2011年08月26日

肥満児が闊歩するベトナムの小児科

寺川瑠奈
ファミリー・メディカル・プラクティス・ホーチミン小児科医

 はじめまして。ベトナムのファミリー・メディカル・プラクティス・ホーチミンで小児科医をしている寺川瑠奈と申します。

 日本で今も震災の影響下で辛い思いをされている方々、被災地のために直接・間接にできることを頑張っている方々に、心から応援の気持ちをお送りします。こちらベトナムでもチャリティーバザーなどが開かれています。被災地を思うすべての人たち(もちろん日本人に限りません)の気持ちがベトナム赤十字を通して届けられていることと思います。

 前回までに夫の偉温がお伝えしたように、私たちがサイゴン(ホーチミン)へ来て2年と少しが経ちました。ここへやって来た当初は、当時1歳8カ月だった子どもの生活環境を落ち着かせることを最優先に考えましたので、私は仕事をしていませんでした。また、仕事を再開してすぐに次の妊娠が分かって産休・育休を挟んだこともあり、私自身がこちらで仕事をした期間はまだ1年と少しになります。

 働き始めの頃は、慣れない英語での診察に緊張して、ただでさえ大して上手くない英語がさらにぎこちなくなり、そんな私を不審そうな目で見る欧米人のお母さんの視線を受けて、ますますしどろもどろに…。こんなことを繰り返す、トホホな仕事ぶりでした。「患者さんが何を言ったか聞き取れなかったけれど、大笑いしているので、どうやらジョークを言ったらしい。とりあえず、笑っておこう」なんてことも。

 日本人の患者さんが来ると「ああ、言葉が通じるって、なんて楽なんだ!」と、ほっとしたものです(今でも変わりませんが)。最近では、「何とか以前より緊張せず、スムーズに診察できるようになってきたかな?」とは思っています。あくまで自己評価ですが…。

おしっこまみれで泣き叫ぶ巨大児、診察室は阿鼻叫喚
 さて、そんな私が日々の診療の中で、ベトナム人の子どもたちについて感じることがあります。それは「とにかく、巨大!」ということ。もしかすると、一般的なベトナムのイメージからすると、ちょっと意外に思われるかもしれませんね。私がクリニックで診察したり健康診断で診るような子どもたちの家庭が標準より裕福だという前提がまずあり、比較的裕福なベトナム人家庭では「とにかく太っていることはいいことだ」と固く信じられている節があるように思います。

 ベトナムの医療従事者の間では、子どもたちの肥満を危ぶむ声が数年前から出てきているようです。「子どもに過剰に食べさせるのが愛情だと、親が勘違いしている」とベトナム人医師がコメントしている記事を、どこかで読んだ記憶があります。ただ、診察している限りでは、肥満に起因する将来のリスクなどが広く知られているとは感じられません。また、診察室では納得したとしても、家に帰るとおばあさんや近所のおばさんたちの意見の方が強く、結局は元に戻ってしまうパターンが多いようにも感じています。

 驚くことに、2歳で体重20kg、4歳で30kgという子どもたちは、ざらにいるのです! おおざっぱなデータですが、2009年に行われたホーチミン市栄養センターの調査では、市内の2つの小学校児童2500人のうち、30%が肥満(BMI30%以上)だったということです。

 乳児健診をしていても、「赤ちゃんの体重が増えない」という不安を最も伝えてくるのはベトナム人のお母さんです。実際のところ、ほとんどの場合で十分な体重になっているのですが…。ベトナムの巨大な子どもたちは、体格こそ大きいのですが、とにかくプヨプヨと脂肪ばかりが付いていて、運動をあまりしたがらず走ったりもしない。そのせいか、歩き方がペタペタしている印象があります。

 診察の際、ベトナム人の親御さんは患児をしっかり押さえてくれることが少ないので、巨大な子どもが診察を嫌がって泣いて暴れたり、泣き過ぎておしっこを漏らしたりすると、もう大変。涙に鼻水、おしっこまみれで泣き叫ぶ巨大児、さらに大きな声であやそうとする親御さん(でも、押さえてはくれない)で、診察室は阿鼻叫喚の絵図となります。ちなみに、ベトナムでは紙おむつが高価であることと年中暑いせいか、1歳を過ぎるとおむつを外してしまうことが多いのです。

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【中央右の坊主頭の子どもは当院のベトナム人スタッフの子で、2歳半で体重が23kgあるそうです。隣に逃げ腰でいるのはわが子。3歳10カ月、15kgです。】

ステータスとしての肥満児、やせた孤児院の子ども…
 ベトナムで巨大な子どもたちが多いのは、これは私の考えですが、やはりこの国がまだ発展途上にあるということとも大きく関係していそうです。ここ10年ほどで、ベトナムの人々は急激に豊かさを享受できるようになり、「太っている」ことが一種のステータスのようになっているのです。これみよがしのゴテゴテしたゴールドのアクセサリーを身に着けるのと同じように…。

 また、4〜5歳頃まで粉ミルクを飲ませることが普通になっているのも要因の一つでしょう。ミルク以外の食事も、お粥のようなドロドロとしたものが多いようです。2歳児の食事が「お粥1日2回、ミルク1日4回」ということも多く、結果として子どもたちはプクプクと太っていく上に、噛む習慣を身に付けるのに非常に苦労することになります。背景にはこれまでの食糧事情もあってのことなのでしょうが。

 身長1mに届きそうなでっぷりとした2歳児が、のしのしと歩きながら哺乳瓶でミルクをラッパ飲みにしている姿には、いまだに違和感を覚えます。

 そんな子どもたちの将来の健康を守るため、ことあるごとにベトナム人のお母さんたちに食事指導をするのですが、率直な感想を言うと、これはもう至難の業です。同僚のイスラエル人小児科医も、「残念ながら、心から納得して子どもの食事に対する考え方を変えてくれたベトナム人のお母さんは、おそらく今まで一人もいなかった」とこぼしています。

 もちろん、ベトナム特有の事情もあってのことですので、それをただ否定して、こちらの考え方を一方的に押し付けても、うまくはいきません。難しいことですが、お母さんたちの心情も考えつつ、気長にやっていくしかないと思っています。

 肥満の子どもたちが増えている一方で、メディカルチェックのために孤児院からやって来る子どもたちの体は本当に小さいという現状もあります。食事はやはりお粥とミルクが主なのですが、量や内容の違いなのでしょうか。体重はとても軽く、表情も乏しく、言葉の発達は一様に遅れています。このような子どもたちを見ると、この国に現れてきている格差の大きさをひしひしと感じずにはいられません。

 ベトナムはいろいろな意味で刺激的です。今後も私が普段感じていることをお伝えしていこうと思っていますので、お付き合いいただけたら幸いです。
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