2011年10月21日

医師の解雇も左右する患者満足度調査

日比野誠恵
ミネソタ大学ミネソタ大学病院救急医学部准教授

 われわれアメリカの医療関係者は、石油会社の重役の方々のように莫大なボーナスはいただけませんが、様々な条件付きでささやかなボーナスをもらえる可能性があります。営利企業のように利益に直接貢献したかどうかではなく、より良質の医療を提供していることを示せば「より良質の」ボーナスにつながるようにできています。

 より良質な医療が提供できているかどうかは、どのように評価できるでしょうか? 例えば、われわれ救急医に対する評価項目は、救急部内の会議の出席回数、X線撮影による診断名(後で放射線科医と食い違いがあったときにすぐ対応できるか)、病院内の各委員会への関与、教育講演、タイムリーな電子カルテの記載、そしてCenters for Medicare and Medicaid Services(CMS)が提唱した「肺炎診断から抗菌薬投与までの時間」や「ST上昇心筋梗塞におけるドアからバルーンまでの時間」(どれだけ早くカテーテル室まで運べるか)などが挙げられます。そして、プレスゲイニー(Press Ganey)という民間の会社による患者満足度調査も一つの指標となっています。

 患者満足度調査については、アメリカの救急医学界で様々な意見が交わされています。日本でも患者満足度調査が行われているということですので、今回はこの辺りについて書いてみたいと思います。

6割の医師が「満足度を上げるために、より多くの検査」
 プレスゲイニー社は約25年前(1986年)に設立され、アメリカの病院における患者満足度調査などで約50%のシェアを有しており、この分野ではリーダーといえる企業です。1979年、ノートルダム大学(インディアナ州)の研究者だったプレス先生が患者満足度と医療訴訟提起の間の負の相関を示したことに始まり(理由はどうあれ、提供された医療に満足している患者ほど医療訴訟を起こす可能性が低い)、統計学者のゲイニー先生と協力することでより具体的な調査方法へと発展してきました[1]。

 今では、患者満足度は医療の品質と正の相関関係にあると理解されています。さらに、近い将来には患者満足度調査の結果を診療報酬の支払いにリンクさせることも示唆されており、病院経営サイドからも大きな注目を集めています。

 しかしながら、「より良質の医療を提供することがわれわれの仕事であって、患者にゴマをするのが仕事ではない」という臨床医たちからの反論もありました(今はあまり表立っての批判は少なくなりましたが)。患者満足度を上げるために、必要のない抗菌薬を使って耐性菌の蔓延を招いたり、必要のないCT検査を行って長期的な悪性腫瘍のリスクを上げたり、さらにはドラッグシーカーにモルヒネ系鎮痛薬を出しまくったり(そうすると、うわさが巡りめぐって同類が大量に押し寄せます)、救急部でのLength of Stay(LOS)が長時間になるような事例も可能性としてよく指摘されます。

 とはいえ、患者満足度調査は既に医師の査定に使われているのが現状です。私が参加しているメーリングリスト上では、調査の点数が低かったために解雇の可能性を示唆された救急部部長の話題が取り上げられていました。また、“Emergency Physicians Monthly”のアンケート調査によると、16%以上の救急医が得点の低さから解雇の不安を抱えており、27%が点数と給与に何らかのリンクがあるシステムで働いていると回答していました。このアンケートでは、59%の救急医が「満足度調査の得点を上げるために、より多くの検査をした」と回答しており、医療費高騰につながる可能性も示唆されました[2]。

 医師の査定にどう影響するかは施設によって様々なようで、アンケート調査などでも特に明示はされていません。ちなみに、我が施設では目標値が毎年設定され、達成するとボーナスに反映されます。また、某施設某部門では患者満足度の数値が悪く、部長が経営側から退任をほのめかされたという噂も聞いています。

 われわれ救急医は、「長時間のLOSはプレスゲイニー調査の得点にマイナスの影響を与える大きなファクターとなりうるが、その一方で、医師が適切な時間をかけて病歴を取ることでかなり得点を上げることができる」と指導されています。

20120731_hibino.jpg
【我が救急部の掲示板には、患者満足度を示すプレスゲイニーの調査結果が所狭しと張り出されています。】

調査のサンプリングは適切? バックグラウンドの影響は?
 各病院では患者満足度調査の結果が毎月報告され、病院経営陣や各科主任などは一喜一憂することになるのですが、いくつかの限界も指摘されています。例えば、プレスゲイニー社は、調査結果の信頼性を担保するには「少なくとも30のサンプルがあることが理想」と言明していますが、30に届かなくても報告は行われます。また、この手の調査の常として、「非常に満足した患者」と「非常に不満足な患者」がアンケートに回答するというバイアスが見られるため、サンプリングがランダムでないという指摘もあります。

 救急部では、クリティカルな患者が運び込まれると迅速に最適な治療を開始しますが、そういった患者はほとんどが入院患者となるので、救急部の満足度調査の対象とはなりません。逆に、あまりに待ち時間が長いなどの理由で、診療を受ける前に歩いて救急部を去る患者も対象外です。つまり、状態の悪い患者にいくら良い治療を施しても救急部に対する満足度は上がらないし、待ち時間が長いからといって必ずしも低い得点にはならないかもしれません。

 また、社会的弱者の患者が多い都市部の病院の救急部や、様々な慢性疾患を合併する患者(入院率が高く、待ち時間が長い傾向にある)の多い大学病院では、高得点が望めないことは容易に想像ができます。

 なお、調査の対象になった患者は、90日を過ぎるまで再び対象とすることができません。頻回受診患者をサンプリング対象から外すためのようです。

より良い医師・患者関係の模索は続く
 こうした状況の渦中にある者として、「それでは日本はどうなっているのだろう?」と思い、インターネット検索で調べてみましたが、情報はせいぜい2000年代中頃までのもので、最近の事情を把握することはできませんでした。私が医学生だった頃のように「威張るお医者様」の時代から、「患者中心を目指す医療」を経て、「患者様」や「モンスター・ペイシェント」という言葉が医師・患者関係を象徴する時代に入ったことと関係があるのかもしれません。折しも、神戸大学の岩田健太郎先生が『「患者様」が医療を壊す』[3]という洞察に満ちた本を書かれるなど、「時代の振り子がやや戻ってきたのかな」という気もしています。

 患者満足度調査の目標は「より良質な医療の達成」のはずですが、何事も行き過ぎると様々な弊害が起こってきそうです。医師が患者に対して威張ったり怒鳴ったりする時代は、アメリカでも日本でも終わりました。しかし、「患者様」という呼び方を強制されたり、プレスゲイニー調査の得点に振り回されているうちに、医師の士気が落ち、元気をなくして卑屈になっていくのも困りものです。ワークライフバランスではないですが、ここでもベストなバランスの模索は始まったばかりです。

【References】
1)Press Ganey社ウェブサイト: Our History.
http://www.pressganey.com/aboutUs/ourHistory.aspx
2)Sullivan W, DeLucia J: 2+2=7? Seven things you may not know about Press Ganey Statistics. Emergency Physicians Monthly. Sep 22, 2010.
http://www.epmonthly.com/features/current-features/227-seven-things-you-may-not-know-about-press-gainey-statistics/
3)岩田健太郎:「患者様」が医療を壊す(新潮選書), 新潮社, 2011.
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/57354661
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック