2011年01月21日

患者の名前はファーストネームで

岡野龍介
インディアナ大学麻酔科
アシスタント・プロフェッサー


 アメリカに来て、スーパーで買い物するとき、腑に落ちないことが続いた経験があります。レジでの応対がどうもおかしいのです。私の前の客とはにこやかに談笑していたレジ係が、私の番になると急に顔が曇って一言もしゃべらなくなります。押し黙ったまま商品を次々にスキャンした後、黙ってレシートを私の前に突き出すだけ。

 失礼千万と思い、憮然としてレジを抜けて振り返ってみると、私の後ろの客とはまた談笑しながら接客しています。どこのスーパー、どの店員でも同じ現象が繰り返されます。差別でもされているのでしょうか。いったいなぜなのか、かなり長い間その理由が分かりませんでした。

 前後の客と私とは何が違うのか。注意して観察していると、あることに気付きました。アメリカ人の客は、自分の順番が来るとレジ係と目を合わせて“Hi, how are you?”と言っています。その後にも一言二言、何か話しかけています。レジ係はそれに反応し、会計の間中にこやかに談笑しているのです。


アメリカ的レジ通過態度で成功

 考えてみると、日本のレジで私はほとんど口を開くことがありませんでした。黙ってレジに近付き、仏頂面で商品を渡します。店員はやけに元気よく「いらっしゃいませ!」「1582円になります!」「2000円お預かりします!」とまくし立てます。お釣りを黙って受け取ると、「ありがとうございました! またお越しくださいませ!」の声を背中に浴びながら店を出ていくのが当たり前です。自分で何か言葉を発するのは「お弁当、温めますか?」と聞かれて「あ、はい」と答えるときぐらい。

 私はとりたてて内気な性格ではなく、かといって初対面の人とどんどん友達になれるわけでもない、日本人としてはごく平均的な社交レベルの人間だと思っています。常連でもないのに、見ず知らずのレジ係に自分から「こんにちは! 今日は忙しかったですか?」などと声をかけることはしません。そんなことができる人は、よほど社交的か、たまたま機嫌がいいからだろうと思っていました。

 さて、再びアメリカでレジを通る機会がやってきました。レジ係にわざわざ自分から挨拶するのは億劫でしたが、今度は頑張ってテンションを上げて“Hi, how are you?”と声をかけ、“Looks like a busy day, huh?”と畳みかけてみます。するとどうでしょう、レジ係は「うん、だいぶ落ち着いてきたけどね」と答え、終始にこやかに応対してくれました。少しですが、他愛ない雑談までできました。

 これは興味深い発見です。このテクニックを使ってみると、どの店でも、今までの経験が嘘のように、毎回和やかな雰囲気で気持ちよくレジを通過できます。アメリカのレジでは、どうやら客の方もテンションを上げて、積極的に挨拶をしないといけないようです。

日米で異なる「きちんとした大人」の姿
 どの国にも、「普通の大人ならばこういう態度を取るだろう」という、文化的背景に裏打ちされた期待される行動パターンというものがあります。例えば日本では、大人ならば公共の場で、特に初対面の相手にはむやみに無駄口をたたかず、礼儀正しく振る舞うことが期待されます。「人に頭を下げることができるようになって初めて一人前の社会人だ」と言われるのはそのせいです。

 同様にアメリカ社会では、初対面の相手にも積極的に声をかけて挨拶し、明るく振る舞うことが期待されているのではないでしょうか。そのため、無言で仏頂面の「日本的レジ通過態度」は、アメリカ人の店員の目には「不機嫌な客」と映るのです。不機嫌そうな客を前にすれば、店員は当然不安な気持ちになり、顔は曇り、会話も少なくなっていたという仮説が立てられます。

 日本人から見たステレオタイプなアメリカ人の姿が陽気で明るく、アメリカ人から見たステレオタイプな日本人が物静かで礼儀正しいというのは、まさにそれらが各々の社会で期待されている大人の姿の象徴なのでしょう。まったく異なる価値観を持った文化から見ると、その様子が際立って映るのだと思います。

 レジ係の態度に限らず、アメリカに来て最初のころは、手元に置いたコーラをぐいっと一口ラッパ飲みして「次!」と叫ぶ銀行の窓口嬢や、レストランのウェイトレスのハイテンションで馴れなれしい接客態度に大変な違和感を覚え、時には怒りすら込み上げてきました。しかし、これらのことも私がサービス業に求める日本人の典型的期待値からずれているだけなのだと気付いてからは、理解できるようになりました。


アメリカ人もまた、アメリカ人を演じている

 それにしても、アメリカ人は本当に誰も彼も、心の底から陽気で明るく、ハイテンションなのでしょうか? いや、アメリカ人でも日本人でも、実に様々な性格の人々が存在するはずです。内気な人もいれば社交的な人もいます。乱暴な人もいれば丁寧な人もいるでしょう。機嫌が悪くて人とは話をしたくないときもあるかもしれません。

 私たちの生きている社会に、大人として期待される、ある種の行動パターンが存在する以上、人は子どものころから、そのパターンに沿うようにしつけられて育ちます。既に自分の人格の一部となっていて気付かないかもしれませんが、誰しもがその期待される姿を多かれ少なかれ「演じる」ことを学び、社会の一員となり得ているのではないでしょうか。

 アメリカ人の同僚に「アメリカ人って陽気で、人前で話をするのが上手だよね」と尋ねてみたことがあります。すると、「あー、子どものころからそう訓練されるんだよ」と返ってきました。「別に、皆が話好きで話が上手なわけではないんだ」。

 確かに、アメリカの手術室でも、よくよく観察してみると、年中陽気でしゃべり続ける人がいる一方で、実は普段は暗い性格だったり、人前でしゃべるのが嫌いだったりする人も結構います。そんな彼らも、他人とかかわるときには突然スイッチが入って、明るく冗舌に振る舞います。私たち日本人が「礼儀正しい日本人」を演じているのと同様、アメリカ人もやはり「陽気なアメリカ人」を演じていたのです。


アメリカ人患者の信頼を得るためには

 つまるところ、アメリカ人は初対面の人との関係において「丁寧で人を敬う態度」を日本のように最重要とはとらえておらず、「明るくてフレンドリーな態度」の方が重要だと考えています。日本のサービス業で見られるような丁寧な応対は「主人に仕える奴隷のようだ」と、むしろ気味悪く感じる人が多いようです。医師・患者関係にも同様の傾向が見られ、アメリカ人の患者は概して、医療従事者に元気でフレンドリーな態度を望みます。

 初対面の相手と短時間で信頼関係を築かなければならないという点で、麻酔科医は医師の中でも特殊な職業です。術者すなわち外科医は、外来で何度か診察をしていて、手術の方法を患者と相談する機会があるため、手術前には患者との信頼関係が既にできあがっています。それに対して、私たち麻酔科医は、手術当日にひょっこりと顔を見せて、わずか15分後に始まる手術のために「あなたの命を預けなさい」と言わなければならない立場です。患者と会って最初の30秒で「この麻酔科医なら大丈夫そうだ」という安心感を与え、麻酔の方法とリスクなどを説明しつつ、次の5分でさらに信頼関係を深めなければなりません。

 日本では、医学的に正確な説明をして、真摯で丁寧な態度で患者に接していれば、信頼関係を作るという目的は自然に達成されていました。一方のアメリカでは、日本にいるときよりもテンションを上げ、アメリカ人が期待する「きちんとした社会人」を演じて患者に接すると、より確かな安心感を与えたことによる反応が返ってきます。

 真摯で丁寧な態度は保ちつつも、患者の名前をファーストネームで呼び、笑顔を見せながら、患者や家族の一人ひとりと力強く握手をする必要があります。最近になってようやく慣れてきましたが、最初のころは、麻酔の術前診察を済ませて部屋から出てくるたびに、まるで面接試験が終わったかのようにどっと疲れていたものです。


険悪なはずの大学病院手術室も挨拶次第で…

 多少の例外を除き、大学病院の麻酔科医と外科医というのは、どういうわけかたいてい仲が悪いもので、何かにつけて罵り合っています。これはアメリカでも日本でも似たり寄ったりです。一方、一般病院での麻酔科医と外科医の関係はたいてい良好で、やはり日本もアメリカもほぼ同様です。

 大学病院の手術室では、「手術開始が遅れたのは外科のせいだ」「いや、麻酔科のせいだ」、「外科はいつも緊急でもない手術を緊急だと称して無理やり入れてくる」「麻酔科はあれこれと難癖をつけて手術をキャンセルしたがる」と、真っ向から対立しているのをよく耳にします。大学病院の手術室しか知らないレジデントたちは、「これが麻酔科医と外科医の関係? こんな人間関係の中で一生仕事をしていくの?」と眉をひそめますが、そこで「大丈夫、外の病院では仲良しだよ」と教えてあげるのが指導医の役目です。

 私は長らく民間病院で楽しく外科医と仕事をしてきたので、いまだに大学病院の雰囲気にはよく萎縮してしまいます。先日、外科医の中でも一番の気難し屋と久しぶりに仕事をする羽目になりました。背が高く、眼光鋭く、無口で一切の妥協を受け付けない頑固な態度はさながら将校のようで、私はレジデントだった頃から彼と仕事をするのが憂鬱でした。

 ところが、このときの彼は態度が違いました。執刀前ににこやかに自己紹介をして、手術室の看護師一人ひとりに名前を尋ね、何と麻酔科の私の顔をのぞき込んで、「先生のお名前は? 今日はよろしくお願いします」と言ってきたのです。

 私の知る彼とはまるで別人。信じられない思いで外回りの看護師に尋ねると、「彼は最近そんなふうに変わった」と言います。わずか30秒の挨拶が、その後の手術室内でのスタッフ間のコミュニケーションを実にスムーズにしてくれました。もしかしたら彼も私と同様、挨拶の効用を最近になって発見した一人なのかもしれません。
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