2011年07月11日

かぜの患者に「マンモは受けた?」 あれもこれもやる家庭医

萩原裕也
サウスダコタ大学家庭医療科アシスタント・プロフェッサー

 アメリカでの3年間の家庭医療研修を終えた2007年、日本へ帰国するという選択肢もありましたが、私(裕也)は家庭医の本場であるアメリカに残って修行を続けることにしました。幸いにも、同じように地域医療を志した研修プログラムの先輩がいて、勤務先を紹介してもらうことができ、サウスダコタ州のヴァイボーグ(Viborg)という小さな町で、へき地家庭医療に従事することになりました。

アメリカのど真ん中、サウスダコタへ
 アメリカ中北部にあるサウスダコタ州は、全米50州中第17位の面積です。しかし、人口は約81万人で、第46位(アメリカ商務省のデータ〔2009年推計値〕より)。日本の都道府県別人口に照らすと、約80万6000人の福井県に相当します(47都道府県中第43位:2010年国勢調査〔速報値〕より)。

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【サウスダコタ州はアメリカ中北部に位置します。筆者が住むヴァイボーグ(Viborg)は、主要2都市の1つであるスーフォールズ(Sioux Falls)から車で40分ほど南下したところです。】

 人口1000人当たりの医師数は2.1人で全米第37位。アメリカ全国平均の2.7人を下回ります(アメリカ国勢調査局のデータ〔2007年〕より)。その上、医師の大半は主要2都市のスーフォールズ(Sioux Falls)とラピッドシティ(Rapid City)に偏在するため、へき地での医師不足が深刻な問題となっています。多くの地域では、家庭医が中心となって何とか医療が成り立っているのが現状です。

 私の勤務するPioneer Memorial Hospitalは、スーフォールズから車で40分ほど南下した、人口約1000人の町ヴァイボーグにあります。スーフォールズから高速道路に乗って病院へたどり着くまで、信号機は1つもありません。あまりに田舎なので、最初は本当に驚きました。ヴァイボーグには、病院をはじめ、薬局、スーパーが各1軒。小・中・高等学校があり、小さな映画館までそろっているのが町の誇りです。周辺にはいくつも無医村があり、患者はそこからも集まってきます。

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【このような農道をひたすら走って、病院へ向かいます。】

 Pioneer Memorial Hospitalは、救急(ER)3床、入院12床、Nursing Home(老人ホーム)52床、Alzheimer's/Memory Unit(認知症病棟)8床の小さな病院です。外来診療は併設のクリニックで行っています。家庭医3人、内科医1人のグループ診療体制で、人口約7000〜8000人の地域をカバーしています。当直体制はというと、平日当直が月4回、金曜日から月曜日までの週末当直が月1回あります。当直日には救急も担当します。

 非常勤スタッフとして、外科、整形外科、循環器内科、産婦人科、泌尿器科の医師に、月1回診療していただいています。必要な場合は、スーフォールズにあるサウスダコタ大学病院の各科専門医を紹介して受診してもらうことになりますが、この地域では家庭医の存在が強く根付いているため、できる限り、私たち家庭医で管理してほしいと希望する患者がほとんどです。

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【当院併設クリニックのER入り口。】

皮膚生検から妊婦健診まで様々な患者に対応―外来診療の様子
 外来診療は家庭医の本分です。1人の患者に対する診療時間は約15分で、1日に10〜20人を診ています。成人では高血圧、糖尿病、高コレステロール血症、心不全、COPD、甲状腺機能低下症、慢性腎臓病、うつ病などを最も頻繁にフォローしています。予防医療にも力を入れており、USPSTF( U.S. Preventative Services Task Force:アメリカ政府の予防医学作業部会)などのガイドラインに沿ったスクリーニングを強く推奨しています。

 外来診療の少なくとも2割は予防に関するもので、かぜの患者にも「今年はもう、マンモグラム受けた?」などと積極的に話しかけるようにしています。

 診療はすべて予約制ですが、実際のところ、外来患者の3分の1程度は当日受付の急患です。かぜ症候群から腰痛、膀胱炎、胸痛、軽度外傷など、様々な患者がやって来ます。初めて診る患者では、なるべく時間をかけて問診やカルテレビューなどを行うことにしていて、20以上の既往歴が見付かることもよくあります。住民同士のつながりが密な地域なので、地元出身の看護師からも患者の社会歴について十分すぎるほどの情報を得られるのが面白いところです。

 ほかに、以下のような様々な診療も、家庭医の外来で行っています。

・皮膚科:基底細胞癌などの生検(パンチ生検、摘出生検、薄片生検)、掻爬および電気焼灼法による治療や摘出術、いぼや日光角化症の凍結療法、陥入爪手術、切開排膿術、創傷処理など
・整形外科:骨折のシーネ・ギプス固定、関節内注射など・眼科:角膜の異物除去など
・産婦人科:妊婦検診、子宮頸癌・乳癌検診、子宮体部癌細胞診、経口避妊薬処方
・小児科:乳幼児検診、急性疾患(かぜ症候群・中耳炎・喘息・胃腸炎など)の処置、注意欠陥/多動性障害(AD/HD)の診断・治療

術前評価は家庭医が担当―入院診療の様子
 通常の日は、外来診療の前に病棟の入院患者の回診から仕事を始めます。時期によっては、入院患者が誰もいなかったり、逆に満床だったりすることもあるのですが、平均的には日に1〜3人の入院患者を診ています。

 肺炎、COPD、心不全など、私たち家庭医の診療のみで大丈夫と判断した患者は、当院で入院加療とします。心臓カテーテルなど、専門医の診療が必要な場合は、スーフォールズの大学病院へ転院です。また、大学病院で手術を行った患者の術後管理なども当院で行っています。原則としては、術後最初の3日間は大学病院で継続入院となり、その後も入院とリハビリテーションを必要とする場合は当院へ転院となります。当院の外科医は現在、ヘルニアや胆石症などの日帰り手術のみを行っており、preoperative evaluation(術前評価)は、外科からのコンサルトとして私たち家庭医が担当しています。

 小児の入院診療も積極的に行っています。主に小児の肺炎、尿路感染症、胃腸炎、喘息などは、他院へ搬送することなく私たち家庭医が治療しています。また、Nursing Homeの回診日が月に2日あり、自分の担当する患者を訪問診療しています。

医師全員が外傷に対応―救急診療(ER)の様子
 当院はERを備えており、救急患者を24時間受け入れています。1日に受け入れる救急車は1〜2台と少ないものの、医師は全員がATLS(advanced trauma life support:外傷初期診療の教育プログラム)を受講しています。看護婦などのスタッフもアメリカ外科医師会の主催するRural Trauma Team Development Course(へき地用外傷診療プログラム)を受講していて、田舎のERとしては外傷患者の診療にも万全の体制で臨んでいるつもりです。

 緊急手術やICU治療などを必要とする患者は、スーフォールズの大学病院からヘリコプターを呼んで搬送します(月に1〜2回程度)。実際に先日、胸痛を訴えてER受診した患者について、来院20分以内に心電図検査と血液検査を施行してacute coronary syndrome(急性冠症候群)の診断を下し、ヘリコプターでの緊急搬送を行いました。

 小児の入院診療も積極的に行っています。主に小児の肺炎、尿路感染症、胃腸炎、喘息などは、他院へ搬送することなく私たち家庭医が治療しています。また、Nursing Homeの回診日が月に2日あり、自分の担当する患者を訪問診療しています。

 大学病院の循環器内科医に即座に連絡を取って心臓カテーテル室で待機してもらい、町から大学病院まで約70km離れているにもかかわらず、当院ER受診後90分でカテーテル治療を開始できたのです。

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【救急患者を乗せて、大学病院へ向けて当院駐車場から飛び立つヘリコプター。】

 また、骨折など農作業関連の外傷患者のER受診も多く、ギプス固定だけで十分な場合は外来で継続してフォローしていけることも家庭医としての醍醐味の一つです。

信頼を築くのに必死だった
 家庭医としての勤務の初年度で特に大切なのは、患者や病院からの信頼を得ることです。この点を疎かにすると、成績不振を理由に解雇となる場合もあります。また、白人率が約89%の当地域では、少なからず外国人に対する差別や偏見が存在します。

 ただ、その差別や偏見については、15年の診療実績を通じて地元の人たちから大きな信頼を得ている、パキスタン出身の同僚Dr.Shahのおかげで、だいぶマシになったと聞いています。彼が診療を開始した当初は、人種が異なるということで診療拒否する人もいたそうです。また、9・11同時多発テロの際は、イスラム教徒である彼は身の危険を感じて町を去ろうとしたそうですが、病院長から「何とか残ってほしい」と説得されて踏みとどまったと聞きます。

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【左から筆者、日本から研修に来た医学生、Dr.Shah。】

 私の場合は、患者や病院の信頼を得るために、特に丁寧かつ細やかな診察を心がけました。これはあまりアメリカ人医師の得意ではないところだと考えたからです。また、外来で成功するには、地域の文化を積極的に理解する努力が必要だと思いますし、それなりの話術も求められます。ヴァイボーグの住民の多くは農業に従事していますが、最近では患者との雑談もだいぶ増え、農作物の話などもできるようになりました。時間はかかるかもしれませんが、きちんとした診療を継続できれば、医師の人種に関係なく患者は受診してくるという実感を得られました。

 また、ホスピス、緩和医療を通して終末期医療にかかわる中で、患者のみならずご家族の方々とも強い絆を築くことができ、いつの間にか、ご家族全員の主治医になっていたということもしばしばあります。研修中に新生児を取り上げた際にも、同じようなことを経験しました。お産の立ち会いと終末期患者の看取りは、地域の患者からの信頼を得るという意味でも、家庭医にとって大事な仕事だと思っています。

 私は、レジデンシーの3年間をかけて学び、実践してきた家庭医療の世界で「さらに一歩踏み込みたい」という思いから、アメリカのへき地で家庭医療を実践しています。地域に密着して、外来だけでなく救急、病棟さらには老人ホームでも診療することで、地域住民の包括的・継続的なケアができていると思います。
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