2011年05月29日

平日なのに外来患者がまばらな「病院」

家庭医、専門医、病院―ドイツにおける分業体制

馬場恒春
ノイゲバウア-馬場内科クリニック(デュッセルドルフ)

 ドイツの医療制度について、古くから医薬分業体制が確立していることはよく知られています。しかし、案外と知られていないこともあります。その一つが、家庭医・開業専門医・病院の三者の役割分担の厳密さでしょう。baba20110529.jpg

【家庭医として働く、筆者の家内のDr.med. Neugebauer-Babaです。】


一般外来は開業医院、入院は「病院」で

 「あれー、今日この病院は休みだったのかな?」――。平日火曜日の午前11時、患者でごった返すフロアを想像しながら8階建ての総合病院を訪れると、入口正面の受付カウンターの周りは人もまばら。10席ほどしかない待合椅子はすべて空席で、奥には売店、救急外来室、病棟へのエレベーターの案内板があるだけ。日本では「病院」と訳されるクランケンハウス(Krankenhaus)ですが、実際は文字通り「患者の家」で、入院治療のための施設なのです。

 では、一般の外来(Ambulanz)診療はというと、基本的には開業医院(プラクシス:Praxis)が担っています。プラクシスには、後述する家庭医と各領域の専門医(いずれも専門医資格が必要で、標榜は1領域のみ)によるものがあります。外来の診療はほとんどすべて予約制で、朝早くから順番待ちという光景は見られません。早く来たからといって、早く診てもらえるわけでもありません。

 外来通院中の患者に入院の必要性が生じると、プラクシスの医師がクランケンハウスと連絡を取って入院(または入院の可否のための診察)をアレンジします。患者が退院するときは、紹介元のプラクシスへ入院経過書が送られ、治療の継続を図ります。急患が直接クランケンハウスを訪れた場合でも、入院の必要がなければ、「応急処置を受けた後の治療はプラクシスで」ということになります。

 一方、クランケンハウスは入院治療の場です。極端な言い方をすれば、日本の病院から主たる外来機能を省いたような形態を想像すれば理解しやすいかもしれません。 そのため、クランケンハウスの医師の仕事は病棟(Station)勤務が主で、さらに紹介患者の診察、救急外来での業務、諸検査が加わります。例外として、公的保険の疾病組合から許可を得て、紹介患者の内視鏡検査外来を併設しているクランケンハウスもあります。なお、クランケンハウスには専門医を目指す卒後研修の場としての役割もあります。


 大学病院(Uni-Klinik)は、さらに高度な専門性を要するか、学術的要素が強い診療領域を担っています。ここで診療を受けるには紹介制が原則です。そのため、救急外来を除けば、行ってすぐに診てもらえる窓口はありません。なお、日本でよく用いられる「クリニック」という言葉ですが、ドイツで「クリニーク(Klinik)」と言えば臨床(およびその施設)を意味し、しばしば大学病院を示すのに用いられます。

 ドイツの公的保険医の全国団体(KBV)による2008年の統計によると、現役医師31万9700人の43%に当たる13万8300人がプラクシスでの外来診療(このうち公的保険の契約医〔Vertragsärzte〕は9割弱の12万472人)、約50%に当たる15万3800人が主にクランケンハウスでの病棟診療に従事しています。


baba201105292.jpg
【クリニックの案内板には各医師の名前と専門科が表示されています。】


都市部ではハウスアルツト(家庭医)の空席ほぼなし

 ドイツの医療形態でユニークなのは、「家庭医」(Hausarzt/ärztin)と呼ばれる、公的保険の「かかりつけ医」(ホームドクター)制度です。日常の診療やクランケンハウスへの入院の世話、さらに開業専門医など他の診療科を受診する際の窓口としても機能します。家庭医から他科への紹介受診をする場合、公的保険の通院患者が各受診科で四半期に1度支払う自己負担金10ユーロ(連載第1回参照)が免除されます。また、疾患領域によっては、家庭医からの紹介状なしには専門医の診療予約が取りにくいという実状もあります。

 医師免許を持っていれば誰でもが簡単に「家庭医」になれるわけではありません。公的保険の契約医である家庭医として新規開業するには、「内科と一般医学(家庭医学)」の専門医(Facharzt/ärztin)資格が必要です(専門医制度の詳細については次回で紹介します)。さらに、家庭医の数は地域ごとに細かく決められており、多くの都市部では家庭医の空席がほとんどない状態が続いています。

 患者である公的保険の被保険者は、毎年1医院に限り、家庭医の資格を持つプラクシスを自分の「かかりつけ医」として登録することができます。登録は、規定の書類に患者と医師が署名し、家庭医がその書類を患者が所属する公的保険の疾病組合に送ることで成立します(転居などの場合は、登録変更も可能)。現在、公的保険の契約医として外来診療に携わっている医師の約半数が家庭医として働いています。


診療報酬体系と一体化した専門医制度

 糖尿病、高血圧、甲状腺疾患など、家庭医と各内科領域の専門医が同じ疾患を扱うことは少なくありません。そこでドイツでは、公的保険の診療報酬制度を使って、患者と診療側の行動がうまくコントロールされています。

 プラクシスで外来診療をする専門医の診療報酬は、家庭医とは若干異なった基準で算定されます。そのため、標榜している専門分野の診療に関しては診療報酬の面で有利となるものの、逆に報酬に結び付く項目の範囲には制限があり、お互いの業務分担がなされるようになっています。例えば、公的保険の患者が「花粉症の治療のため、近くの心臓内科専門医のところで初診を受けたい」と望んでも、診療側にとってはメリットがないことになります。

 日常診療における家庭医と専門医の関係は、日本の病院の総合内科が必要に応じて他科に診療依頼するというシステムに似ています。家庭医の患者にX線撮影検査が必要になれば放射線科専門のプラクシスへ、糖尿病患者の眼底検査は眼科専門のプラクシスへ、内視鏡検査が必要になれば消化器内科専門のプラクシスへ、PSA(前立腺特異性抗原)が高値であれば泌尿器科専門のプラクシスへといった具合です。

 例えば、家庭医が通院中の糖尿病患者の治療に関して助言を必要とする場合は、糖尿病専門医(正確には、内分泌疾患・糖尿病を重点領域とする開業内科専門医)に診療依頼します。専門医は家庭医への助言を返信文書としてまとめ、家庭医はその助言をもとに治療を継続することができます。専門医から高価な薬(または治療法)の指示があれば、家庭医は通常の処方額上限を超えた治療法を用いることができます。

 このように、診療報酬の設定によって役割分担が明確になっていることで、公的保険における家庭医と専門医は競合関係ではなく、むしろ補完的な関係になっています。ドイツの専門医制度が公的保険の診療報酬制度と一体のものとして運用されている点は、日本の現状に照らして興味深いと言えるのではないでしょうか。

 次回は、ドイツの専門医制度と、その運営・管理を担う医師の自治組織(いわゆる医師会です)アルツテカマー(Ärztekammer)について紹介したいと思います。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/45578834
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック