2011年10月11日

「2枚舌」を探せ!

内野三菜子
トロント大学プリンセスマーガレット病院放射線腫瘍科

 カナダは移民の国です。アメリカの移民が「アメリカナイズ」されることに重きを置くように見えるのと比べて、カナダの移民は皆それぞれ自らの文化を守りながら一つのカナダの文化を織りなしていると言えます。“Greater Toronto Area”と呼ばれる、日本で言うなら東京を中心とした「首都圏」に相当するようなエリア(カナダの首都はオタワですから、正確には「首都圏」ではありません)に住む人の約半数は、自宅では英語以外の言語をしゃべっているとされています。

 一つひとつの楓の色の赤味・黄色味は違っても全体として素晴らしい錦秋のカーペットを織りなしているとも言える、カナダらしい事情ではあるのですが、こと医療サービスでこの多様性に対応するとなると、なかなか大変です。職を得て移民してくる世代の親の世代には、母国語しかしゃべれないか、英語がしゃべれてもわずかという人が少なくありません。日常生活もそれぞれの移民コミュニティーの中で英語なしに完結することができてしまうので、高齢の彼ら彼女たちがひとたび癌になり、専門病院である私たちの外来に来ると、当然コミュニケーションの問題が出てきます。

中には3カ国語を操る医師も
 コミュニケーションの問題を解決するための選択肢はいくつかあります。例えば、トロント大学プリンセスマーガレット病院の所属するUniversity Health Network のウェブサイトでは、スタッフドクターの紹介ページに対応可能言語が表記してあります。これは英仏2カ国語が公用語であるカナダらしいとも言えます。医学部教育でもケベック州ではフランス語で教育する大学と英語で教育する大学があり、小中高でフランス語の学校に通う人もいますので、両方を不自由なくしゃべれる人が少なからずいます。

 実際問題、カナダ人口の全体の2割はフランス語が第1言語で、そのうちの2割は英語がしゃべれないとも言われていますので、フランス語しかしゃべれないという医師も理論上は存在し得ます。もっとも、普段は英語で診療しているトロントの病院ですので、ざっと見た限りでは「フランス語のみ」という医師はいませんでしたが…。

 そのほかに、“Hindi”“Punjabi”“Mandarin”“Cantonese”“Farsi”“Arabic”などの言語が併記されている医師も結構います。こうすることで、患者側にとっては、受診の必要な分野に複数の専門医がいる場合は、対応可能言語を参考にして選び、家庭医からの紹介状を出してもらうということも可能になるわけです。

 コミュニケーションを取るためのもう一つの手段は、英語のしゃべれる家族が付き添うことです。患者本人にしてみれば気心も知れているし、安心ではありますが、付き添うご家族の仕事のシフトの関係で、始業前や夕方遅くに診察を求められることもたまにあります。ただ、日本で時折見かけるように、「こっちは忙しい中わざわざ来るんだ、病院なら24時間対応できるべきだろう」という態度を前面に出して、土日祝日や夜間遅くの病状説明を当然のように要求するご家族はいません。もっとも、こちらでは家族のことで休むとなった場合の職場の理解は日本に比べて格段に得やすいので、そこは日本の患者・家族だけが責められるべき問題ではありませんが。

ボランティアの医療通訳サービスに電話、それでも駄目なら…
 ご家族が付き添えない場合、次の選択肢は通訳サービスです。トロント大学プリンセスマーガレット病院の所属するUniversity Health Networkでは、予約すれば医療通訳のボランティアを利用できます。通訳者が付き添ってくれるサービスが約50カ国語、電話越しのサービスが約150カ国語とのことです。電話のサービスは、外来に置いてある円盤のような通信機(冒頭写真)を使って行います。サービスにダイヤルし、希望の言語を選び、通訳者がスタンバイしたところで、小さい黒い円盤に向かって患者と医師とがそれぞれしゃべるという、ちょっと不思議な光景です。

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【医療通訳サービスを受けるための通信機。キャスターが付いていて、移動できるようになっています。】

 電話のサービスの場合の問題点は、必ずしも、通訳者がすぐ見つかるとは限らないことです。おそらくボランティアのリストがあって手伝ってくれる人を探しているのでしょうが、これがなかなか見つからないことがあり、この間も30分待ってロシア語の通訳者がようやく見つかったということがありました。

 こういうときの最終手段は、ずばり「スタッフで誰かしゃべれる人!」と「臨時ボランティア」を募ること。韓国語や日本語の場合は患者側が通訳をあらかじめ手配してきているので(几帳面な人が多いからでしょう)、しゃべれないという人がいきなり来て…ということはまずありませんが、他の言語だとそういうことが時々あります。

 北京語や広東語、スペイン語だと、たいてい1人や2人はナースやフェローの中でしゃべれる人がいますので、さほど困りません。それでも、私の場合はアジア人の外見から、ご年配の中国人の患者に「あなたは中国語はしゃべれないの?」と、ものすごく悲しい顔をされることがあったりしますが、漢字の筆談で対応できる部分は対応して時間を稼ぎながらスタッフを探せば、たいていの場合はしのげます。

 これがイタリア語やペルシャ語、ロシア語だったりするともう少し大変で、「誰かいない?」「確か彼(彼女)がしゃべれる!」などと、“2枚舌”(以上)のスタッフを求めて、要らぬページャー(日本で言うポケベル)の呼び出しが増えるわけです。「呼ばれた人もかわいそうだよなぁ」と思いつつ、私もこの間、ロシア語しかしゃべれない患者のときに、通訳サービスのボランティアが30分たってもつかまらず、前に自分のチームに付いていたウクライナ人のレジデントがしゃべれたのを思い出し、お願いのページャーを鳴らしました。

 よくあることですが、助っ人が外来に来てくれると同時に通訳サービスが確保できるという次第で、結局そのときもレジデントの出番はなかったのですが、それでも2、3カ月に1度はこういう場面に遭遇します。今のところ幸いにして、私に日本語通訳の要請がかかったことはありません。

 漢字の筆談程度でものすごく喜んでもらえる場面にしばしば遭遇すると、「込み入った話は家族か医療通訳に頼むにしても、ある程度の会話は直接できたらいいな」と思うことはしょっちゅうです。本屋や空港でロゼッタストーン(語学トレーニングソフト)の販促カウンターを見かけると、つい何となく目が行ってしまいます。

 一方で、トロント在住が30年超という日本人の方からは、「日本の医者は威張っていて話しにくい。英語はストレートに話ができて質問しやすいから、日本語での診療は受けたくない」という話も聞かされます。その方が日本を後にした30年前には確かにそういう医療だったかもしれません。しかし、英語圏の同僚医師の仕事ぶりを見ていると、決して分かりやすいとも、聞き手の理解度を確認しながらしゃべっているとも、共感に満ちあふれているとも思えません。それに比べて、今の日本で日々心身を砕いて懇切丁寧に病状説明をしている同僚の仕事ぶりを思うと、やり切れない気持ちでいっぱいになります。

 時に伝え足りないこと、時におもんぱかり過ぎること―。日本の言語と文化が及ぼす影を完全にぬぐい去ることは難しいでしょうが、医療者側と患者側の双方が上手なコミュニケーションの距離を探ることの大切さは、国や言語を問わないのではないかと思います。

 私はいつの日か、タモリの「4カ国語麻雀」のように、自在に諸言語を操りながら外来診療をする日が来るのでしょうか? まずはレストランでメニューを読むところから、外国語に親しむことにしたいと思います。やはり「舌」から鍛えなくてはいけませんからね。
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