2011年11月14日

女性医師、アメリカで出産。「楽しかった、お腹空いた」

萩原万里子
サウスダコタ大学内科レジデント

 前回書いたように出産予定日までおよそ8週間というところでアメリカに渡った私(万里子)ですが、今回はアメリカで体験した出産事情と、産後5カ月目で受験したUSMLE(United States Medical Licensing Examination) STEP2CSの様子をお伝えしたいと思います。

超音波検査の自己負担は最低180ドル
 アメリカでは、産婦人科医、家庭医、助産師にお産を取り上げてもらうことができるので、オプションは多数あります。夫の同僚の家庭医に取り上げてもらうのはちょっと恥ずかしかったので、夫が研修プログラムで出入りしている産科病棟の医師たちにお願いすることにしました。

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【筆者が2人の娘を出産した病院(夫・裕也の研修先でもあります)。】

 ここで、アメリカでの出産のシステムについてちょっとご紹介。アメリカでは、お産を取り上げる産婦人科や家庭医療科の開業グループがあり、主に数人の医師や助産師で構成されています。普段の検診は担当医のいるクリニックで行いますが、いよいよ出産となれば、その開業グループの提携する産科病棟のある大きな病院に行き、グループの中でその時間に分娩を担当している医師が取り上げます。開業グループのクリニックは、その大きな病院内に入っていることもあります。

 アメリカの病院は患者を入院させる「箱」です。看護師などのスタッフは病院に雇用されていますが、医師は必ずしもそうではなく、開業医でも必要があれば自分の患者を病院に入院させ、自ら継続して毎日の回診を行います。

 私の場合は、4人の産婦人科医の開業グループにお世話になりました。彼らは当直・分娩の担当を4人でローテーションしており、私の実際の分娩もこの4人の誰かに担当してもらうことになるわけです。一応、グループ内の4人とは検診中の紹介であいさつを交わしていたので、いきなり見ず知らずの人にお産を取り上げられるわけではありませんでした。

  妊婦検診は基本的には日本と似た内容でしたが、医療費の高いアメリカでは、超音波検査を毎回することはしません。ポータブル胎児心音計で確認するだけで、正常であれば診察は終了。日本で毎週のように胎児の超音波写真をもらっていた私としてはちょっと物足りなく、こちらでもお願いしてみようと思いましたが、患者自己負担が最低でも180ドルと言われてあきらめました。

“baby class”でカルチャーショック
 アメリカでの出産がどのようなものか知りたかったこともあり、病院主催の母親教室にも参加しました。もっとも、講習の名称は“baby class”となっていて、母親だけが対象ではありません。働いている夫婦も参加できるように、夕方や土日に行われるクラスが多くなっています(平日昼間のクラスもあります)。夫にも参加を促しましたが、「分娩も診る家庭医だから、必要ない」と言われ、とりあえず1人で参加することにしました。

 ところが、ふたを開けてみてびっくり。1人で参加しているのは私だけでした。20組程度の若いカップルがいて、さらには壮年の夫妻も参加していました。初孫を迎えるに当たって、20年前とはきっと事情が違うだろうからと、講習を聞きに来たそうです。

 最近は日本でも立会い出産が珍しくなくなってきましたが、アメリカでは基本的に分娩は個室で行い、家族が立会い、夫婦で力を合わせて出産するという意識が高いようです。ちょっとしたカルチャーショックでした。

 “baby class”の内容は、赤ちゃんのケアの仕方やおむつの替え方といったメーンの内容から、オプションとして搾乳機の使い方まで。働く女性の多いアメリカでは、ほとんどの母親が搾乳機を持っていて、電動搾乳機を職場に持ってくる人も多いのです。職場の冷蔵庫を開けると、たまに母乳が入っていることがあって驚かされます。

 クラスにもよると思いますが、日本の母親教室より分娩時の説明(ラマーズ法など)は少ないように感じました。私の場合、「自分は医師だ」という自負もあって、ほとんど勉強せずに出産に臨みましたが、看護師さんがサポートしてくれるので、一般の人が全くの無知の状態で臨んでも問題なかったと思います。

初産直後に「お腹が空いた!」と病棟を徘徊
 ちょうど出産予定日に陣痛が始まりました。真夜中のことでしたが、まだ陣痛が20分以上の間隔だったので、5分間隔程度になるまで何とか眠るように努めました。陣痛が起こっては目覚め、治まると寝るという感じで夜が明けました。

 翌朝はいよいよ陣痛も耐えがたいほどになり、間隔も狭まっていたので、担当の産婦人科クリニックに電話をすると、「10時半の予約が空いているので、そのときに来るように」と…。「何と悠長な! もう陣痛も10分間隔を切っていて痛いというのに、それでいいのか!」と思ってしまいました。でも、そこは腹をくくって、破水もしていなかったので、シャワーを浴びて軽くサンドイッチを食べ、入院準備をすることにしました。

 もちろん、破水していたり、陣痛の間隔が5分を切っていたりしたら、電話などせずに出産予定の産科病棟に直接行けば、担当の産婦人科グループの医師がいます。しかし、何せ保険が適用されなかった場合の入院費は1泊1000〜3000ドル程度かかるので、ほとんどの人はお産に関してはぎりぎりまで入院せず、退院となったらすぐに出ていきます。

 私の加入していた医療保険では、お産での入院は48時間まで認められていました。帝王切開でも72時間でした。日本で1週間も入院することがあるのと比べると驚きの早さですが、逆に、日本でなぜ1週間も入院するのか、今となっては疑問です。

 さて、10時半の予約の際には、すでに陣痛は5分間隔になっており、内診で子宮口も9cm開大でしたので、そのまま入院となりました。そこから産科病棟に移動です。私のかかっていた産婦人科クリニックは病院内の一角にあったので外に出る必要はなかったのですが、病院の広さ自体が日本の大型ショッピングモール程度ありましたので、休み休み歩いて20〜30分程度かかったのを覚えています(歩けない人には車椅子を提供してくれますが、私は歩きました)。

 入院用ガウンに着替え、ベッド兼分娩台で横になりました。日本だと、ここで浣腸などをするのかもしれませんが、看護師さんが点滴を打ち始めたりモニターを取り付けたりするだけで妊婦の私がすることは特になく、横になって“push!”(息め!)と言われるまで待つのみです。

 点滴を打ち始めてから多分3時間ほど、あっさりと出産してしまいました。「う〜」とちょっとうなりはしたものの、あまり叫ぶこともなく、看護師さんに「皆があなたのような出産なら私たちも楽なのに」と言われたほどでした。どうやら私は超安産型だったようです。

 すんなり初産を終えた私の第一声は、「楽しかった! お腹が空いた!」―。何せ、朝からほとんど食べていなかったので。病院のメニューの中からアメリカらしくチーズバーガーとキャロットケーキを頼んで、がっつりいただきました。それでも物足りず、産科病棟にあるちょっとしたお菓子コーナーまで歩いて行き、さらにクッキーなどをかじったのでした。

 おそらくは産後2時間で、私はもうテクテクと病棟を歩き回っていました。子宮の回復を早めるため、産後の活動は推奨されています。空腹に突き動かされた私の行動は医学的にも理に適っていたのです。

 出産とは、何と楽しく、神秘的で、感動的なんでしょう。「あんな痛い思いをしなくてよかった」と思っているだろう夫を横目に、「こんな素晴らしいことを経験できないなんて、男って損だな」と思う私がいたのでした。

搾乳しながらのSTEP2CS受験
 アメリカで臨床研修を開始するに当たってはUSMLEのクリアが必要です。前回紹介したように、STEP2CKは渡米の直前、大きいお腹で受験していました。次は実技試験のUSMLE STEP2CSです。これは産後5カ月で受験しました。試験会場はミシガン州の自宅より車で3時間のところだったので、夫に休暇を取ってもらい、長女を連れて家族で前日入りしました。

 問題だったのは、まだ授乳中だったということ。8時間の試験中、30分間と15分間の2回の休憩があります。粉ミルクは与えず母乳オンリーで育ててきたので、最初の休憩までの数時間に授乳しないだけで私の胸はパンパンとなり、母乳が漏れてくる状態でした。胸の張りの痛みを抱えながら、実技の診察を行いました。

 休憩となったらすぐに係の人にお願いして、荷物を預けているロッカーから搾乳機を取り出し(本来は試験中の私物の持ち込みは禁止されています)、休み時間の大半を使ってトイレで搾乳していました。会場にトイレが3つしかないのに、その1つを占領してしまったのは申しわけなく思いますが、こちらも必死です。こういったところ、アメリカ社会は理解があると思います。だからといって休憩時間を長くしてくれるわけではありませんが、あくまでフェアな範疇で、母乳で育てる母親の自由を尊重してくれるという感じでしょうか。

 こうしてUSMLEのSTEP1、STEP2とアメリカで臨床研修を開始するのに必要な試験は一通り終えたので、研修を開始するまでの間は専業主婦生活でした。正直、日ごとに自分の医学知識が低下していくという焦りはありましたが、かわいい子どもと1日中生活できる喜びの方が大きく、しばらく医業から遠のいたことに一切の後悔もありません。

 女性医師の先輩からも言われましたが、「医者はいつでもできる。小さい子どもの母親は一時期しかできない」。本当にそうです。もちろん、復職するハンデは大きいですが、それだけの価値はあります。結局、臨床研修には昨年から入ったのですが、それまでの間に次女の出産まで経験し、主婦生活を存分に堪能できました。

【おまけの医学英語ワンポイント解説】 “pap smear”
 “Pap smear”は、子宮頸癌の発見に使われる細胞診検査のことですが、アメリカでは普段の日常会話でもよく出てきます。

 大学生のAmy:Have you had your pap smear this year?
 (今年の婦人科検診はもう済んだ?)

 友人Christina:No, I still have to schedule my pap.
 (いいえ、まだだから検診の予約をしないと…)

 婦人科細胞診は、日本の場合、婦人科検診やレディースクリニックで実施されると思うのですが、アメリカでは一般的な健康診断で実施されます。米国産科婦人科学会のガイドラインでは、21歳以上の女性は定期的に(年齢やリスク因子により1〜3年ごとに)pap smearを行うことが推奨されています。pap smearは、産婦人科医だけでなく、家庭医ももちろん行っており、私たち内科医もトレーニングを受けています。
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