2011年08月31日

「この人は昇進すべき?」、周囲のスタッフが投票

佐竹典子
カリフォルニア大学デービス校Cancer Center
小児血液腫瘍科アシスタントプロフェッサー

 1997年、私はロサンゼルス小児病院へポスドクとして研究留学しました。その後、こちらで出会ったアメリカ人と結婚したため、USMLE(United States Medical Licensing Examination)を受けて臨床研修をやり直しました。オハイオ州のライト州立大学小児病院で2年間(fast track)のレジデントを経て、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で3年間、小児血液腫瘍科のフェローシップをしました。長かった研修をようやく終え、2007年よりカリフォルニア大学デービス校(UC Davis)の小児血液腫瘍科のアシスタント・プロフェッサーをしています。

UC Davisはサンフランシスコから北東へ140kmほど入ったところにあります。農学部と獣医学部が強いことで知られ、カリフォルニアワインの産地として有名なナパ郡の近くに位置していることもあって、全米でも珍しいワイン学科もあります。

physician-scientist を生み出すサポート
 UC Davisへ来てもうすぐ4年になりますが、私はphysician-scientistを目指して研究を進めています。physician-scientistとは、グラント(研究費)を獲って自立して研究をする医師のことです。基礎でもトランスレーショナルでも臨床でも、研究内容は問いません。ただし、独立した研究者になるためには、相当の時間を研究に当てる必要があります。

 アメリカでは、physician-scientistを育てるためのサポートシステムが用意されています。例えば、“Career Development Award”は若手の研究者(MD〔doctor of medicine〕やPhD)が対象の3〜5年間の研究費(funding)で、国立衛生研究所(NIH)や、Howard Hughesなどの個人財団が資金を提供しています。若手の研究者に対して存分に研究に取り組む機会を与え、独立した研究者(医師の場合はphysician-scientist)に成長させることを目的にしています。私もCareer Development Award獲得のために、あちこちに申請を出しています。

 Career Development Awardの特徴は、研究費だけでなく給与までサポートしてくれることです。その代わり、就業時間の75〜80%を研究に当てるように約束させられます。したがって、大学のサポートが欠かせません。

 アカデミックな大学や、うちくらいの規模の大学でも内科など大きな科であれば、お金やマンパワーがあり、physician-scientistを目指す医師を臨床から外して研究に専念させる余裕があります。ところが、私の所属する小児科のように小さくて赤字の部門では、そういったことは容易ではありません。にもかかわらず私は、研究上のボスと医学部長の多大なサポートにより特例で臨床から外してもらい、90%の時間を研究に費やすことができる環境を整えていただくことができました。以下、ここに至るまでの経緯の前に、背景としてUS Davisの人事システムをまず簡単に説明します。

UC Davisのユニークな勤務形態―臨床?研究?それとも両方?
 まず、UC Davisの勤務医の雇用体系は大まかに3種類に分けられます(表)。なお、UC Davisのシステムは非常にユニークなもので、他の大学には当てはまらないことをお断りしておきます。

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【表 UC Davisの勤務医の雇用体系】

 フェローシップを終えた時点で雇われる場合は、ほとんどが表中のAかBの立場となります。研究を続けたい人はBの立場を選びます。私もその一人です。ところが、現在カリフォルニア州は巨額の財政赤字に陥っているため、去年1年間は私たちの給与も減らされ、研究を続けたい医師もなかなか受け入れてくれません。うちの小児科では最近、Bの立場の医師の臨床と研究の比率が8対2に変更されました。「研究よりも臨床で収入を増やせ」という方針です。

 臨床科では、臨床による収入に頼るところが当然に大きいのですが、うちの小児科の場合、平均収入が実際に保険請求した額の約4割になってしまうというから、びっくりです(ここでは詳細を省きますが、一言で言えば、医療保険制度を含むアメリカの社会制度の矛盾からです)。これでは赤字になるのも無理はありません。ちなみに、「約4割」という比率はうちの小児科に限ったことではなく、全国平均だそうです。

学生、レジデントからの評価も昇進に影響
 次に、昇進制度を説明します。Aの場合は、とにかく臨床に励んで病院に利益をもたらしていれば昇進できます。Bの場合は、論文を書かなければ昇進できません。ただし、2〜3割しか割けない研究時間でできることは限られていますから、ケースリポートでよいことになっています。この3年で私は1本の総説と4本のケースリポートを発表しました。

 Cの場合は最もリスキーで、研究論文を書いて自分の給与をカバーする研究費を獲り続けなければ、昇進はおろか、給与がゼロになる可能性があります。実際に、Cの立場ではやっていけなくなり、Bに変更した人がいます。現在のような財政難の事態にあっては、そのように立場を変えたくともポジションがない場合は、解雇ということになるのだと思います。

 ちなみに、UC Davisではありませんが、研究費がなくなったために解雇された人を私は今までに2人知っています。そのうちの1人は、あちこちで働き口を探した結果、今は別の州の大学でラボを再開して研究を続けることができています。解雇寸前の人たちも何人か見てきましたが、寄付に頼ったり借金をしたりして乗り切っていたようです。アメリカでは桁違いのお金持ちがいるため、寄付が大きな力になります。

 UC Davis では2〜3年に1度、昇進のチャンス(merit increase)があります。そのときには、審査対象者の履歴書、推薦状、personal statementをファイルしたものが科のスタッフ医師全員に配られ、対象者が昇進すべきかどうかについて投票が行われ、評議委員会にかけられます。

 履歴書には、臨床・研究・教育にどれくらい時間を割いたかということや、医学部の学生とレジデントからの評価が含まれています。臨床や教育の当番のたびに、その人の臨床能力や教育能力に対して5段階の評価がなされ、その総合得点に加えて評価者のコメントも添えられます(評価は無記名です)。例えば、「患者のことをよく考えている」「仕事が速い」「こまめに指導してくれる」といったことです。私は今ちょうど、ここへ来て2度目の昇進過程の最中にいて、personal statementを書いているところです。

 スタッフの職位は、大きく分けて3種類(アシスタント・プロフェッサー、アソシエイト・プロフェッサー、プロフェッサー)ですが、それぞれの中で細かく段階が分かれており、給与も異なります。例えば、アシスタント・プロフェッサーは7段階に分かれており、私は現在、その第3段階から第4段階へステップアップしようとしています。

 何か特別な成果を挙げれば、飛び級もできます。論文をたくさん書いた、学生の教育に多大な労力を注いだ、社会に顕著な貢献があった―といったことです。私の1年前にアシスタント・プロフェッサーとして小児科に雇われた人は、どんどん飛び級して、2年くらいでアソシエイト・プロフェッサーにまで昇進しましたが、研究する時間を思うようにもらえないということで、違う大学へ移ってしまいました。

 一度、彼に飛び級の秘訣を聞いたところ、「学生の教育係になって、かなりの時間を割いたことが評価された」と語っていました。その一方で、彼は年に3本くらいずつ、臨床研究の論文をfirst authorとして発表もしていました。

 なお、テニュア(終身雇用資格)はアソシエイト・プロフェッサー以上の者に与えられます。これがあると給与は保証され、よほどのことがない限り解雇されることはありません。

ありがとう! my boss
 私もBの立場として、この3年の間、研究を進めてきました。研究に割ける時間は限られていますから(2〜3割)、朝早くから夜遅くまでオンコールのときも実験を続け、グラントに応募しまくりました。その結果が少しずつ実を結び始め、いくつかのグラントを獲ることができました。そうしたこともあって、私のボスが「今、彼女に最も必要なのは、もっと研究する時間を取れるようにすることだ」と医学部長にかけ合ってくれました。

 また、ボスと医学部長が「彼女の給与の一部をサポートするので、臨床から少し外すように」と小児科の主任に交渉してくれました。そのおかげで、今年の1月からは90%の時間を研究に当てることができるようになりました。その代わり、自分でグラントを獲って給与をカバーしていくことが必要になりました。

 physician-scientistとして自立するためには、かなりの力を研究に注ぐ覚悟が必要です。なにしろ、研究を専門にしているPhDと競争するのですから大変です。メンターをはじめ、周りのサポートが欠かせません。優れた共同研究者を見付けることも大切です。私も初めてリサーチアシスタントを雇いました。

 限られた予算に応じた実験計画を立てることも常に考えていかなければなりません。ポスドクの頃のように、ただ実験をしていればいいというわけにはいかないのです。大きな目標に向かって、毎日いろいろなことを学びながら突き進んでいます。wish me luck!
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