2010年06月21日

コード・ブルーの憂鬱


岡野龍介
インディアナ大学麻酔科
アシスタント・プロフェッサー


 「Code Blue. University Hospital, 6th Floor, SICU, Surgery Service」(コード・ブルー。大学病院、6階SICU、外科)――。

 深夜の病院に全館放送が響き渡ります。私の周囲に座っているレジデントやインターンのポケベルが一斉に鳴り響きます。ポケベルをのぞき込むと、全館放送と同じ内容のショートメッセージが表示されています。廊下をバタバタとレジデントや看護師が走っていきます。

 私は、書きかけの入院カルテにペンを置き、息をつくと、重い腰を上げて彼らの後を追いました。私が憂鬱になるのには理由があるのです。船頭多くして…病室からあふれる

 テレビドラマのタイトルにもなり、有名になった言葉「コード・ブルー」。アメリカの病院では、患者が生死にかかわる急変を起こすと実際にコード・ブルーが発令されます。患者が急変すると低酸素血症や低血圧で顔が青ざめるため、「Blue」という言葉が使われます。

 ちなみに「私の患者が急変してしまった」を英語にすると、codeを動詞として使って「My patient coded」という具合に表現します。ほかにも「Code Red」は火災、「Code Yellow」は患者行方不明など、病院によって様々なコードが決められていますが、病院間で統一はされていません。

 コード・ブルーにちなんで水色をした、ベッドサイドのスイッチを入れると、火災報知器よろしくそのエリア一帯に警報音が鳴り響き、当該の病室の入り口には青色の警告灯が点灯、院内の交換手のコンピュータ画面にはスイッチが起動された場所が表示されます。自動的に当直医のポケベルが一斉に鳴らされ、問題の場所を知らせるショートメッセージが送信されます。すかさず全館放送も入ります。

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【患者の枕元の壁にはコード・ボタンと呼ばれるスイッチが付いています。実際にはレバー状で、これを引き起こすと起動します。ちなみに、スイッチを指し示しているスチーブン・ヒックス(通称スチーブ)は、PACU(Post Anesthesia Care Unit、いわゆるリカバリー)の看護師です。】

 コード・ブルーはスイッチ一つで起動できるため、火災報知器と同様、誤報も起こります。命に別状はないのに患者が苦しそうにしていたので看護師が慌てて押したとか、廊下で人が転んだだけ、壁際に置いてあったカートがスイッチに当たっただけ、ということもしばしばです。

 コード・ブルー発令時に現場に駆け付けなければならない要員は、あらかじめ決められています。多くの場合、病院中の内科および外科の当直レジデントおよびインターン、数人の看護師、数人の呼吸療法士、臨床薬剤師、牧師(*注1)などで構成されていて、私の勤務する大学病院クラスだと軽く30〜40人を超える人数になります。病院によっては、さらに診療放射線技師、心電図技師、採血技師も招集されることがあるようです。そのほか、病棟にたまたま居合わせた医師や看護師も、手伝うつもりなのか野次馬なのか、ぞろぞろと集まってきます。病室に駆け付けてみると、いつも無数の人が群がっていて部屋からあふれ出し、患者の姿さえ見えません。

 患者の口を血だらけにしながら気管内挿管の腕試しをしているレジデント。中心静脈ラインを入れたいだけのインターン。怒号が飛び交う中、患者の両手両足に点滴を差そうと群がる人たちを押しのけて、とにかく心臓マッサージを始める医師。心肺停止の患者の脈を、懸命に足背動脈で触れようとする血管外科のアテンディング(指導医)――。これでは助かるものも助かりません。

 私はというと、息を切らせて駆け付けてはみたものの、人込みのせいで病室に近付くこともできず、そもそもどんな患者がどのように急変したのかさえ知ることもできないまま、ただ遠くから成り行きをうかがうしかない場合がほとんどでした。


「あなたには挿管できません!」


 あるとき、当時内科インターンであった私自身の受け持ち患者が、ICUで妊娠高血圧症候群による肺水腫から呼吸困難を起こし、挿管を必要としたことがありました。コード・ブルーが発令され、その病室は例に漏れず黒山の人だかりに。


*注1 大きな病院にはたいてい「Pastoral Care」と呼ばれる部門があり、カウンセリングや臨床心理学の学位を持った数人の牧師が、いつもポケベルを持って待機しています。忙しい業務の合間に通りいっぺんの言葉しかかけられない医師や看護師に代わって、コード・ブルーや臨終の場で涙にくれる患者の家族を精神的に支えてくれます。

 「われこそは気道管理のプロ」と自認する呼吸療法士も既に駆け付けていました。まだ意識もはっきりしていてもがく患者を怒鳴り付けながら、顔に無理やりマスクを押し付け、自発呼吸などお構いなしにバスバスとアンビューバッグを揉んでいます。挿管が必要だと判断した私は、サクシニルコリンと少量のロクロニウム(*注2)、それにプロポフォールを看護師にオーダーしました。すかさず「そんな筋弛緩薬の組み合わせは聞いたことがないわ! そもそも、そんなわずかな量のロクロニウムでは挿管できません!」と看護師が怒鳴ります。

 患者は呼吸困難のため横になることができないので、私は半座位で挿管する方針を周囲の人に伝えました。すると「患者を座らせたままで挿管などできません! 私は呼吸療法士ですよ!」との叫び声が上がります。

 インターンというものは誰からも信用されないようです。この人たちをまず説得しないと、挿管させてもらえないのでしょうか…。

 そのとき、病室の入り口の方で「麻酔科だ、麻酔科だ」と声が上がり、人だかりの中にさっと道が開けました。見ると、ICUをローテートしている麻酔科のレジデントがひょっこりと入って来ました。

 「挿管なら手伝いましょうか?」
 「それは助かります。よろしくお願いいたします」

 周囲の人と争うのに疲れた私は、その麻酔科レジデントに後を任せました(注3)。彼はプロポフォール、サクシニルコリンと次々に投与していき、患者が意識を無くすや、すぐに仰臥位にし、筋攣縮で全身を震わせたのを見届けると、さっさと挿管してしまいました。少々乱暴ですが無事に気道は確保できました。私の麻酔専門医としての誇りは、もうしばらく胸の中にしまっておくことにしました。


*注2 脱分極性筋弛緩薬であるサクシニルコリンによる筋攣縮を防止するために、まず少量の非脱分極性筋弛緩薬(ここではロクロニウム)を投与するのは、麻酔科の常套手段です。

*注3 インディアナ大学病院では、麻酔科は積極的にはコード・ブルーに関与しない方針を取っています。余計なことに手を出して医療訴訟に巻き込まれないためだといいます。どうしても挿管が困難なとき、最後の切り札として公式に担当科からコンサルトを受けた場合に限り“挿管屋”として手伝うだけ。アメリカではおなじみの防衛医療が、ここでも顔をのぞかせます。


コード・ブルー発生時には群集管理が必要?

 私は、日本の病院においても数えきれないほどの急変患者に率先して対応してきましたが、ここまでの現場の混乱は見たことがありません。それが、チーム医療の先鞭を着けたはずのアメリカの病院で、毎回のように悲喜劇的な混乱が繰り返されているのです。

 まさかこれはインディアナ大学だけの風土ではあるまい、と他の医師にも聞いてみたところ、やはりアメリカの教育病院ならばどこででも見られる光景だということでした(教育病院でない病院では、そこまでの混乱はないようです)。各病院の「コード・ブルー委員会」では「群集管理のために警備員を呼んだらどうか」などという笑い話のような案が真剣に議論されるとか…。

 コード・ブルーで集まって来る人たちは、本来ならばほかになすべき業務があるはずで、皆それを一時的に放棄しているわけです。そのため「コード・ブルー発生時には他部署におけるインシデント発生率が高くなる」という研究報告もあります。患者の急変時に人手が多いと助かるのは確かですが、リーダー不在のまま、むやみに多くの人員をコード・ブルーで招集するシステムには問題がありそうです。


少数精鋭RRTがコード・ブルーを減らす

 近年、ナースステーションの壁に「RRTの電話番号は○○」という張り紙をよく見かけるようになりました。RRT(Rapid Response Team)は、患者が本当の心肺停止状態、つまりコード・ブルーが発生するような状態になる前に、駆け付けてくれるチームです。コード・ブルー時のチームよりもずっと小規模で、集中治療部の医師と看護師、呼吸療法士など、ほんの数人から構成されています。「院内の心肺停止事案のほとんどは、患者が何らかの異常な徴候を示し続けているのに、病棟がそれに適切な対応ができずに手をこまねいていたために発生する」ということが分かったために発案されました。

 病棟の患者の様子がどうもおかしい、と思ったときには、躊躇せずにRRTを呼んでよいことになっています。「この程度のことで呼ぶなんて…」は禁句です。いわば一般病棟にICUが往診するようなもので、様子のおかしい患者が心肺停止に至るのを未然に防ぎます。RRTの導入によって、非ICU領域での心肺停止事案件数は半減、死亡率も40%近く改善したという報告があります[1]。RRTが普及するにつれて、コード・ブルーの発生件数は激減し、かつての私のように、内科のインターンが心を痛めることも少なくなってきているのではないでしょうか。

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【病棟ナースステーションの壁に張ってあるRapid Response Teamの内線番号。】


【参考文献】
[1] Buist MD, et al:Effects of a medical emergency team on reduction of incidence of and mortality from unexpected cardiac arrests in hospital:preliminary study.BMJ.2002 Feb 16;324(7334):387-90.
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