2011年11月24日

ドイツの公的保険契約医、2つの特徴

人口1000万人の地域で開業保険医の空席は8人!

馬場恒春
ノイゲバウア-馬場内科クリニック(デュッセルドルフ)

 前回の記事から、すいぶんとご無沙汰してしまいました。実は、自ら「ラマダン・ダイエット」と名付けた、かつての日本の同僚栄養士の諸兄諸姉が聞いたら嘆くであろう自己流ダイエットが奏効して7kgの減量に成功。しかし、急激な減量で「脂肪の腹巻」を失ったためか不覚にもヘルニアが勃発し、全麻手術で2泊の入院。普段の不精も加わって、ますます原稿が遅れましたことをお詫び致します。

専門医制度を担うのは医師の自治組織
 さて、ドイツにはアルツテカマー(Ärztekammer)という医師の自治組織があります。日本では「医師会」と訳されていますが、医療行政の実務を行政から受託するなど、日本の医師会とはかなり異なった側面も持っています。さらに、診療報酬とも直結する専門医制度を統括管理してもいるのです。

 アルツテカマーはドイツの医師全員(行政からの独立性を確保するため、行政に関与する官庁勤務の医師は除く)が加盟する大組織で、全国17の各州に存在しています(デュッセルドルフを擁するノルトライン=ヴェストファーレン州のみ2つの地域に分割)。医師国家試験はドイツ連邦法、つまり国の管轄ですが、医師免許を取得した後の研修、専門医の認定試験、その後の生涯教育は各アルツテカマーの仕事です。将来どの疾患領域の専門医を増やす(または抑える)必要があるのか、患者の年齢構成や社会的ニーズの分析も行い、医療行政に役立てています。

 元来ドイツの保険医療行政は各州政府の所管で、アルツテカマーによる医師の監督権は、あくまで州政府から委託されたものです。そのため、各州の医療職法には医師の監督に関するアルツテカマーの任務が細かく規定され、医師自ら自分たちを厳しく管理する形を取っています。

 ドイツの専門医制度は1924年に14領域でスタートし、現在は32領域から成っています。内科、外科、小児科、産婦人科、放射線科などは、さらに重点領域と呼ばれるサブスペシャリティー領域に細分化されています(表1)。例えば内科では、「内科学の専門医」「内科と一般医学の専門医」のほか、「腎臓が重点領域の内科専門医」「循環器が重点領域の内科専門医」「内分泌・糖尿病が重点領域の内科専門医」といった具合に分かれています。

 各々の専門医資格の取得に必要な研修については、医療職法の卒後研修規則で定められています。例えば、内科学の専門医(Intersit/Internistin)であれば、認定教育施設(通常はクランケンハウス:Krankenhaus)における60カ月の研修(24カ月の病棟診療、24カ月の外来診療、6カ月の救急集中治療は必修)が必要です。重点領域を伴う内科専門医となるには、さらに長期の研修が求められます。

 これら専門医のための卒後研修、資格認定の業務は、全てアルツテカマーが担っています。日本のように、学術組織である各医学会が各専門医を認定する仕組みとは異なっているところです。

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【表1 ドイツの専門医の領域と資格(※画像クリックで拡大)】

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【写真右から、州の医師就業規則、専門医資格取得規則、州アルツテカマー誌、連邦アルツテカマー誌。】

公的保険の診療報酬は、専門医として契約した領域のみ
 ドイツでは、公的保険との契約下で公的保険患者の外来診療を行う医師を「契約医」と呼びます。開業医院(プラクシス:Praxis)の医師の87% (2008年末)が契約医です。何となく日本の保険医と似ていますが、ドイツの契約医の資格は医師になればほぼ自動的に得られるものではなく、1人の医師が全ての診療領域をカバーできるものでもありません。例えば、耳鼻科専門医の資格を有する医師は公的保険との間で「耳鼻科専門医」としての契約を結んで初めて、耳鼻科の公的保険患者の診療報酬が得られる仕組みです。すなわち、専門医制度は診療報酬と結び付いた形で運営されているのです。

 契約医としての専門医の種類は約20です。2009年末の時点で、契約医全体の44%が「家庭医」となっていますが、これは次項で述べる契約医の定員枠が関係しています。公的保険の「家庭医」として契約するには、「内科学の専門医」または「内科と一般医学の専門医(家庭医)」の資格が必要です。定員枠に空きがあれば「家庭医」になるか「内科専門医」になるかを選択することができますが、実際には「家庭医」の定員枠の方が多いので、結果的に「家庭医」を選択する医師が多くなります。

 1人の医師が仮に2つ以上の専門医資格を持っていたとしても、プラクシス開業時に標榜できる専門科は公的保険と契約した1科のみです。例えば、私の家内は「血管内科が重点領域の内科専門医」の専門医資格を持っていますが、公的保険との間では「家庭医」としての契約医を選択しました。そのため、本来の専門領域である血管内科の診療に当たっては公的保険患者でも私費扱いになります。

開業専門医は区域ごとの定員制
 ドイツの公的保険契約医には2つの特徴があります。第1の特徴は「定員制」です。全国が395の区域に分けられ、その区域ごとに公的保険と契約できる開業専門医の定員が決められています。これは1993年から始まった制度で、医師充足率の地域格差を解消することを防ぐ目的があります。この制度の実際の運営は、公的保険を扱う医師、公的保険の疾病組合、政府の3者からなるKassenärztliche Vereinigungという組織が行っています。

 区域内の住民数に応じて専門領域別に医師の定員が定められ、供給過剰と判断された場合は当該領域の契約医としての新規開業が制限されます。例えば、デュッセルドルフのような人口集中地域の中核都市では、住民1585人に対して家庭医1人、1万2276人に対して内科専門医1人、1万4188人に対して小児科専門医1人というのが定員です。

 現在は、どこの区域でも契約医の定員枠はほぼ充足されており、私の住む人口約960万人、医師数5300人のノルトライン地域全体における2009年末時点の空席は、家庭医5人、婦人科1人、皮膚科1人、整形外科1人のみでした。区域ごとの定員数は人口変動を考慮して3年ごとに見直されますが、専門医資格を持っているだけでは契約医になれないことがお分かりになると思います。

 最近では、同じ専門科の医師数人がグループでプラクシスを開業するグループ診療(Gemeinschaftspraxis)が増えつつあります。複数の医師で開業するため、単独では賄いきれない設備を導入でき、公的保険の患者枠をより多く確保できるというメリットがあります。例えば、私のクリニックが入っているビルの地上階(日本で言う1階)には、日本の大病院にも引けを取らない立派な設備と機能を備えたグループ診療による放射線科の専門外来施設があり、高度な画像診断を迅速に提供しています。

公的保険契約医は68歳で定年
 公的保険契約医の第2の特徴は「定年制」です。68歳の誕生日を含む四半期を過ぎたら、専門領域とは関係なしに契約医としての資格を失います。契約医としての定年後は、プライベート保険や全てを私費で賄う患者の診療を続けることは可能ですが、多くの方は引退して第2の人生を楽しんでいるようです。

 医師の自分が書くのも何ですが、ドイツでは尊敬される職業のトップとして、今も医師が挙げられます。ドイツの開業医は日本と比べると驚くほどの低収入ですが、過酷で奉仕的な仕事、社会に対して負う責任の重大さが評価されているようです。贅沢はできないとはいえ、専門医資格を取って公的保険の契約医としてプラクシスを開業すれば、それなりに生活の安定が保証されてきました。

 ところが、最近の度重なる医療制度改革により、家庭医の収入はさらに減少し、生活の安定が脅かされつつあります。この迫り来る脅威については、また次の機会にでもお話ししたいと思います。
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