2010年07月27日

ホスピタリストに託された使命―医療の質の向上


永松聡一郎
(ミネソタ大学呼吸器内科/
集中治療内科クリニカルフェロー)



 前回の記事では、1990年代から2000年代にかけて、入院患者の診療だけを担当する医師たち―ホスピタリスト(hospitalist)―が誕生した背景を紹介しました。そして、マネージドケアの浸透と、医師が病棟に常在することを求める病院のニーズとが、ホスピタリストを誕生させる一因になったことを説明しました。

 それを受けて今回は、ホスピタリストが病院の中で医療の質を向上させるために、どのようなリーダーシップを発揮しているかをレポートしていきます。

ホスピタリストの年収は2000万円!?

 まず、ホスピタリストの待遇面について簡単に触れましょう。ホスピタリストの生活の最大の特徴は、シフト制の勤務ができることにあり、それに合わせてワークライフバランスの取れた生活を送ることができます。よく見られる勤務体系の一例として、連続した7日間の病棟勤務を行い、続く7日は完全な休暇を取るサイクルを繰り返すというものがあります。オフの期間は自分の勉強のために費やしてもよし、家族と過ごすのもよし、旅行に行っても構いません。

 働く週数や時期さえも、病院や雇用者との交渉で決めることができます。例えば、私のルームメイトのデイビス医師は、1年のうち半年間ほどをアメリカでホスピタリストとして働き、残りの期間はアルゼンチン、タイ、ラオス、タンザニアなどで研究活動を行っています(どうやら今月はオランダにいるようです)。彼以外にも、アメリカと世界各地を股にかけて国際貢献活動をしているホスピタリストを私は何人か知っています。

 こうしたホスピタリストの収入は、どの程度のものでしょうか? 2009年の報告によれば、ホスピタリストの収入の中央値は、レジデンシーを終えた直後の初任給で16万5000ドル、ホスピタリスト全体では21万1835ドルとされています[1]。すなわち、年収にすれば日本円で2000万円を超えるのです。この額は、シフト数(勤務時間)、専門分野(成人専門の方が小児科よりも高い)、雇用体系、ICU勤務の有無、夜間勤務の有無、勤務地域などの条件によって影響を受けます。

 次に、ホスピタリストと病院が、どのように雇用契約を結ぶのか紹介します。アメリカにおける医師の雇用体系は多様なので一概には述べることはできないのですが、多くの場合、病院は個々の医師ではなく、医師のグループと契約を交わすことによって、病院で診療を行う権利(privilege)を医師グループに与えます。そして、個々の医師は病院の従業員とはならずに、医師グループによって雇用されることになります。アメリカの医療サービスを利用すると、ホスピタルフィーとドクターフィーとが別々に請求される理由はここにあります。

 病院とホスピタリストグループが契約を交わすときには、待遇面の交渉だけではなく、その病院の持つ戦略目標が共有されます。とりわけ急性期病院のエキスパートであるホスピタリストグループには、病院の抱える深刻な問題の解決を委ねられることもあります。例えば、「病院は院内でのカテーテル感染に懸念を抱いており、その発生率を減らすためのプロジェクトを率いてほしい。目標達成の暁には成功報酬を付加しよう」といった具合の交渉が行われるのです。


ホスピタリストという専門医は存在しない?

 ホスピタリストたちは、自身のキャリアについてどう思っているのでしょうか? Society of Hospital Medicine(SHM)は、2006年に発表した「キャリア満足に関する白書」の中で、ホスピタリストグループを率いるリーダーの直面する課題として、前述した“病院との交渉”と並んで“キャリアの満足度”を挙げています[2]。これらがうまく行くかどうかで、成功して拡大し続けるホスピタリストグループもあれば、解散してしまうグループもあります。

 実は、ホスピタルメディシンは新しく誕生した専門分野であるため、現時点では「ホスピタリスト」という専門医資格は存在しません。それは、アメリカ内科専門医認定機構(American Board of Internal Medicine;ABIM)が、「ホスピタリスト業務はあくまでも一般内科の延長である」と解釈しているからです。しかしABIMは、独立した指導医(アテンディング)として3年間以上病院で働き、かつ年間のべ1000回以上の診察実績があるホスピタリストを対象として、ホスピタリストとして“認定”を与える資格試験を2010年から開始するようになりました[3]。

 近年は、ホスピタリストに対するニーズが高まっています。医療の質向上(Quality Improvement)など、ホスピタリストに求められる専門教育を行うために、現時点で約20のフェローシッププログラムが誕生しており、今後はもっと増えていくことでしょう。

ホスピタリストのコア・コンピテンシー―Quality Improvement
 アメリカ医学研究所(Institute of Medicine;IOM)は、1999年に「To Err is Human(人は誰でも間違える)」を発表した後、2001年に「Crossing the Quality Chasm: A New Health System for the 21st Century(医療の質―谷間を越えて21世紀システムへ)」というレポートを発表しました。このレポートは、現在のアメリカの医療システムでは、「医科学の知識と技術の急速な進歩に見合う質の高い医療がすべてのアメリカ国民に提供されていない」と、アメリカの医療に内在する欠陥を指摘し、システム自体の改善をすることによって“質の谷間”を埋めることを提言しています[4]。

 ホスピタリスト制度が導入されるようになった当初は、前回の記事でレポートしたように、経済合理性が誘因であったのかもしれません。しかし、医療の質に関心がより持たれるようになった近年では、各病院において医療の質を向上させるQuality Improvement(QI)において、ホスピタリストがリーダーシップを発揮することが期待されているのです。

 事実、ホスピタリストに必要な資質 (コア・コンピテンシー)を記したブループリントには、ホスピタリストがヘルスケアシステムの中で精通しておかなければならない項目が挙げられており、その中でも特に強調されているのがQIです[5](*注)。

 しかし、一口に QI と言っても、病院によって抱えている問題は異なります。例えば、急性心筋梗塞や慢性呼吸不全の急性増悪といった個々の疾患ごとに、固有の診療プロトコルを導入することは QI です。病院全体のレベルで血糖コントロールの向上、深部静脈血栓予防、カテーテル感染予防などに取り組むことも QI です。入退院時の薬剤を照合確認するシステムの構築や、電子カルテの導入といった情報システムの改善も QI に当たります。

 こうしたQIのリソースとして、連邦政府下のCenters for Medicare and Medicaid Services(CMS)の下部組織である公的機関Agency for Healthcare Research and Quality(AHRQ)や非政府機関Institute for Healthcare Improvement(IHI)が有名ですので、興味があればご参照ください[6][7]。


「来院時にβブロッカーは投与されたか?」、具体的な項目で質を評価

 先に、近年のアメリカでは医療の質に関心が持たれていると述べましたが、“質”というものは定義が難しい概念で、恣意的な判断に委ねられがちなものです。そこで、アメリカでの医療の質を評価する方法の一例として、近年導入されたPerformance Measurementという方法を紹介します。

 Performance Measurementとは、医療の質を評価する団体が、あらかじめ定めた診療過程において“評価基準項目がどれだけ守られているか”を評価する方法です。その評価項目を設定し、質評価を行っている団体として、NPO団体のJoint Commission(JC)と、公的機関のAHRQの2団体が有名です[8]。これら以外にも、Performance Measurementを行っている団体は、公的機関や私的な団体を合わせて無数にあり、州が主体となって行っている場合もあります。


*注 具体例として、「高齢者へのケア」「社会的弱者へのケア」「コミュニケーション」「診断に際しての意思決定方法」「薬剤安全」「薬物動態学」「薬剤疫学」「公平な医療資源の配分」「根拠に基づいた医療」「コンサルタントとしてのホスピタリスト」「指導者としてのホスピタリスト」「情報管理」「リーダーシップ」「ホスピタリストグループの経営」「栄養管理」「緩和ケア」「患者教育」「患者の引き継ぎ」「診療現場での勉学と向上」「ヘルスケア関連感染症の予防と抗生物質の耐性化」「プロフェッショナリズムと医療倫理」「医療の質向上(QI)」「リスクマネジメント」「チームアプローチと多業種によるケア」「転院と退院」が挙げられている。

 さらに最近は、何と、個々の医療機関を比較したPerformance Measurementの結果がウェブサイトで公開されている場合もあるのです。例えば、私の住んでいるミネソタ州の病院の成績は「Minnesota Hospital Quality Report」という公的なウェブサイトで見ることができ、患者が医療機関を選ぶ際の判断基準の一つとなるのです。

 2003年にPerformance Measurementが導入された際には、急性心筋梗塞、心不全、肺炎の3疾患に関する10項目のみしか評価項目がありませんでした。急性心筋梗塞を例に挙げると、評価項目は「左室機能不全がある場合にアンジオテンシン変換酵素阻害薬またはアンジオテンシンII受容体拮抗薬が投与されたか」「退院時にアスピリンが投与されたか」「退院時にβブロッカーが投与されたか」「禁煙の指導を受けたか」の4項目のみでした。

 その後、評価項目は毎年増えきて、現在では「来院時にアスピリンが投与されたか」「来院時にβブロッカーが投与されたか」「来院30分以内に血栓溶解療法が開始されたか」「来院120分以内に経皮的冠動脈インターベンションが開始されたか」「30日死亡率」といった項目も評価の対象となっています。

 対象疾患の拡大とともに、こうした評価項目は現在40項目以上あり(前述の3疾患に関するものを含む)、今後も対象疾患が拡大され続けていくと思います。なんと先日は、私の担当する呼吸器内科外来でも喘息が評価対象の疾患に加わったと報告を受けました。病院の専門のスタッフが私の患者のカルテと処方記録を無作為に抽出し、その中で評価項目を満たすものがどれだけあるのかを調べ、そのコンプライアンス率が報告される模様です。


ホスピタリストの通知表

 ホスピタリストが導入されてから10年近くが経ちますが、彼らはどのように評価されているのでしょうか? 主要雑誌に発表された近年の記事から、その辺りを探ってみましょう。

 2007年、The New England Journal of Medicine誌上で、ホスピタリストの治療と一般内科医、家庭医学医の治療成績(アウトカム)を比較した研究が発表されました。肺炎、心不全、胸痛、尿路感染症、慢性呼吸不全の急性増悪が原因で入院した約7万7000人の患者記録を後ろ向きに分析した結果、ホスピタリストによる治療は、一般内科医による治療と比べて、入院期間が短く(0.4日)、入院費用が安い(268ドル)が、院内死亡率と14日以内の再入院率には大きな違いはないと報告されました[9]。

 2009年、Archives of Internal Medicine誌には、前述したPerformance Measurementの方法を用いて、ホスピタリストを導入している病院と導入していない病院の間で、急性心筋梗塞、心不全、肺炎で入院した患者の治療過程の差を分析した研究が発表されました。その結果、ホスピタリストを導入している病院では、そうでない病院と比べて、いずれの疾患でも治療過程のコンプライアンス率が高い(心筋梗塞 93% vs. 86%、心不全 82% vs.72%、肺炎 75% vs.71%)と報告されました[10]。

 これらの論文に基づいて、「ホスピタリストは優れている」と結論付けるのは早計かもしれません。1つ目の論文では入院費の節約が2万円程度しかなかったわけですし、2つ目の論文では病院全体でのPerformance Measurementを比較しているのであって、医師自体を比較しているわけではありません。

 しかし近年、ホスピタリストを評価する研究が非常に多く発表されていることは確かです。個々の論文によって患者の母集団、研究が行われた年代、検討している指標が異なるので一概には言いにくいのですが、ホスピタリストの提供する医療は「入院期間が短い」「入院費用が安い」「アウトカムが従来と同等かやや優れている傾向にある」と、報告しているものが多いという印象を持っています。

 以上2回にわたって、病院における診療に特化した医師―ホスピタリスト―をテーマに書いてきました。さらに興味がある方は、『Hospital Medicine: Just The Facts』(邦訳『病院勤務医の技術―ホスピタリスト養成講座』)という単行本[11][12]やSociety of Hospital Medicineのウェブサイトをご覧ください[13]。

追記
 7月を迎え、アメリカでは新年度に入りました。私のアメリカでの臨床研修もとうとう7年目に入り、今年で最終学年になりました。今後もアメリカから医療事情と制度論をタイムリーにレポートしていきますので、引き続きよろしくお願いします。


≪まとめ≫

1) ホスピタリストは、病院における医療の質向上(QI)においてリーダーシップを発揮している。
2) アメリカでの医療の質を評価する一つの方法としてPerformance Measurementという方法が用いられている。
3) ホスピタリストの提供する医療は、入院期間が短く、入院費用が安く、アウトカムがやや優れている傾向にある。



【References】

[1] The American Medical Group Association(AMGA): 2009 Physician Compensation Survey.
[2] Society of Hospital Medicine: Career Satisfaction White Paper
http://www.hospitalmedicine.org/Content/NavigationMenu/Publications/WhitePapers/White_Papers.htm
[3] American Board of Internal Medicine: Focused Practice Hospital Medicine
http://www.abim.org/specialty/fphm.aspx
[4] 米国医療の質委員会(著),医学研究所(著),医学ジャーナリスト協会(訳):医療の質―谷間を越えて21世紀システムへ,日本評論社,2002.
[5] Dressler DD, et al: Core competencies in hospital medicine: development and methodology. J Hosp Med. 2006; 1 Suppl 1: 48-56.
[6] Agency for Healthcare Research and Quality(AHRQ)
http://www.ahrq.gov/
[7] Institute for Healthcare Improvement(IHI)
http://www.ihi.org/
[8] Joint Commission(JC)
http://www.jointcommission.org/
[9] Lindenauer PK, et al: Outcomes of care by hospitalists, general internists, and family physicians. N Engl J Med. 2007 Dec 20; 357(25): 2589-600.
[10] López L, et al: Hospitalists and the quality of care in hospitals. Arch Intern Med. 2009 Aug 10; 169(15): 1389-94.
[11] Sylvia McKean, Adrienne Bennett, Lakshmi Halasyamani: Hospital Medicine: Just The Facts,
McGraw-Hill Professional, 2008.
[12] シルビア・C・マッキーン(編著),エドリエンヌ・L・ベネット(編集),ラクシミ・K・ハラシャマニ (編集), 福井次矢(訳):病院勤務医の技術―ホスピタリスト養成講座,日経BP社,2009.
[13] Society of Hospital Medicine(SHM)
http://www.hospitalmedicine.org/
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