2010年11月05日

生涯教育(CME)と利益相反(COI)のジレンマ

日比野誠恵
(ミネソタ大学ミネソタ大学病院救急医学部准教授)


 生涯教育(アメリカではcontinuing medical education;CMEといわれます)は、医師である限り、避けては通れないものです。患者さんの安全を考えれば、日進月歩の医学知識をアップデートしていくことは大変重要です。

 また、アメリカの場合、医師免許は州ごとに発行されますが 毎年の更新の際に規定の生涯教育CMEを修了していることが要求されます。ちなみにミネソタ州では、3年の間に75時間以上のCMEを行うことが要求されます。さらに、多くの専門医資格の再認定に当たっても、7〜10年ごとの更新の際に似たような規定の教育を修了していないといけません。

 このようなわけで、CMEは臨床医として診療を続けていく上で必要不可欠のものです。幸い、アメリカのCMEのプログラムはバラエティー豊かに用意されており、受講者のワークライフバランスも考えられていることが多いので、さほど苦痛ではありません。企業の援助がCMEを歪めた?

 医師の生涯教育というものは、1950年ごろから、大学病院のグランドラウンドのようなシステムから発展してきたといわれています。ところが、特に1950〜80年代にかけて、CMEのプログラムに対して医薬品業界や医療機器業界からの大きな財政的援助が行われるようになったため、「バイアスのかかった情報がCMEに入ってきているのではないか?」ということが危惧されるようになりました。

 私がピッツバーグでレジデントだったころは、毎年結構な教育費が大学から支給され、教科書や医学雑誌の購入費用に充てていました。それに加えて、CMEの講義を受けた際に、製薬会社の“きれいなお姉さん”と一緒に、いいところで食事をさせてもらったこともありました。ミネソタに移ってからは、CMEの講義を受けた後に、NBAのティンバーウルブズやNFLのバイキングスの試合を観せてもらったこともありました(しかも、バイキングスの試合はボックス席でした)。私の親しい友人である心臓内科の医師は、ペースメーカーの講義を受けるためにオーストラリアまで行かせてもらったこともあるそうです。

 このようにして、過去にはCMEを利用して医師の処方に影響を与えようとする企業もありました。1990年代になって、企業の財政的援助による利益相反(conflict of interest;COI)の可能性が次々に指摘されるようになり、そのような疑念を持たれるようなCMEは、大学病院内ではなくなっていきました。

 利益相反が指摘された例としては、かつてイーライ・リリーがスポンサーとなった「Surviving Sepsis Campaign」(*注)が知られています[1]。そこで発表されたガイドラインでは、同社の製品であるxigris(遺伝子組み換えヒト活性型プロテインC製剤)の推奨度が抗菌薬よりも高くされており、多くのひんしゅくを買ったのです[2]。


利益相反問題への対応

 残念ながら、この手の利益相反は根深く深刻な問題です。CME全体に要するコストは年間10億ドルにもなるといわれていますが、その半分強の費用を企業が出している現状を考えると、新しいシステムの構築の必要性が指摘されるようになったのも当然だといえるでしょう[1]。

 こうした問題に対応して、アカデミズムの側からはSociety for Academic Continuing Medical Educationという組織が1976年に生まれました。医師および関連職への生涯教育の発展、そしてファンディング(教育資金の調達・供給)の充実を図ることを目的としています。2006年1月からは、すべてのCMEコースにおける発表者に対して、発表内容における利益相反の可能性の有無を明確にコメントすることを義務付けました。そう言えば、ここ4〜5年は、発表者がどのような株や投資信託を持っているかといったことまで言及するケースもみられるようになってきました。


CMEでもワークライフバランスに配慮

 さて、現在の医師はどのようにCMEを行っているのでしょうか? 私の場合、まず、医薬品業界や医療機器業界からのお金ではなく、大学から自由に使えるCME費用が支給されています(アメリカでは、個人のCME費用が年額数十万円になる場合もあって、その補助が医師の求人を左右するポイントになることもあります)。CME費用を使って、北米大陸内ならどこへでも行くことができます。また、電子媒体のCMEを受けるために、パソコンやiPhone関連の支出も認められるというのは非常にありがたいことです。

*注 Surviving Sepsis Campaign:ヨーロッパ集中治療学会、国際セプシスフォーラム、アメリカ集中治療学会が中心となって、敗血症(sepsis)の認知を図り、診断・治療ガイドラインの普及を行った。




 新しいことを学ぶことには充実感や達成感があります。特に実際の診療で役立ったときは非常にうれしいものです。例えば、最近診た末期癌の患者さんが疼痛に非常に苦しんでおられました。そこで、同僚がCMEで習ってきた、ケタミン(われわれ救急医がprocedural sedationにちょくちょく使う薬で重宝します)を少量用いる療法を試してみたところ、見事に奏効して、患者さんも家族も私も喜んだということがありました。

 冒頭にも述べましたが、アメリカではCMEについてもワークライフバランスが考慮されており、多くのCMEが午前中だけの半日で行われます(つまり、午後はフリー)。場所も、人気のある観光地で行われることが多いようです。ですから、コロラドやユタのスキー場で、昼間にスキーを楽しむこともできるのです。アメリカ救急医学会(ACEP)総会の開催地も、一昨年はシカゴ、昨年はボストン、そして今年はラスベガス、来年はサンフランシスコといった具合です。おかげ様で、わが家も昨年はボストンに行き、奥さんはおいしいシーフード、子どもたちはおいしいリトルイタリーのピザを堪能した上、アメリカ建国の歴史を探索することもできました。


hibino11.jpg

【ボストンのファヌエル・ホール前に立つ、建国の父の一人サミュエル・アダムスと。】

【References】
[1]Morris L, Taitsman Jk: The agenda for continuing medical education―limiting industry's influence. N Engl J Med. 2009 Dec 17; 361(25): 2478-82.
[2]Eichacker PQ, Natanson C, Danner RL: Surviving sepsis―practice guidelines, marketing campaigns, and Eli Lilly. New Engl J Med. 2006 Oct 19; 355(16): 1640-2.
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