2011年06月30日

永住権証明書の再発行を待てずに死んだ患者

大内 啓
North Shore - LIJ Health System 救急医学・内科レジデント

-----------------------------------------------------------------
【訂正】
2011.10.27に掲載した「永住権証明書の再発行を待てずに死んだ患者」につき、
以下の理由により一部記述を修正のうえ、再送信させていただきます。
読者の皆様におかれましては、ご理解を賜れば幸いです。

「永住権の証明がただちにできず、
正規のメディケイドを取得することができずに
移植医療を受けられなかった患者のエピソードを、
医療格差の問題としてとらえることは難しく、
受け入れ先の病院の対応もやむを得ないものだったと考えられます。
この観点に基づいて、一部記述を訂正しました。」
-----------------------------------------------------------------


 まだ臨床経験が少ない私ですが、医療制度の壁が最悪の形で我々の手足を縛り、医療者としてやるせない思いをさせられたケースを紹介したいと思います。

保険がないなら死を待つしかない?
 私がLong Island Jewish Medical CenterのCCUで働いているとき、南米ギアナ地方からの移民の43歳男性が胸痛を訴え、卒倒して運ばれて来ました。ニューヨークにはギアナ地方からの移民が多い地区があり、教科書には載っていませんが、彼らはとても高い心疾患のリスクを持っているといわれます。

 ERでのエコーや血液検査によって、前側壁心筋梗塞からの心原性ショックであると診断され、中心静脈ラインから強心薬を入れながら大動脈内バルーンパンピングを行いましたが、冠動脈左前下行枝が100%閉塞していたので、心臓カテーテルでは何も治療ができないままCCUで経過観察となりました。それから2日間、心機能は落ちるばかりで、強心薬の量は増え、現状維持さえも不可能になりました。

 ほかに何も病歴がない若い患者だったことから、この時点で、心臓移植の適応とみなされ、近隣の某大学に送る手続きが取られ始めました。そして、受け入れ先のその大学から移植外科医が来院し、移植のための医学的診断が終了した後、「非医学的」な問題が発覚しました。

 患者は無保険ながら、入院時は「緊急メディケイド」が適用可能だったものの、数十年前に取得した永住権証明書を紛失しており、永住権保持者としての証明をして正規のメディケイドを取得することができませんでした。移植を行うには、長いアフターケアのために正規のメディケイドが必要になるため、彼は自分の移民状況を証明しなくてはいけませんでした(*注)。

 臓器移植はとてもコストがかかる手術で、私も身近な家族がアメリカで肝臓移植を受けていますが、最低でも数千万円の負担が必要で、無保険の場合はもちろん、正規のメディケイドであっても州によっては患者を助けることができません。ニューヨーク州では正規のメディケイドで移植をすることが可能なので、永住権証明書さえあれば患者の命を救う可能性が出てくるはずでした。

 患者と同年代の奥さんは英語を話せなかったため、18歳の息子さんに、永住権証明書の再発行のために移民局へ問い合わせるよう要請しました。移民の国アメリカでは、あまりにも不法滞在者が多いため、永住権証明書を何らかの形で取得しようとする不正が多く、移民局は常に多忙です。そんなお役所に、18歳の息子さんが父を救うべく訪れたのですが、当たり前のように門前払い。「証明書の再発行は、書類を提出した後、約6か月かかります」と言われたきりでした。

 まず移民局に永住権証明書の再発行を依頼し、それが実現して初めて受け入れ先の大学の移植リストに載る資格ができるという順序なので、私と患者さん家族はできる限りの手を尽くして双方に状況を説明しました。受け入れ先では、「移植は可能だが、支払い能力がない人への莫大な費用を善意だけで賄うことはできない。永住権の証明を待つ」という状況でした。

 移民局には私が手紙を書いて状況を伝え、人の命がかかっているので緊急に証明書を必要とすることを説明してあったのですが、「とにかく多忙な移民局は聞く耳を持ってくれなかった」とのことでした。「あと数日で心臓が止まるかもしれないのに、親父は永住権が証明できないからというだけの理由で死ねというのか!」と泣く息子さんに、殴られそうになりました。善処を求めて何度も移民局と受け入れ先の大学に電話しましたが、「ルールにないことはできない」「どうしようもない。それとも、あなたが費用を負担するのか?」という返事が戻ってくるのみでした。

kei_20111027.jpg
【筆者が勤務するLong Island Jewish Medical CenterのCCU。「非医学的」な理由で、助かるはずの患者の命を助けられないことがあります。】

なんともやり切れない結末に
 「保険さえあれば命が助かるかもしれない若い患者に対して、こんな理不尽なことがあってたまるか」と思った私は、心当たりのある州下院議員の事務所に電話して、「あなたの地域の患者の命がかかった一刻を争う緊急事態なので、政治的な力を使って永住権証明書を今すぐ発行してください」と強く訴えました。その結果、12時間後には移民局と議員の事務所から大学に連絡が入り、永住権の仮証明書が発行されました。

 患者の奥さんと息子さんは泣きながら喜んでくれましたが、一連の手続きに入院から7日もかかったため、残念ながら患者は受け入れ先となるはずだった大学まで行くことができず、亡くなってしまいました。

 このように、制度上の壁に阻まれて助かるはずの命が助からないというケースは、患者にとっても医療者にとっても悲劇的です。本来ならば正規のメディケイドを取得する資格があったにもかかわらず、永住権申請に時間がかかってしまい、妻と子を持つ若い患者が最善の医療を受けることはかないませんでした。できる限りの手を尽くしたつもりではありますが、何ともやりきれない結末です。

 今後もアメリカで医療を行っていくだろう私は、医師として、このような問題から目を背けてはいけないと切に感じます。経済合理性を追求する保険会社や医療システムにも妥当性はあるのだろうと思いますが、現場で患者の命を預かる医師としては、人道的な観点から問題点を指摘し、改善の道を模索することが必要なのです。

*注:「緊急メディケイド」は、無保険者にかかる緊急のコストを国が賄うシステムです。ERと緊急入院の場合で適用となります。病院が赤字にならないようにするためです。アメリカではEmergency Medical Treatment and Active Labor Act(EMTALA)という法律があり、ERで患者の受け入れを拒否することができません。「緊急メディケイド」がないと、無保険者が多い地域の病院の経営を大きく圧迫することになるので、このシステムが導入されたようです。なお、「緊急メディケイド」はERと入院時のみ適用できるので、正規のメディケイドに入れる人(永住権保持者またはアメリカ国民)以外は、退院後のケアができない場合が多くあります。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/49414623
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック