2011年10月14日

働き続けるために、都会の中の“医療過疎地”へ

―アメリカJ-1ビザの知られざる側面

岡野龍介
インディアナ大学病院麻酔科アシスタント・プロフェッサー

 今回は、アメリカへの臨床留学に際して、ほとんどの外国人医師に必要となる「J-1ビザ」(交流訪問者、研究員等向け査証)について、あまり知られていない側面を解説しようと思います。

J-1ビザで2つのレジデンシーは不可
 アメリカのレジデンシープログラムに外国人医師が採用される場合、通常はECFMG (Educational Commission for Foreign Medical Graduates)がスポンサー(就労保証人)となってJ-1ビザが発行されます。このビザにより最長7年間の臨床留学が許可されます。

 最長7年間と言っても、例えば内科3年、次に麻酔科3年、計6年の2つのレジデンシーを1つのJ-1ビザで一気に済ませることは、ECFMGの規定により許可されていません。これは「志望する専門科の変更」とみなされ、最初のレジデンシー(この例では内科)の3年目が始まる前までに、これを辞職した後、次のレジデンシー(この例では麻酔科)を開始する必要があります。

 「志望する専門科の変更」に関するECFMGの規定は、ベテランのプログラムディレクターでも往々にして知らない場合があります。せっかく志を高く持って2つのレジデンシーにマッチできても、この規定のために必ずどちらかを辞退しなければならない事態になるので、注意が必要です。ちなみに、「志望する専門科の変更」は、1つのJ-1ビザについて1度しか認められていません。

「2年ルール」免除に使われるConrad State 30 Program
 さて、J-1ビザには“Exchange Visitor Two-Year Home-Country Physical Presence Requirement”、いわゆる「2年ルール」というものがあり、レジデンシー修了後に自国に2年間戻った後でなければ、就労ビザの変更や新規発行はできないという建て前になっています。この規定は、レジデンシーやフェローシップ修了後もアメリカでの臨床活動を継続することを希望する人たちの頭痛の種になっているのですが、実は、「2年ルール」適用の免除を受けてアメリカにとどまる方法があります。

 アメリカ国務省のウェブサイトに行くと、J-1ビザの「2年ルール」免除規定の説明があります。免除の方法には次の5種類があり、このうちECFMGがスポンサーとなったJ-1ビザを持つ外国人医師にも適用されるのは、(2)から(5)です。

(1)No objection statement
(2)Request by an Interested U.S. Federal Government Agency
(3)Persecution
(4)Exceptional Hardship
(5)Request by a designated State Public Health Department(Conrad State 30 Program)

 (1)No objection statementは、外国人医師の出身国の在米大使館に「J-1ビザを保有する当国民がアメリカ内にさらに滞留し続けても異議申し立てをしない」旨の手紙を書いてもらい、ビザの変更を申請するというものです。しかし、ECFMGがスポンサーとなって発行されたJ-1ビザを持つ外国人医師は、1977年から、この方法を使うことができなくなっています。

 (2)Request by an Interested U.S. Federal Government Agencyは、アパラチア山脈にかかる13州の400郡またはミシシッピ川流域にかかる8州の240郡で、医師不足の連邦政府機関(退役軍人病院など)が外国人医師を雇用するために申請するものです。

 (3)Persecutionは、外国人医師が帰国すれば、人種、宗教、政治観のために母国で迫害を受けるおそれがある場合の方法です。日本人でこれに当てはまる人はまずいないでしょう。

 (4)Exceptional Hardshipは、外国人医師が帰国した場合に、アメリカ市民権や永住権を持っている家族や子どもと離ればなれになってしまう場合に適用されます。

 外国人医師が最も多く利用しているのが、(5)の“Conrad State 30 Program”です。このプログラムは、医療過疎地での医師不足解消を目的として、1994年にケント・コンラッド上院議員の議員立法によって始まったものです。各州で毎年30人を上限として、連邦政府の指定する医療過疎地で働く外国人医師を採用できるよう、J-1ビザの「2年ルール」を免除するというものです。

 詳細な規定は州によって異なりますが、基本的には「常勤医師として週40時間、3年間以上医療過疎地で勤務する雇用契約」「State Director of Health(州厚生局長)によって書かれた、当該外国人医師の必要性をサポートする手紙」「免除を得てから90日以内に着任できること」などが条件となります。

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【インディアナ大学麻酔科スタッフのDr. Sam Yeap。中国系マレーシア人で、レジデンシー修了後にJ-1ビザwaiver(「2年ルール」の免除)を利用して2008年に就職しました。明るいおしゃべり好きの性格で、スタッフの間でも人気者です。】

医療過疎地は「地の果て」にあるのか?
 アメリカでのへき地医療に貢献したいと考えている医師にとっては、へき地は刺激的で、やりがいのある勤務先です。しかし、へき地での勤務を「できれば避けたい」と考えている大多数の医師にとっては、医療過疎地での勤務は「砂漠の真ん中」や「山の中」「地の果て」に赴任することになる、辛い選択となるのではないでしょうか?

 実は、「医療過疎地勤務」とは、「医師をリクルートするのに困難な地域の患者を診療する」ということを意味しているだけで、必ずしも地理的条件を指しているわけではありません。インディアナ州の州都で、アメリカで12番目の大都市であるインディアナポリスのど真ん中にあるインディアナ大学病院は、実は医療過疎地の中に位置しています。患者層や医療経済的な要因により、患者数に対して医師の数が不足している地域は、すべて医療過疎地とみなされます。連邦政府が指定する医療過疎地には2つのカテゴリーがあり、それぞれ次のように定義されています。

(1)health professional shortage areas (HPSA):プライマリケア医、歯科医、精神科医の不足が、地理的、患者層的(低所得層)、施設的(総合医療機関および連邦政府の指定する医療機関やその他の公的施設)に認められる地域

(2)medically underserved areas/populations(MUA/P):プライマリケア医が不足し、乳幼児死亡率が高く、貧困層もしくは高齢の患者が多い地域

 Conrad State 30 Programは、もともとプライマリケア医の充足を目的として始まりましたが、2004年からは各州独自の判断で、その他の専門科の医師にも適用を拡大できるようになりました。プライマリケア医(家庭医学、一般内科、産婦人科、小児科、精神科)はHPSAに、その他の専門医(消化器内科、内分泌、腎臓内科、麻酔科、ペインなど)はMUA/Pに赴任することができます。

あの有名病院も医療過疎地に
 アメリカ保健福祉省(Health Resources and Services Administrations;HRSA)のウェブサイトでは、具体的にどの地域が医療過疎地に該当するのかを検索することができます。有名な病院の住所をいくつか入力した結果をまとめてみました(下表)。

 世界的に有名で、医師の誰もが働いてみたいと思うような、大都会の大病院でも、いくつもが医療過疎地に該当していることが分かります。大都市であればこそ、ダウンタウンには貧困層の患者があふれているからです。興味深いことに、同じ大学系列の大病院で同じ市内に位置しながら、University of Washington Medical Center とHarborview Medical Centerのように、所在地が数km離れているだけで医療過疎地かどうかの判定が異なる例もあります。

 さて、めでたく都市部の医療過疎地に就職して「2年ルール」を回避したとして、家族や子どもと暮らしていくのに適した環境に住めるのでしょうか? 都市部で医療過疎地ということは、貧困層の患者が多く、街も危険で荒んでいるのではないでしょうか?

 現実的には、アメリカの大病院の医師や経営陣とその家族が貧しい地区に住むはずもなく、通勤圏内には必ず、良い学校のある、安全で閑静な住宅地があります。つまり、住環境の良好な地区に住みつつ、医療過疎地の病院に通勤することは充分に可能なのです。

 アメリカに臨床留学してレジデントをするだけではなく、その後も就職して働き続けてみたいと考えている方はたくさんいると思います。J-1ビザの「2年ルール」があるからといって、アメリカで活躍する夢を最初からあきらめる必要はないのです。

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【表 「医療過疎地」にあるアメリカの有名病院(該当する医療過疎地のカテゴリーに○をつけた)】
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