2011年06月23日

医療格差の国での「ベスト」な処方とは?

大内 啓
North Shore - LIJ Health System 救急医学・内科レジデント


 私はアメリカで「救急科+内科」という特殊なダブルレジデンシーをしていますが、この道を選択したのは「医療格差」という問題に学生の頃から興味があったからです。日本でもよく耳にするとは思いますが、アメリカは医療格差がとても激しい国です。国民の約7分の1は無保険者ですし[1]、保険保持者の中でも「十分な保険に入っていない」とされる「勤労貧民」が大きな割合を占めています。

 お金と保険さえあれば世界最先端の医療を受けられるアメリカですが、実際に医療者として勤務して知ったのは、働く病院の環境によって提供できる医療の範囲が大きく違ってくるということです。一方、私の日本医療に対するイメージは、「皆保険制度の下で、国民のほとんどが同じ医療を受ける機会がある、とても恵まれた環境」というものです。特殊な例を除き、アメリカのように保険が患者のケアの妨げになって医療者が頭を悩ませることは断然に少ないと思います。この平等さが日本医療の一番の特徴でしょう。

 アメリカでは文化や保険の違いから医療環境が多様なので、医学教育でも学生に様々な経験をさせようという動きが見受けられます。

人種と医療格差に目を向けさせるのも医学教育の役割
 私が通ったジョージタウン大学医学部があるワシントンD.C.は、アメリカの首都でありながら医療格差がとても激しい地域です。この都市は、Northwest(NW)、 Northeast(NE)、Southwest(SW)、Southeast(SE)と、国会議事堂を中心に4つのエリアに分けられます。ジョージタウン大学があるNorthwestは裕福な地域で、病院や大使館、ホワイトハウスもあって安全な地域です。一方、国会議事堂を挟んだSoutheastは、住民のほとんどが黒人やヒスパニックの貧困層。病院は1つもなく、エイズ発症率はアメリカで一番高いという状況です。アメリカで医療格差や無保険の問題の当事者となるのは、たいていがこれらの貧困層の人々です。

 日本で生活しているとあまり想像がつかないかもしれませんが、このような場で医療に従事すると、医療格差の問題がいかに複雑であるのかがよく分かります。アメリカのメディカルスクールでは、Southeastのような “underserved”なコミュニティーでの医療も重要な教育テーマの一つで、ほとんどの学生が当該地域のクリニックにローテーションで行ったり、医学生主体で運営される無料クリニックでボランティアをしたりします(*注1)。

「それじゃあ、この患者に対してベストの医療とは言えない」
 アメリカの医学教育では、学生が1人で患者を問診・診察・診断した後、同じことをもう一度指導医と繰り返して学習するという方法が採られます。ある日、Southeastのクリニックで、私はいつものように診察室に1人で入り、30歳代の男性の問診に取りかかりました。

 第1の問題はコミュニケーションです。同じ英語を話していても、貧困層の黒人の英語は、イギリス人のアクセントの英語を聞き取るくらい分かりづらいと思います。使う単語が違えば、語順も滅茶苦茶です。例えば、副鼻腔の圧迫感は“like shooting some bad shit up”と表現されることがあります。「質の悪いまがい物を鼻から吸ってしまったようだ」という感じでしょうか? コカインなどのドラッグを鼻から吸う習慣がある人たちは、「吸って試す」という行動を取り、場合によってはまがい物を吸って想像していた効果ではなく痛みだけが残るという状況になることがあるそうです。この表現はそういうところからきているのでしょう。

 さて、頭痛と発熱があって風邪の症状が悪化しているらしいことをようやく聞き出し、診察を経て、臨床経験が乏しい私にも風邪をこじらせた急性副鼻腔炎だと分かりました。コミュニケーションに苦労しながらも、症状の発生から悪化までの経過を聞き出すことができ、教科書通りの所見が取れたことに満足しました。

 急性副鼻腔炎の治療薬は通常はアモキシシリンですが、この地域の急性副鼻腔炎の原因微生物の約25%は抗菌薬耐性を持つことを知っていた私は、アモキシシリン+クラブラン酸の配合剤(商品名オーグメンチン)の方がベターだと判断して、「いい評価をもらえるだろう」と思いながら指導医にプレゼンしました。

 指導医の答えは、「患者がお金をいくら持っているか聞いたかい? 保険は何を持っている? その薬の使い方は患者にとっていいと思うかい? それじゃあ、この患者に対してベストの医療とは言えないな」でした。

 裕福なエリアであるジョージタウンのクリニックではあまり聞かないのですが、Southeastのクリニックの患者は無保険者がほとんどで、処方した薬を買うことができず、その結果として医師による診断・治療が患者の利益にならないことがしばしあることを知りました。このときの私の処方では、無保険者である患者は薬を買えない可能性が高く、本当の意味で患者のためにはなりません。

 そこで指導医にWal-Martの「4ドル処方リスト」(*注2) を紹介してもらいました。その中にアモキシシリンが載っていることを確認し、そのシステムを患者に説明した上で、患者の自宅から一番近いWal-Mart の場所をプリントアウトして渡しました。指導医いわく、「誰にでも最後までやり通せるように指示してあげることが大切。この地域の患者は、何か一つうまくいかなくなると気力を失って、ほかの方法を探すことがないまま先に進まなくなる」のです。

一番近い「Wal-Mart」を教えるのも医師の仕事
 医療格差の問題には、患者の個人的な生活環境も大きく関係します。先の患者は若くて行動力があり、対処が比較的容易だと思われる人ですが、それでも「一番近いWal-Martがどこにあり、どのようにすれば薬を購入できるか」まで説明しないと、途中で挫折して診療が無駄になる可能性が高まります。

 彼はインターネットへのアクセス環境を持たないため、自分で薬局の場所を検索できません。また、交通手段もバスか電車なので、車でしか行けない場所は紹介できないのです。実際に薬を手にするまで、私たちには想像もつかない難関が待ち構えています。

 それ以上に、私の経験から言うと、このような患者層の大半は、「自分にはできない」というネガティブなメンタリティーのようなものを植え付けられてしまっていると思います(これについては、回を改めてお話しします)。

 同じような問題は高血圧や糖尿病といった慢性疾患を持つ患者でも見られ、アメリカの医師はいつでも「この保険を持った(または持っていない)患者に対して一番効率のよい診断や処方の仕方はいったい何だろう?」と考えながら診療に当たる姿勢が求められます。細かいところに気を配って処方しないと、「薬を出しているのになかなか血圧が下がらない患者が何度もクリニックに舞い戻る」なんてことがしばしば起こるからです。

 たいていの場合、処方された薬を買えなかったからなのですが、それ以前に、自らが抱える問題を医師にしっかりと伝えられない言葉の壁の問題も絡んでいます。貧困層の多い地域での診療は、本当に“複雑”なのです。

*注1 多様な医療環境で対応できる順応性を学ばせるとともに、「医師は社会的弱者の立場を代弁する役割も担っている」という意識を身に付けさせようとすることが多くなってきました。医学生やメディカルスクール、その卒業生の寄付を募って開かれる、無保険者を対象とする無料のクリニックも増えています。このスタッフは医学生とボランティア医師が務めます。私も在学中は、場所や資金、ボランティアスタッフ、薬剤、機材の確保などを手伝いましたが、卒業後の今ではきちんと機能する医療機関(The HOYA Clinic)になっているようです。

*注2 アメリカでは、同じ処方薬でも保険によって患者の支払う金額が異なります。無保険者は保険会社によるディスカウントが利かないので定価を支払わなければならず、特許が切れていない薬の多くは法外な値段になります(例えば、前出のオーグメンチンは当時約80ドルしました)。そのため、薬局を持つWal- MartやTargetなどの大規模小売店がジェネリック薬1か月分を4ドル、3か月分を10ドルで提供するようになり、貧困層の生活が大きく変わりました。

【References】
1)Income, Poverty, and Health Insurance Coverage in the United States: 2009. U.S. Census Bureau.
http://www.census.gov/prod/2010pubs/p60-238.pdf
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