2012年02月02日

小児科医が非常駐の病院で、新生児NPが獅子奮迅

エクランド源稚子
ペディアトリックス・メディカル・グループ新生児専門NP
ヴァンダービルト大学看護大学院新生児NP講座クリニカルインストラクター

 国土が広大なアメリカでは、一番近い病院間が車で数時間かかるほど離れていることが珍しくありません。そしてもちろん、全ての病院が主要な診療科をそろえているというわけにもいきません。テネシー中部にも「陸の孤島」のような地域が広がっています。

 私が現在所属するナッシュビルの新生児医療グループは様々な工夫を凝らしながら、ナッシュビル市内の60床のNICU以外にも、「陸の孤島」まで守備範囲にした複数の病院で新生児医療を提供しています。

小児科医不在の新生児医療体制がスタート
 テネシー州の州都ナッシュビルから車を時速80マイル(130km)で飛ばしても45分はかかるところに、ディクソンという町があります。そこにあるコミュニティーホスピタルは、町の住人のためのみならず、周辺の町からやって来る人々にとっても「健康の守護神」のような役割を果たしています。この病院で、私たち新生児ナースプラクティショナー(NP)の効率的な活用がなされています。

 この病院には、小児科医は一人も常駐していません。産科医療に携わる医療者にとって、何かあれば小児科医がすぐに駆け付けてくれるバックアップ体制が整っていることは、本来重要なことです。ですから、この病院の経営者は当初、緊急時には新生児専門医が20〜30分以内に対応できるという体制の構築を望んでいました。

 緊急帝王切開などの必要があっても、この病院には麻酔チームも常駐しておらず、夜間はコールシステムで呼び集めるので、緊急手術を決断してから開始まで30分はかかります。分娩直後に新生児専門医療者の介入ができれば、過疎地の医療の質と安全の向上につながると考えていたのです。

 一方、私たちの医療グループには、新生児専門医を常駐派遣する余裕はありませんでした。そこでディレクターのサミーは、(後述するように)この病院の近辺に24時間365日、新生児NPを1人ずつローテーションで配置するシステムを提案。病院経営者との間で合意が得られました。両者ともに、新生児NPの医療専門職としての価値を認めてくださっていたからこその措置だったと思います。

 このシステムにより、「総合周産期センターの機能を持つ病院まで車を飛ばしても到底間に合わない過疎地に住む人々が、総合周産期センターで出産するのと同じようなレベルで新生児医療を受けることができたら…」という願いが叶うようになったとも言えます。また、ディクソンの病院からは年間20〜30件ほどの緊急時搬送を私たちの医療グループで受け入れていたので、私たちの仕事が確実なものであることを十分に認識してもらっていたことも大きかったのだと思います。

 この体制が始まって既に5年余り。病院経営者にも、産科医やナースたちからも、新生児NPは大いに頼りにされて今日に至っています。

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【ある日の夜勤の一コマです。】

退院時に包茎も処置、宿直は病院付近のホテルで
 それでは、ディクソンのコミュニティーホスピタルにおける、ある一日の勤務の様子をご紹介したいと思います。朝6時〜翌朝6時の24時間勤務です。

 金曜日の夜、飛行機でナッシュビル入りした私は、次の日の朝に備えてポケベルのバッテリー残量をチェック。そして、ディクソンのホテルで当直待機している新生児NPから、入院中の新生児たちに関する電話報告を受けました。

 翌朝5時半頃にポケベルで連絡が入り、「胎盤剥離の38歳のお母さんが運び込まれて緊急帝王切開が行われたばかり。幸いなことに赤ちゃんは元気だけれど、経過観察が必要」とのこと。ディクソンの病院へ駆け付けると前夜勤務の新生児NPが生まれたばかりの赤ちゃんを観察しているところで、バトンタッチした私は引き続きその子の状態をフォローしました。

 その日の朝の時点で、入院中の新生児は5人。うち2人が当日退院予定でしたので、一人ひとり丁寧に診察して本当に退院できるかどうかを確かめ、ご両親にもろもろの説明をしているうちに、朝の数時間はあっという間に過ぎていきます。

 退院する赤ちゃんのビリルビンを最終チェックして、次のフォローアップをいつにすればよいかも考えます。退院後にかかる小児科医、あるいは住んでいる地域によっては、退院48時間後にもう一度病院へ戻って来てもらってビリルビンチェックを受けるよう指示することもままあります。ほとんどの普通分娩の赤ちゃんは2日間で退院になりますから、退院後のフォローアップの仕方を確実に考えなければなりません。また、その日は4人の赤ちゃんが誕生。うち1人は帝王切開で、新生児NPが立ち会いました。

 ここで働く新生児NPは、クラークの仕事もこなさなければなりません。フォローアップを担当する、地域の小児科医に宛てて報告書を書き、内容によっては電話で直接報告します。

 男児の包茎の処置を両親が望む場合は、退院前に新生児NPが行います。日本の方にはピンと来ないと思いますが、アメリカの新生男児の約80%は新生児期に包茎の処置を受けています。始める前に異常がないかを入念にアセスメントし、異常がなければ局所麻酔下で処置。処置室に入ってから15分ほどで完了です。アセスメントで尿道下裂(hypospadias)などが疑われ、不適応と判断する場合は泌尿器科へ紹介となります。

 一通りの診察を終えると、たいてい夕方近くになっています。所定の仕事が早く終わったときは、看護師向け継続教育の講義をするための準備などに充てます。その後、夜の宿直に入り、病院近くのホテルに詰めることになります。

 ディクソンのコミュニティーホスピタルは古い建物で、部屋数も十分ではありません。産科医のための当直室はあるのですが、私たちNPのための適当な部屋はなかったのです。仕方なくサミーは、主に女性陣であるNPが安全に宿泊と夜間の出入りができ、料金も安いというホテルの部屋を病院の近くに確保してくれました。

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【ある日の夜勤の一コマ(その2)です。】

IRDSの新生児に大病院と変わらない対応
 「寝られるときに寝ておかなくちゃ」が私のモットー。その夜は8時ごろに休みましたが、11時ごろにポケベルが鳴りました。妊娠38週のお母さんが急に破水し、しかも熱を出して搬送されてきて、そのうえ逆子! 産科医の判断で緊急帝王切開が行われることになり、私は病院まで車で5分の夜道を飛ばしました。

 幸いにも、赤ちゃんは元気に生まれてくれました。お母さんの発熱と赤ちゃんの感染の可能性を考えて必要な指示をナースに出し、赤ちゃんが落ち着くのを見届けてからホテルに戻ったのは深夜1時半過ぎ。これでぐっすり眠れると思うのは甘い。早朝4時半に、再びポケベルが鳴りました。

 夕方に入って来たお母さんがようやく普通分娩で出産したのですが、この赤ちゃんの様子がすっきりしないので来てほしいという、ナースからの依頼でした。「呻吟が見られ、呼吸パターンが落ち着かない」というのです。私は赤ちゃんの肌の色や呼吸パターンについて尋ね、新生児室で酸素飽和度をチェックするよう指示し、車のハンドルを握りました。

 病院に着いて最初にCPAP(continuous positive airway pressure;経鼻的持続陽圧呼吸療法)にトライしましたが、胸部X線写真と赤ちゃんの状態から肺サーファクタント吸入薬(サーファクテン)が必要になると判断。1人のナースと私とでできることを素早く、しかも一つひとつ確実に行っていきました。

 この局面でのゴールは、新生児の状態を安定させた上でNICU(を有する医療機関)へ送り出すことです。結局、この赤ちゃんは新生児呼吸窮迫症候群(infant respiratory distress syndrome;IRDS)ということで、気管挿管され、臍カテーテルも挿入された状態で輸液を開始し、早朝6時半にはNICUへと搬送されていきました。ご家族に対しては、ナッシュビルの大病院で生まれた場合と変わらない対応をできたことを報告し、今後の呼吸管理(特に肺サーファクタント吸入薬や抗菌薬の投与)についての説明を一通り行いました。

 なお、このときの搬送チームのメンバーは、私たちのベースであるセンテニアル・ウーマンズホスピタルのNICUで当日の勤務をしていた新生児NP、ナース、呼吸療法士でした。逆に、センテニアルで勤務している私が、ディクソンへ搬送に向かうということもたびたびあります。

 早朝6時過ぎにはその日のディクソン勤務のNPが出てきていたので、私は着替えのために急いでホテルへ戻りました。朝8時半から看護師向け継続教育の講義をすることになっていたからです。さっとシャワーを浴び、大慌てで化粧(夜勤明けのぜいたく!)をすると、ハイウェイを時速80マイルで飛ばしてナッシュビルの病院の講義室へと向かったのでした。
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