2011年02月23日

医師の需給予測を考える Vol.1

アメリカの医師需給、2025年に12.4万人が不足?


  永松聡一郎
  (ミネソタ大学呼吸器内科/集中治療内科クリニカルフェロー)


 わが国では昨今、医学部の定員を増やすべきか、医科大学を新設するべきかという議論が行われております。ところで、わが国にはどれだけの医師や医療従事者が必要なのでしょうか? 民主党のマニフェストには、先進国クラブとも言われるOECD諸国の平均医師数(人口1000人当たり医師3人)を目指して、医師養成数を1.5倍に増加させると記されています[1]。しかし、医療制度の異なる国家間で医師数を比較していることや、医療の"需要"に言及せずに医師の"供給"量を議論していることに疑問を抱いた方も多いかと思います。

 アメリカで行われた医師の需給予測の研究を分析してみると、興味深いことに、日本と極めて似た議論が展開されていました。例えば、1970年代に医学部の定員を増やし、80年代に医師の過剰が懸念され、90年代まで実際に医師養成の抑制策が採られたことは、日本と極めて似ているでしょう。しかし、90年代後半〜2000年代に入ると、「2025年には12.4万人の医師が不足する」と警鐘を鳴らす論文が発表され、現在では「近い将来に深刻な医師不足になる」という懸念が大勢を占めています。

 驚くべきことには、アメリカの医師の需給予測は、政府や公的機関だけではなく、地方州政府、医学会、シンクタンクなどが自主的に行っており、その数は100以上にも上ります[2]。医療政策が大きく転換する際には、事前に科学的根拠に基づいた研究が行われてきました。

 そこで今回のシリーズでは、「日本に医師・医療従事者はどれだけ必要なのか?」という議論を建設的に行っていただくための材料の一つとして、アメリカで行われた医師・医療需給予測の概略を紹介します。需給予測が行われた歴史的経緯、医療過疎地の医療を担う外国人医師、需給予測の方法、経済が医療の需要に及ぼす影響と話を進めていき、そして結びに、医師過剰説から医師不足説へと転換していくきっかけとして、最もインパクトを与えた研究の一つであるCOMPACCSプロジェクト(1995年)を紹介します。


「医師は過剰になるが偏在は解消されない」(1970〜80年代)

 アメリカにおける医師の需給予測の研究は、最古のものでは1933年に始まっていました[3](*注)。第2次世界大戦後はNational Advisory Commission on Health Manpowerが医師不足に警鐘を鳴らし(1967年)[4]、その報告を受けて1968〜75年には医科大学の拡充が行われ、また外国医科大学の卒業生を積極的に受け入れるようになりました。この時期は、日本でも新設医科大学が開設された時期で、日米の類似性が見られるかと思います(1970〜79年)。

*注:人口10万当たり140.5人の医師が必要で、10%の過剰が生じていると報告されました。

 その後、1970年代後半になると、「近い将来、医師不足は解消する」と言われるようになります。アメリカ保健社会福祉省は、医師の数自体よりも、その分布、特にUnderserved Area(医療過疎地〔筆者訳〕)と呼ばれる、地方や貧困世帯が多い地域に医師が不足していることに懸念を示しました。こうした地域はHealth Professional Shortage Area(医療従事者不足地域)に指定され、現在でもアメリカ市民の約20%(6500万人)が住んでいます(2009年)[5]。医療従事者不足地域は大都市の中にも存在し、例えばニューヨークのマンハッタン島内にもいくつかの地域が指定されています。

 1970年代は、アメリカで家庭医学が発展していった時期でもあります。アメリカ家庭医学学会(American Board of Family Medicine)が専門分野として誕生し(1969年)、家庭医学の卒後教育プログラムに政府から補助金が支給されるようになりました(1971年)。

 しかし1980年代になると、いよいよ医師の過剰(surplus)という言葉が聞かれ始めるようになります。1981年、Graduate Medical Education National Advisory Committee(GMENAC:アメリカ卒後医学教育諮問委員会)は、「1990年には医師が過剰になり始め、2000 年には22%の医師過剰が生じる。しかし、引き続き、医師の専門分野や地域の分布には偏りがあるままである」と報告しました[6]。その後も1996年まで、医師の過剰を予測して警告する報告書が発表され続け、医科大学の総定員や卒後教育(レジデンシー)に対する予算は減らされていきました。図1に示したのはアメリカの医科大学の卒業生数ですが、1970年代に増加したものの、1980年代に入ると頭打ちになったのが分かるかと思います。

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図1 アメリカの医科大学卒業生数
(Association of American Medical Colleges:The Complexities of Physician Supply and Demand: Projections Through 2025. 2008. ―Figure 3より引用)

「プライマリーケア医が不足している」(1990年代)
 1990年代に入ってクリントン政権になると、医師の需給問題に新たな論点が加わります。それは、プライマリーケア医とスペシャリスト医の役割分担の問題です。

 この時期のアメリカは、医療費の高騰に悩まされていました。総医療費が1995年には1兆ドルを超えるにもかかわらず、医療へのアクセスの不均衡は引き続き問題で、3700万人は無保険のままでした。そうした中、医療費を削減しようとする過程で、2つの現象が見られました。それは、治療する場所が入院から外来にシフトしていったことと、マネージドケアが浸透していったことです。

 マネージドケアでは、いわゆるゲートキーパーと呼ばれるプライマリーケア医が必要となります。しかしアメリカでは、過去30年間でスペシャリスト医の数は倍以上に増えているのに対して、プライマリーケア医は増えることがなかったのです。事実、ほかの先進国では医師の50〜70%がジェネラリストであるのに対して、アメリカではジェネラリストが42%(1965年)から30%(1992年)へと減少傾向にありました[7]。

 こうした状況に対して、Accreditation Council for Graduate Medical Education(ACGME:卒後医学教育認定評議会)、American Medical Association(AMA:アメリカ医師会)、American College of Physicians(ACP:アメリカ内科学会)を含む多くの学術団体は、ジェネラリストの比率を50%まで引き上げるべきだとの声明[8]を発表するに至りました。


 なぜアメリカではプライマリーケア医が不足するのでしょうか?

 その理由の一つとして、医科大学の高額な学費があると思われます。高額な学資ローン返済のため、医科大学卒業生が給与水準の高いサブスペシャリストの道に進むのを責めることはできないでしょう。

 また、もう一つの理由として、診療報酬体系も関係していると思われます。1990 年代のアメリカは、"fee-for-service"と呼ばれる出来高制度を採っていたため、より高価な機材や専門分化された技術を必要とするサブスペシャリスト、とりわけ放射線科医、外科医、麻酔科医の給与が、ほかのジェネラリストよりも高い上昇率を示していました。


「高齢化が進み、医師は不足する」(2000年代)

 1990年代後半から2000年代に入ると、アメリカの医師需給予測の風向きが変わり、「高齢化社会のため、医師は過剰になるのではなく、不足するのではないか?」という懸念が聞かれるようになりました。その不安を実証した研究に、集中治療に関連する3学会が協同で行ったCOMPACCSプロジェクト(1995年)があります[9]。

 この研究は、大戦後生まれのベビーブーマー世代が高齢化することに伴い、医療需要の増加に対応できず、「2012年以降は集中治療に携わる医師が不足する」と予測し、全米に大きなインパクトを与えました。また、勤務体系が過酷な急性期の集中治療室(ICU)においては、医師の実働期間が20年ほどしかなく、60歳になると現役として働く医師はほとんどいないという、医師のライフキャリアも描き出しました。

 2005〜08年に発表された研究で、流れは決定的なものとなりました。Association of American Medical Colleges(AAMC:アメリカ医科大学協会)、Council on Graduate Medical Education(COGME)、Health Resources and Services Administration(HRSA)の3団体が、国家レベルでアメリカの医師需給を分析したのですが、そのいずれもが8.5万(2020年、COGME)〜12.4万人(2025年、AAMC)にも上る深刻な医師不足を予測したのです。AAMCは医科大学、COGMEは卒後教育、HRSAは無保険者や医療弱者(medically vulnerable)の視点から描かれた研究なのですが、異なる機関が別々に分析したにもかかわらず、ほぼ似たような予測が報告されていることは興味深いと思われます。さらに、これらのリポートでは、医師数のみならず、医学教育、地域分布、プライマリーケア、医療の生産性など多岐にわたって論じられています。各リポートについて、労働力の分析、提言の要点を下表にまとめました(これ以外の項目も加えた表については、こちらをご覧くださいhttp://medical.nikkeibp.co.jp/mem/pub/data/110216tk3_a.pdf)。

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【表 AAMC、COGME、HRSAが発表した医師需給予測研究の要点 COGMEによる医師不足数は、推定レンジの中間値から算出される人数。*画像クリックで拡大】

 これらの研究は、医師が不足する根拠として、何を挙げているのでしょうか?

 労働力としての医師の供給については、今後も増加していくものの、増加率は緩やかになると予測されています。その主な要因としては、(1)現役医師が高齢化してベビーブーマー世代が引退し始めること、(2)男性医師より勤務時間の少ない女性医師が増加すること、(3)1980年以降の医科大学の定員抑制策の影響が挙げられています。

 一方、医師の需要は、供給を上回るスピードで増加していきます。その主な要因としては、(1)2000〜20年の間に人口が18%増加すること、(2)とりわけ65歳以上の高齢者が54%増加すること、(3)医療に対する患者の要求水準が高くなっていること、(4)経済成長に伴って医療に費やすことができる購買能力が高くなっていることが挙げられています。

 これらの様々な要因を考慮してAAMCが作成した需給予測が図2となります。ここで描かれているのは、医師の実人数ではなく、FTE(full-time equivalent)という常勤換算した医師数です。すなわち、常勤の医師1人はFTE=1.0、パートタイム勤務の場合にはFTE<1.0として扱われています。仮に、研究の行われた2005年時点から医師の生産性と患者の需要が変化しないとすると、需要予測と供給予測の差が年を追うごとに開いていく様子が分かるかと思います。

 またAAMCは、「最も可能性の高い(most plausible)シナリオ」を作成しました。そのシナリオには、医療の消費が増え、若い世代の医師の勤務時間が短くなり、卒後教育の定員が増え、生産性が向上するといった予測が反映されました。このシナリオの場合、2025年にはさらに多く、15万9300人(FTE換算)の医師が不足すると予想されたのです。

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【図2 アメリカの医師数予測(常勤医換算)における最も可能性の高いシナリオ(2006〜25年)需給のパターンが変化しないと仮定すると(ベースライン同士)、需給ギャップは12万4400人。需給のパターンが今後変化する「最も可能性の高いシナリオ」同士では、ギャップは15万9300人となる。
(Association of American Medical Colleges:The Complexities of Physician Supply and Demand: Projections Through 2025. 2008. ―Figure 2より引用)】

 次回は、アメリカの医師の約4分の1を占め、医療過疎地の医療を担う外国人医師を紹介していきます。

【まとめ】
1)アメリカでは、連邦政府、公的機関、地方州政府、医学会、シンクタンクなどによって、医師や医療の需給予測研究が100以上行われた。こうした科学的根拠に基づいた研究が医療政策に反映されている。
2)アメリカでは、1960〜70年代に医科大学が拡充され、1980年代に医師の過剰が懸念され、1990年代まで医師の養成が抑制された。
3)アメリカの医師不足の特徴は、プライマリーケア医が不足していることと、医療過疎地(地方や貧困世帯が多い地域)が顕在化していることである。
4)1990年代後半から2000年代に入ると、医師不足が懸念されるようになった。その代表的な要因として以下のものが挙げられる。
・供給(医師)側:ベビーブーマー世代の医師の引退、女性医師の増加、若手医師のライフスタイルの変化、医学部の定員削減
・需要(患者)側:人口増加、高齢者の増加、要求される医療水準の高度化、医療購買能力の増加

【Refernces】
[1]崖っぷち日本の医療、必ず救う!(民主党医療政策の考え方)
http://www.dpj.or.jp/policy/koseirodou/pdf/090731medic.pdf
[2]Center for Workforce Studies Association of American Medical Colleges: Recent Studies and Reports on Physician Shortages in the U.S., November 2010.
https://www.aamc.org/download/100598/data/recentworkforcestudiesnov09.pdf
[3]"Final Report" of the Committee on the Costs of Medical Care. Cal West Med. 1932 Dec; 37(6): 395-400.
[4]Anderson OW: Report of the National Advisory Commission on Health Manpower. Health Serv Res. 1968 Spring; 3(1): 65-70.
[5]US department of health and human service, Health Resources and Services Administration: Shortage Designation. http://bhpr.hrsa.gov/shortage/
[6]Graduate Medical Education National Advisory Committee: Report of the Graduate Medical Education National Advisory Committee:summary report. 1981. HAS81-651.
[7]Schroeder SA: The troubled profession: is medicine's glass half full or half empty? Ann Intern Med. 1992 Apr 1; 116(7): 583-92.
[8]Schroeder SA, Sandy LG: Specialty distribution of U.S. physicians―the invisible driver of health care costs. N Engl J Med. 1993 Apr 1; 328(13): 961-3.
[9]Angus DC et al: Caring for the critically ill patient. Current and projected workforce requirements for care of the critically ill and patients with pulmonary disease: can we meet the requirements of an aging population? JAMA. 2000 Dec 6; 284(21): 2762-70.
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