2011年04月24日

こんなことでも救急車を呼んじゃいます



日比野誠恵
(ミネソタ大学ミネソタ大学病院救急医学部准教授)

 ある日の深夜勤の午前1時頃、80歳過ぎのソマリア人の患者が救急車で搬送されてきました。「顔が腫れているので救急車を呼んだ」そうですが、呼吸困難はないようです。「浮腫か、あるいは感染症か」などと考えながら診に行くと、この方は私のことを知っているようで、うれしそうな顔で親しげに話しかけてきます。そういえば2〜3カ月前、腹痛を訴えて受診した彼を診察したことがありました。


笑い話のタネで済めばいいけれど…

 このとき、彼は「少なくとも数年間はある『目の下の垂れ』に、インターネットで見つけた薬が効くかどうか聞きたくて来院した」というのです。80歳なら「目の下の垂れ」があってもおかしくはないし、それを理由に深夜1時に救急車で来院するというのは問題です。そこで、「救急外来は、救急と思われる病態を救急専門医が診察するところなんですよ。ここではご質問への適切な答えも分からないので、後日、皮膚科外来を受診していただけますか?」と丁重にお願いしました。

 この1件は同僚との笑い話のタネにはなりましたが、2011年のアメリカは国家の医療費高騰を受けて成立した医療制度改革でもめにもめている最中。いろいろと考えてしまいます。また、2007年のアメリカ医療研究所(Institute of Medicine:IOM)の報告[1]にもあったように、アメリカの病院救急部の混雑は患者の安全を脅かしかねない深刻な問題となっているという認識もあります。日本でも状況は似ているようで、日経メディカル オンラインでも軽症の救急外来患者からの特別料金徴収に関連した記事が掲載され(2011. 2. 9 「『救急外来患者から特別料金を徴収』との回答は14%」)、注目を集めたようです。

一般人の救急車要請は適切か?―イギリスの報告から
 イギリスのバーミンガム大学で行われた、「一般の方々」の救急車要請に関するアンケート調査結果が最近発表されました[2]。それによると、まず救急を要する病態では、適切に救急車の要請をする場合が多いということです。具体的には、胸痛や重症の可能性のある外傷では救急車を適切に要請しているようです。ただし、髄膜炎や脳梗塞など、救急を要する場合でも救急車が要請されにくい病態もあるようです。

 一方、救急を要さない場合の要請、つまり救急車の不適切な要請もかなりの割合に上るということです。妊婦の陣痛が始まった、幼児がちょっと頭をぶつけた、慢性腰痛の鎮痛薬が切れた―といったことでの救急車の要請を、「不適切」と考えない人が少なくないようです。

 ただし、この調査の対象者はわずか150人に過ぎない上、対象者の多くが研究者の家族や友人(そのため、調査対象の約25%が看護師などの医療従事者)だった点に、調査の限界があると言えます。また、イギリスは国民皆保険でプライマリケアを重視した医療制度を採っているので、日本やアメリカと比較するときには、その点も注意が必要です。それでも、この結果は大いに参考にできるとは思いますが。

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【ずらり勢ぞろいして出動を待つ救急車。乗るべき人に乗ってほしいですが…。】


 いずれにせよ、日本でもアメリカでもイギリスでも、それぞれ医療制度が異なるにもかかわらず、軽症患者による救急車の要請が問題化しており、医療費を高騰させ患者の安全を脅かす要因の一つと指摘されているのです。


アメリカでも「タクシー代わりの救急車」

 アメリカではかつて、あまりにも明らかに軽症と分かる患者については救急搬送を断ることもあったようですが、医療訴訟の絡みもあって、少なくともこの20年ほどは、都市部では断ることをしなくなったようです。そうなると、日本でも問題になっているように、タクシー代わりに救急車を使う患者がどうしても増えてきます。このようなことをするのは、無保険の人々ではなく、公的保険であるメディケイド(重症の慢性疾患患者や貧困者が対象)の被保険者であることが多いようです[3]。ですから、仮に特別料金を徴収するとしても、貧困であれば「ないものはない」。

 こういったツケは私的保険に回され、その保険料がうなぎ上りとなり、巡りめぐってアメリカの破綻寸前の医療費高騰の一因になっていると一般に考えられています。かつてはミネソタ州でも、軽症で救急外来にかかったメディケイドの被保険者から少額の料金を徴収したことがありましたが(いくつかのクライテリアを満たした場合に限る)、あまり効果はなかったように思われます。


救急部の混雑、問題は「インプット」より「アウトプット」

 アメリカでは、1990年代から救急部の混雑が大きなトピックとなっていて、その原因を究明しようとする研究が数多く行われました。そして、主な原因は、軽症患者の救急部受診を含めた「インプット」より、入院ベッドへの転送の遅れに代表される「アウトプット」にあるという結論が出されました[4]。

 ここ10年ほどは、わが病院でも明らかに「アウトプット」の問題に対策の重点が置かれ、救急部の混雑問題の解消に一定の成果を挙げてきました。具体的には、看護師をpatient placement managerとして雇用し、入院ベッドの迅速な確保と患者転送に努める、インターネットを利用して入院ベッドの空き情報をリアルタイムで把握するといった対策です。

 ただし、重症の可能性を考えなくてはいけない軽症患者、例えば慢性腹痛、慢性胸痛、慢性頭痛などの患者については、慎重に時間をかけて診るという判断も必要になることがあります。こうした状況を考慮した「インプット」の研究は、まだ発表されていないようです。

 軽症患者の救急部受診は、医療従事者の士気低下にもつながりかねません。冒頭で紹介したソマリア人のおじいさんは憎めない方でしたが、中には態度の悪い人もいます。いずれにしても、救急医にとって重要なのは、「軽症に見える重症」があることを常に念頭に置いて、丁寧な診療を心がけることです。


【References】

1)Committee on the Future of Emergency Care in the United States Health System: Hospital-Based Emergency Care: At the Breaking Point, National Academies Press, 2007.
2)Kirkby HM, Roberts LM: Inappropriate 999 calls: an online pilot survey. Emerg Med J. 2011 Feb 22.
3)Appleby J: Study tried to debunk emergency room myths. USA today. 2008/10/22.
4)Moskop JC, et al: Emergency department crowding, part 1--concept, causes, and moral consequences. Ann Emerg Med. 2009 May; 53(5): 605-11.
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