2011年11月28日

「1日夜勤」と「1週間夜勤」、どっちを選ぶ?

林 大地
ボストン大学放射線科リサーチインストラクター

 私は、イギリスで約1年半臨床医として働いてから日本に帰国し、日本の医師国家試験合格後に東京慈恵会医科大学附属病院で2年間の初期臨床研修を行いました。そのときにまず戸惑ったのは、夜間“宿直”制度です。仮に“宿直”中に一睡もできないほど忙しかったとしても、翌日に一切休みは与えられず、通常通りフルに勤務しなければならないことでした。

 何回かの経験を経て、そのような勤務体系にも慣れましたが、眠れない夜を過ごした場合には、前日を含めると36時間ほど連続勤務をしていた計算になります。外科のローテーションでは3日に1日のペースで“宿直”をしていた時期があり、そのときの1週間当たりの労働時間は100時間を軽く超えていました。

20120805_hayashi_1.jpg
【整形外科で同期の研修医のバトナガー医師から緊急入院患者の申し送りを受ける筆者。この日は午後5時から9時までのevening call担当でしたが、右大腿骨頸部骨折で入院してきた75歳の女性に対する緊急手術が午後7時頃に行われることになったため、担当医のバトナガー医師から病歴や術前検査の結果などを引き継ぎ、術前準備を行うのが最初の仕事となりました。】

夜勤当日と翌日の日中は勤務しない―そのメリット、デメリット
 イギリスでも一昔前はこのようなことは当たり前だったようですが、私が医学校を卒業する直前の2003年に、EUの欧州労働時間指令(European Working Time Directive;EWTD)[1]で医師の労働時間も厳しく制限するという方針が示されました。主な制限事項は2点で、(1)医師は24時間のうち少なくとも11時間は休養に当てなければならない、(2)1週間の総勤務時間が48時間を超えてはならない―というものです。私がイギリスで初期研修を始めた年から、この法律の遵守が徹底されるようになり、前回紹介したように、私もその影響を大きく受けました

 まず、夜間宿直制度が廃止され、その代わりに「医師夜勤制度」が導入されました。夜勤を担当する医師は、当日・翌日ともに日中は勤務を外れ、担当する夜(午後9時から翌朝9時まで)のみ勤務するというシフト制度が取られたのです(表1)。

20120805_hayashi_2.gif
【表1 「1日夜勤」が入ったローテーションの例(※画像クリックで拡大)】

 キングス・カレッジ・ロンドン病院の場合、私が所属した外科・整形外科の初期研修医(卒後1年目)には夜勤は一切割り当てられず、午後5時から午後9時までを担当する“evening call”が4〜5日に1日ほどの割合で回ってくる程度でした。週末当直の場合は、午前9時から午後9時までの12時間が勤務時間でした。夜間の12時間は、平日・週末ともに卒後2年目以上の医師が担当していました。

 こうすることで、初期研修医の労働時間は毎日12時間以内に抑えられ、かつ夜勤がないので日中の業務に穴を開けることもない。夜勤担当の医師も前後に休息が与えられるので、夜勤中は体力も気力も充実しています。

 この「1日夜勤」システムにもデメリットはあります。その一つが、当日の昼間と翌日を強制的に休ませられるという点です。すなわち、夜勤担当の前後は日中の病棟・外来や手術業務に一切かかわれません。その間は、自分の担当患者を誰か代わりの医師に診てもらうしかないのです。医師の立場からすると、この状況は決してうれしいことではありません。

 夜勤がない研修医にとっても、デメリットはあります。直接の上司が夜勤の日は、当日の日中および翌日は研修医一人で全ての患者を診なければなりません。すぐに相談できる上司がいない状態で2日間を過ごすのは、卒後1年目の私にとっては大きな不安要素でした。診てもらう患者にしても、「主治医は本日夜勤なので日中は不在です」と言われたら不安に思うのではないでしょうか。

 表1で示したように、週に1回夜勤があると、実質週2日は通常業務から外されてしまいます。それでも、週の総労働時間は48時間ちょうどということになり、法律上のつじつまは合っています。経験者に話を聞くと、1日だけ夜勤するというのは体内時計に狂いが生じ、海外旅行に出かけたときの「時差ぼけ」のような状態になるのだそうです。しかも、当日・翌日の昼間がフリーとはいっても、その時間に外出したり、自宅で何かを精力的に行うことは、体力温存・回復の面から難しいのだそうです。

6週に一度の“week of nights”も
 キングス・カレッジ・ロンドン病院のように夜勤を研修医にさせない病院もありますが、それは日中に雑用をこなす働き手がいなくなっては困るという病院側の都合が重視された結果だと思います。しかし、夜勤というのは若手医師にとっては重要な修練の機会でもあります。病院によっては研修医に積極的に夜勤を担当させます。その場合、1日夜勤の体制を取ると日中の業務に支障が出るため、“week of nights”(夜勤週間)を採用していることが多いようです。

 私が耳鼻咽喉科の研修を行ったイギリスのケント州Medway Maritime Hospitalがそうでした。12週間にわたる研修でしたが、この科はシステマチックな予定表が組まれていて非常に働きやすく、とても感心した思い出があります。卒後2年目の研修だったので、夜勤業務も担当しました(表2)。

20120805_hayashi_3.gif
【表2 “week of nights”が入った研修医のローテーション(※画像クリックで拡大)】

 この表のように、1週間ごとに担当が代わり、6人の研修医が順番にそれぞれをローテーションしていきます。このような勤務体系の場合、緊急外来や夜勤の週は週の総労働時間が84時間となってしまいますが、1週間の休みをはさむことによって、6週間単位で週の平均労働時間を換算すると週当たり48時間となり、EWTDを遵守できるようになっています。

 6週間に1回の夜勤週間は大変ですが、その代わり1週間の休みももらえます。1週間も夜勤をした後だと、すっかり体内時計が狂っていて完全に時差ぼけ状態ですが、12週間の研修期間中、1週間×2の夜勤と1週間×2の休暇というのは、決して悪いバランスではなかったと思います。

 このシステムのデメリットは、1週ごとに役割が変わってしまうため、12週間を通して特定の患者の担当医になったり、特定の上級医師から継続して指導を受けたりすることができない点でした。手術室担当週間には毎日違う上司の助手としてオペに携わったため、いろいろな手術を体験できたのは収穫でしたが、上司の立場からしてみれば、部下が毎週ころころと変わるのはさぞかし不便だったろうなあと想像します。

 入院患者の立場からしても、1週ごとに病棟担当医が代わってしまうのは不安に感じる可能性があります。実際に、私が病棟担当の週に、甲状腺癌の手術で入院している患者の家族から「毎週、病棟担当医が変わるたびに術後経過についての説明が違っていて、誰の話を信じていいのか分からない」と、はっきり文句を言われたことがありました。私を含めた研修医間の連携不足が直接の原因だったのですが、間接的には完全シフト勤務制の弊害とも言えるでしょう。

 今回は、イギリスで働く医師の勤務時間を制限する法律(EWTD)と、異なる2つの夜勤制度を紹介しました。「1日夜勤」と「1週間夜勤」。それぞれに長所と短所がありますが、どちらを好むかは人それぞれでしょう。私見ですが、独身者にとっては「1週間夜勤」はさほど苦にならないし、1週間の休みもあるので、むしろ歓迎すべき勤務体系だと思います。

 しかし、既婚で子どもがいる医師にとっては、7日間連続で昼夜逆転の生活を送るというのは家庭生活に支障が出るので、決してうれしいことではないでしょう。休暇の週を含めると、実質2週間もルーチンの病棟・手術室・外来業務から外れなくてはならないというのも大きなマイナスポイントです。私には妻と2人の娘がいるので、どちらかを選べと言われたら、今は「1日夜勤」を希望します。

 次回は、医師の夜勤制度導入に関連して生じた、イギリスの医師の勤務体系にかかわるもう一つの変化についてご紹介します。

20120805_hayashi_4.jpg
【筆者が「1週間夜勤」を体験したMedway Maritime Hospital耳鼻咽喉科緊急外来の診察室。筆者の経験では、夜間緊急受診に多い症例は、(1)止まらない鼻血、(2)のどに刺さった骨、(3)中耳炎・外耳炎でした。】

【References】
1)European Commission: Employment, Social Affairs and Inclusion. Working Conditions―Working Time Directive.
http://ec.europa.eu/social/main.jsp?catId=706&langId=en&intPageId=205
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/57450694
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック