2011年04月24日

米国の医学生として帰国し、母国の医療に驚き

大内啓
North Shore - LIJ Health System 救急医学・内科レジデント

 私は大阪生まれですが、家族の都合で12歳のときに渡米し、アメリカで教育を受けてきた日本人です。見かけや言葉は日本人ですが、考え方についてはアメリカでの教育の影響が強いと思います。日本のことは外から見てきた部分が多く、よく分からないこともままあります。現在はアメリカで救急と内科のダブルレジデントをしており、医療格差や医療システムにとても興味を持っています。そんな私が今までの学生・医師としての経験から感じたことを、日本の皆様にお伝えしていきたいと思います。oouchi1104.jpg

【ジョージタウン大学医学部のwhite coat ceremonyにて。アメリカの医学部に入学すると、医師になる道に入った証として、入学生1人ずつが先輩医師から白衣を着せてもらうという式があります。入学生の家族や友人も集まり、門出のお祝いをしてくれます。】

 アメリカの医学部4年生には、自分の進路選択のため、数カ月間、自由選択の実習をする機会が与えられます。私の進路選択については医療格差の問題が関係してくるので、次回以降でお話ししたいと思いますが、私はこの自由選択の実習期間の一部を自分の母国である日本の医療を学ぶことに使ってみようと思いました。もちろん、日本に医療関係の知人はあまりいなかったのですが、唯一の親しい友人(ボストンで研究をしていたときに留学に来ていた感染症医で、今でも日本の医療に関することをいろいろと勉強させてもらっています)の協力を得て、環境的に大きく違う都内の病院4カ所を、3カ月かけて回ることができました。

 当初は「日本もアメリカも先進国だし、医療のレベルは同じだろう」という印象を持っており、「多分、将来日本に帰って働くことになっても大丈夫だろう」という軽い認識でしたが、さにあらず。お国柄や保険制度の違いが医療のプラクティスを大きく変えていることを実感し、自分の勉強不足と認識不足を痛感させられる新鮮な体験となりました。まずは、このときの経験から、アメリカでは考えられないこと、驚いたことをお伝えしたいと思います。


正月に家に帰る入院患者?

 まず私が驚いたのは、日本の病院における軽症入院患者の多さです。たくさんの患者が病院の中をパジャマ姿で歩き、コンビニに行ったりテレビを観たりと動き回っています。基本的に私の大学病院または現在勤務する病院では、1人で歩いている患者にはなかなか出会いません。

 アメリカで廊下を歩いている患者は、理学療法士に付き添ってもらってリハビリに励んでいる人、自分のケアに対して不満を持ち医師に抗議するため部屋から出て来た人、薬物・アルコール依存症や精神疾患で目が離せず、看護師の眼が届くところまで出されている人くらいです。

 アメリカでは、病気で弱っている患者については、安全のために「見張り係」の看護助手が付けられます。こうした患者の1人歩きを許して事故になると、訴訟に発展する可能性が高いからです。歩けるほど健康で検査の合間に暇を持て余している患者は、1日中病院を走り回っていても、ほとんど目にすることがありません。

 あまり重篤な状態ではなく、「入院する必要が本当にあるのか?」と思える患者はアメリカにもいます。ところが日本では、そういった患者がとても多いと感じました。若くして肺炎で入院している人もいれば(アメリカでは、よほどのことでない限り外来治療です)、手術の数日前から検査のために入院している人もいます。入院に対する概念が、日本とアメリカの医療では根本的に違うという印象を持ちました。

 例えば、アメリカの医療者はとにかく入院日数を減らそうとします。その理由は、(1)不必要な入院をさせると入院費が病院負担となる(保険会社や公的保険が「不必要な入院」と判断した場合、または病気に応じてある程度規制されている入院日数を超えた場合)、(2)入院日数が長いほど悪いこと(院内感染や事故)が起こる確率が高い、(3)軽症患者の入院は病院の限られたリソースの無駄遣いになる――といったことでしょう。

 日本の病院数やベッド数は対医師数比や対人口比でアメリカよりも多いということですから、その分、両国で提供できる医療のスタンダードは大きく違うでしょう。それでも、「お正月だから家に帰るというくらい軽症なら入院しなくてよいのでは?」というのが、アメリカで医療を学んだ者の率直な感想です。日本の診療報酬システムはベッドを埋める方が効率的であるように設計されているのでしょうか? アメリカとはあまりに異なる状況に、本当にびっくりしました。


午後の外来50人、そんなに診られるの?

 都内のある有名病院の循環器内科で、ある医師の午後の予定を聞くと、「今日は外来担当だから午後は忙しいなあ。多分、50人は診ないといけなから」と言われ、患者数を聞き間違えたと思いました。なぜなら、アメリカでは勤務医でも開業医でも、私の知る限り、外来で診る患者は1日40人が限度。しかも、それは小児科や内科のような患者数が多い専門科の話で、外来のベテランが1日中走り回って40人が精いっぱいということです。

 アメリカでの外来は初診なら30分、再診なら15分と細かく予約で埋め尽くされます。看護師やアシスタントと役割分担してこなしても、1人ずつ服用薬を確認し、受診理由を問診し、診察した上ですべてを細かくカルテに記入すると、15分でも足りないぐらいだと思っていました。ところが日本では午後だけで50人! そんなにたくさんの患者を、どうやって診るのでしょう?

 実際に外来診察に同行させてもらってまず驚いたのが、満杯の待合室です。なんと外来は予約制でなく、早く来た人から順番札を取って待ち、まだかまだかと呼ばれるのを待っているではありませんか。「1日の診察時間中に来た患者をすべて終わるまで診る」。このシステムに度肝を抜かれました。このときの患者数は、確かに50人を超えていました。

 「諸外国と比べて病院数・ベッド数(対人口比)が非常に多い日本なのに、なぜこんなに病院の外来が混むのだろう?」。不思議で仕方がありませんでした。もちろん、その病院が有名な大病院で、多彩な専門医がそろっているという事情は分かるのですが、それにしても「一般内科の外来まで、何もこんなに混み合っているところに来なくてもよいのでは?」と、素朴に疑問を感じました。その思いは、実際の診察を見学させてもらい、より強くなりました。


「お年なんだから無理しないように」で大丈夫?

 「これだけの外来診察をその日のうちに終わらせるには、いったいどういう方法があるのだろう?」。興味津々で見ていたのですが、残念ながら日本の医師の診療が特別優れているということはなく、予想通りの結果に終わりました。つまり、バイタルを取りながら話を2分ほど聞き、ほとんど診察なしのまま薬を処方して終わりというのが大方のパターンでした。アメリカでは、保険会社に対して初診の請求をするとき、最低限の病歴や診察所見が記録されていなければ全額の支払いを受けられないため、医師はしっかりと患者の話を聞き、診察します。

 また、私の限られた観察では、日本の患者の受診理由は「薬を処方してもらうため」が多かったのですが、日本では3カ月分以上の処方ができないと聞いてびっくりしました。

 もっとびっくりしたのが、「先生、最近ちょっと息苦しいときがあるんだけれど」と、診察室を出る前にぼそりと告げた高齢患者への対応です。「おばあちゃん、お年なんだから、あんまり無理しないようにしてね」と問題の追究なしで診察を終えてしまったのです。この一見何でもなさそうな患者に、明日にでも何かあったらどうするのでしょうか?

 もちろん、医療アクセスがおそらく世界で一番優れている日本ですから、「家に帰っても気になるようなら、明日も来てください」と言うことが可能で、患者のセーフティーネットになっていると思います。それを考えても、「このペースの外来診療では、軽そうに見えて重い疾患を見逃がしてしまうようなことはないのかな?」という疑問は消えず、安全性が心配になりました。

 アメリカの医療の安全性にも問題点はあると思いますが、訴訟を防ぐという意味もあり、医師はきめ細かく診察して会話をカルテに記載することが当たり前になっています。少しでも気になることを患者が言えば、答えが出るまで追究するという場面は日本より確実に多いと思います。もっとも、これには良い面も悪い面もあるのですが、その説明は別の回に譲ります。
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