細胞培養室を空けてくれるようにザメスニック先生と交渉していいか?」と聞いてみました。すると、「とても偉い先生だから、それだけはやめた方がいい」と忠告され、Googleで検索して初めてザメスニック先生の“正体”を知ったわけです。今になって考えると冷や汗ものです。

 その後、個人的に話を交わすようになり、私のラボがスペース不足で困っているということを口にすると、ザメスニック先生は古い実験器具をすべて廃棄し、その部屋を私のラボに快く専有させてくれました。そのおかげで、私のラボで行なう実験に都合のよい仕様に部屋を改造することができたのです。研究者にとって、研究スペースの確保は研究費の獲得と同様に重要で、死活問題です。実験をアクティブにやっていなくても、広大な研究スペースを専有し続けるシニア研究者は数多くいます。そういった意味でも、ザメスニック先生には大変感謝しています。


「年齢差別」のないアメリカ社会

 アメリカには一般的に定年制がありません。定年制は「年齢差別」ととらえられ、人種差別や性差別と同じようにタブーとみなされます。科学研究の世界は、あくまで実力だけで勝負する世界ですから、年齢制限などないのが当然です。もちろん、NIHの研究費申請資格にも年齢制限などありません。国籍の制限すらありません。アメリカ人の健康増進に貢献する研究ならば、どの国の人でも申請することが可能です(たとえ、アメリカと敵対する国であっても)。このあたりは、アメリカ社会が持つ、あきれるほどの“オープンさ”の一端を示しているでしょう。

 臨床医の世界でも定年はありませんが、たいていの医師は65〜70歳前後の時期に、自身の体力や気力と相談しながら徐々に臨床業務を減らしていくようです。私はMGHの心臓麻酔グループに所属していますが、ここにも65歳以上のメンバーが2人います。彼らはいまだにフルタイムで週4日、オペ室で長時間に及ぶ心臓外科手術の麻酔を担当し、宅直も月に3〜4回はこなしています。心臓移植や大動脈解離(解離性大動脈瘤)などの緊急手術が夜中に入り、24時間以上ぶっ続けで働くこともまれではありませんが、それでも元気です。65歳になった時点で宅直は辞めるつもりだったようですが、心臓麻酔グループの人手不足のために、今でも頑張ってくれています。

 外科医であれば、さらに体力が必要ですが、やはりツワモノはいるもので、70歳を超えても元気にオペ室に出て来ている外科医が何人かいます。彼らがあまりにも元気なので、30〜40歳代ぐらいのわれわれ中堅どころが弱音を吐きにくいのが問題ではあります。

 臨床医にせよ研究医にせよ、アメリカの高齢のプロフェッショナルたちは、概して元気です。65歳を過ぎても働いている人がほとんどです。考え方は非常にシンプルかつフェアで、「パフォーマンスのレベルが下がらなければ、辞める必要はない」というもの。もちろん、パフォーマンスレベルが下がれば、辞任や仕事内容の変更をやんわりと勧告されることもあります。しかし、最終的な決断は、あくまで個人の意思に任されているのです。

 ただしこのことは、見方を変えれば、自分のパフォーマンスレベルが下がらないように、歳を取っても若者たちと競争し続ける必要があることを意味します。仕事上必要な情報収集能力や処理能力ばかりでなく、体力的にも負けてはいられません。年功序列のような“甘え”は許されないのです。


臨床医・研究医であるために必要な資質とは

 96歳までは無理だとしても、臨床・研究活動に第一線で継続従事するために必要な資質とは何でしょうか? 健康で体力があることが大前提ですが、その他にも条件がありそうですね。

 残念なことに、ザメスニック先生に直接その秘訣を教えてもらう機会はありませんでしたが、ある日本人数学者の書いた文章を思い出しました。それは、『国家の品格』ですっかり有名になってしまった藤原正彦先生です。私は昔から藤原先生のエッセイのファンで、『若き数学者のアメリカ』『数学者の言葉では』などを学生のころに愛読していました。これらのエッセイは、藤原先生がアメリカやイギリスに留学していたころを振り返って書かれたもので、瑞々しい感性とユーモアに溢れた素晴らしい作品です。まだ読んでいない方には、強くお勧めしておきます。

 『数学者の言葉では』には、数学者に必要な4つの資質について書かれたくだりがあります。その4つの資質は、次のようなものだったと記憶しています。

 1)知的好奇心が強いこと
 2)楽観的であること
 3)あきらめないこと(しつこいこと)
 4)大きな目標を持つこと(野心的であること)

 おそらく20年くらい前に読んだ本ですが、この4つの資質についての話は心に残っています。私自身が研究者としての道を歩むことになり、「自分は本当に研究者に向いているのか?」と今に至るまで何度も自問自答してきたためかもしれません。また、今では人を採用したり指導したりする立場になっているので、私のラボの求人に応募してくる若い研究者の資質を見極めたり、キャリアアドバイスを与えたりするときの指針ともしています。この4つの資質は、必ずしも数学者に限定されるものではなく、他の職種にも広く当てはまるようです。

 ザメスニック先生のように、非常に長い間、第一線で活躍してきた研究者を見ると、特に1)知的好奇心が強く、2)楽観的であることは、その大半の人たちに共通する特質であるような気がします。私には研究上のメンターが2人いますが、どちらも子どものように知的好奇心が強く、あきれるほど楽観的かつ野心的で、3)しつこいことにも定評があります。そういう人たちと比べると、私などはまだまだヒヨコ同然ですが、家内に言わせると、私の知的好奇心(=野次馬根性)、楽観主義(=能天気)、あきらめの悪さも相当なものだそうですから、私にも研究者の資質があったと内心喜んでいます(=楽観的)。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/35091981
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック