2010年07月15日

勃発!アメリカ史上最大の看護師ストライキ

日比野誠恵
(ミネソタ大学ミネソタ大学病院救急医学部准教授)



 何ということでしょう! 2010年6月10日、わがミネソタ州で2002年以来の看護師ストライキが決行されました。今回のものは、看護師のストライキとしてアメリカ史上最大規模だそうです。

 ツインシティー(ミネアポリスおよびセントポール)都市圏にある14病院の看護師、約1万2000人が丸1日、医療機関からいなくなり、病院側は他州から臨時雇用の看護師を手配してしのぐという事態に至りました。日本でも毎年春闘が繰り広げられていますが、看護師のストライキというのは、あまり聞いたことがありません。

 本連載のテーマである「ワークライフバランス」ともかなり密接に関係するニュースですから、今回はこのストライキに焦点を当ててみたいと思います。
リベラルな気風を持つミネソタ州

 ミネソタ州は北米大陸の中央上部、いわゆる中西部あるいは北西部に位置しており、政治的にリベラルな気風で知られています(ただし最近は、過激な保守的言動で全米を騒がせるミシェル・バークマンという下院議員が選出されたこともあり、保守化の傾向が感じられます)。

 歴史的にドイツや北欧系の移民が多く、教育水準が高いことでも知られており、医療の分野でも多くの画期的な発見・発展を成し遂げてきました。ミネソタ大学以外にも、世界的に有名なメイヨークリニック、ペースメーカーの製造で知られるメドトロニック社、人工弁を製造するセント・ジュード・メディカル社などを擁しています。こうした背景があるため、当地で日々の臨床に従事するわれわれ医療者は、人材や機器を含む医療リソースがアメリカの中でも随分と恵まれていることを日々実感しています。

 リベラルな州ということで、医療や社会福祉に関しても進歩的な考えが根付いています。労働組合も比較的強いようで、ランチョンミート缶詰のスパム(SPAM)で有名なホーメルフーズ社におけるストライキが思い浮かびます。「1980年代の最大のストライキ」と言われ、1990年にアカデミー賞のドキュメンタリー最優秀賞を受賞した映画「American Dream」(1990年)にもなりました。

 1980年代前半の不景気を背景として1984年にホーメルフーズ社が23%の給料カットを行ったところ、1985年にストライキが始まりました。6カ月後には代替雇用された労働者を守るために州知事が軍(コーストガード)の出動を要請したりホーメルフーズ製品の全米規模のボイコットに発展したりと、10カ月もの間騒動が続きました。最終的に、ストライキに参加した労働者のほとんどは職場復帰できず、新しい労働者が低賃金で雇われたという結末に終わったのです。

 なお、ミネソタ看護師協会は過去20年で2度のストライキを打っており、今回が3度目となります。


闘う「白衣の天使」たち

 医療者は人の命を預かる専門職ですし、特に看護師の場合はやはりナイチンゲールの献身的なイメージをいまだに持たれています。やむにやまれぬ事情があったにせよ、ストライキを打つことには相当の覚悟が必要だったでしょう。

 今回のストライキの間、われわれ医師は、ミシシッピ州、メイン州、ノースカロライナ州、ミズーリ州など各地からやって来た臨時雇用の看護師と働くことになりました(インドやナイジェリアから看護師を臨時雇用した病院もあったと聞きました)。各病院のシステムに不慣れであるにもかかわらず、臨時の看護師たちはよく働き、患者のケアに支障が出ることはほとんどなかったようです。

 さて、ここで少し、看護師ストライキの歴史を振り返ってみましょう。アメリカでは1957年、マサチューセッツ州のヘール病院において、賃金水準をめぐるストライキらしきもの(看護師の大量立ち去り)が起こりました。

 1966年にはオハイオ州で大規模なストライキが起こり、アメリカ看護師協会によると、これが看護師の組織化されたストライキの最初だと考えられているようです。劣悪な労働・雇用条件(労働時間、賃金、休暇、年金、保険)や差別の問題が大きな争点となり、このストライキに参加したある看護師は、「医療従事者の基本的人権と女性の社会進出にとって必要な闘争だった」と回想しています。

 それでは日本ではどうだったかというと、安保闘争が起こった1960年、全国規模の看護師ストライキがあったようです(オハイオ州でのストライキより6年も前です)。これは「白衣の天使たちの人権スト」といわれ、全寮制強制の撤廃、低賃金・長時間労働の是正が主な争点でした。

 このときは結局、政府が翌年の診療報酬を引き上げることで事態の収束を見ましたが、残念ながら、実際の待遇改善にはさほどつながりませんでした。しかし、1960年代になって、日本でもアメリカでも、あるべき労働環境を求めて医療者が闘うことは、自身のためのみならず、患者安全のためにも重要であると認識され始めたようです。


「患者―看護師比率の設定」を要求

 ミネソタ州で起こった今回のストライキの争点として特筆すべきは、賃金、年金、保険と並んで「患者−看護師比率の設定」が挙げられたことでしょう。カリフォルニア州では既に2004年に患者−看護師比率が法的に設定されており、患者安全の確保のためだけでなく、看護師の“燃え尽き”(burned out)を抑えるためにも有効だと考えられているようです。患者−看護師比率の設定により、カリフォルニア州ではニュージャージー州やペンシルバニア州と比較して術後患者の死亡率が有意に下がったという研究報告も発表されています[1]。

 こうした背景もあって、ミネソタ看護師協会は、一般内科・外科病棟で患者4人に対して看護師1人(多くの州では6:1、カリフォルニア州でも5:1が現状です)、集中治療病棟で2:1、救急部で3:1の患者−看護師比率を争点に盛り込んでいました。

 一方、病院経営サイドの視点で見ると、リーマンショックに端を発する世界的不況で大幅な人員削減・経費削減を余儀なくされたところでのこうした要求は、なかなか受け入れがたいものがあります。特に、患者−看護師比率を設定することは、大幅な経費増につながると予測されているからです。

 また、患者数の予測が困難な救急部の管理者の視点からは、過去の統計から予測して最善の人員配置に努める一方で、状況に応じて柔軟に対応していくことが現実的な路線のように思えます。

 ちなみに、病院経営サイドからわれわれ医師に宛てられたメールには「看護師は医療チームの最も重要なメンバーの一つであるが、継続可能なシステムの構築やほかの医療スタッフとの公平性も考慮して現実的な対応をしていく」と書かれていました。

 残念なことに、今回のストライキでは連邦政府からの調停者を交えても労使間の合意に達せず、ついに7月6日からの無期限ストライキ敢行が予告されるに至りました。病院経営サイドとしては、柔軟性のない患者−看護師比率の設定を受け入れることはできず、さりとて看護師協会側に譲歩の意向はなく、この時点で両者の主張は平行線をたどっていたのです。
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【全米最長の大河川であるミシシッピ川のほど近くに位置するミネソタ大学病院(Medical Center, Fairview)。】


看護師のストライキに冷ややかな見方も


 ツインシティー都市圏の大病院であるミネソタ大学病院(大学病院キャンパス)とヘネピン郡病院には、組合に属さない看護師たちが多く勤務しているので、通常通り運営されたことは幸いでしたが、ストライキの余波を食らって大混乱する可能性はありました。ミシシッピ川を隔てたミネソタ大学病院リバーサイドキャンパスの方は組合所属の看護師が多数を占めているからです。

 組合に属していないある看護師は、「社会全体の不景気で多くの人が雇用を求めて困っている一方、ミネソタ州の看護師は全米の中でも給与面や待遇面で恵まれているというのに、ストライキというのもどうか?」ということで、組合の方針に反対していました。

 では、一般市民の反応はどのようなものだったのでしょうか? 私の義理の母は引退した看護師ですが、「昔は今よりもずっと多くの患者さんを診ていたけどねえ。今はいろいろと医療機器が増えたこともあって、大変なのかもしれないけど」と言っていました。医療関係者ではない一般市民の見方も、どちらかというとやや冷めた感じがします。メキシコ湾の史上最大の原油流出事故や中間選挙を控えていることもあるかもしれませんが、オバマ大統領の選挙公約の1つであった「継続可能な医療の提供」に逆行するようにも見える動きに積極的な賛意を示すことは心情的に難しいものがあるのかもしれません。

 とはいえ、ストライキという手段を用いたとしても、より良い労働環境、より良い患者安全を目指すことは、看護師のキャリアの継続可能性やワークライフバランス、患者の利益を考えても、原則的には望ましいことだと考えられます。

 しかし、病院経営の視点から見れば、より多大な金銭的負担が経営を脅かすこととなり、病院そのものの継続が困難な事態になりかねません。何としても共倒れは避ける必要があります。そうなる前に、双方でバランスの取れた合意が早急に得られることを願うばかりです。


ストライキは回避!

 …とここまで書いて記事を終えようとしていたところ、幸いにも無期限ストライキが回避されるというニュースが飛び込んできました。7月6日に行われたミネソタ看護師協会での投票で、最終的に90%が病院側との合意に賛成したからです。その結果、病院側が賃金、年金、保険などの面で譲歩、患者−看護師比率の設定は見送りということで、向こう3年間の契約が成立しました。

 ただし、ミネソタ看護師協会は、今後もミネソタ州議会に働きかけて、患者−看護師比率の問題を追求し続けると発表しています。不景気の一方、医療費が明らかに持続不可能なほど年々増大しているアメリカで、医療コストと患者安全や看護師のキャリアのバランスをうまく取っていくには、難しい舵取りが求められています。


参考文献
[1] Aiken LH, et al:Implications of the California Nurse Staffing Mandate for Other States. Health Serv Res. 2010 Apr 9.[Epub ahead of print]
http://www.nationalnursesunited.org/assets/pdf/hsr_ratios_study_042010.pdf
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