2012年02月22日

「面接なし、経費ゼロ」の研修医マッチング

林 大地
ボストン大学放射線科リサーチインストラクター

 イギリスの医学生はどのようにして卒後のポストを得るのでしょうか? 実は、日本やアメリカと同様に「マッチング」で就職先が決まります。私は実際にイギリス、日本、アメリカの3国で研修医マッチングに参加して卒後研修プログラムに応募し、仕事を得るという体験をしてきました。そこで今回は、イギリスの研修医マッチングシステムについて書いてみたいと思います。

外科志望なら市中病院
 イギリスで研修医マッチングに参加したのは、医学部最終学年の2004年1月でした。初期研修医の仕事は卒業年の8月1日から始まるので、1月末までにマッチングの申し込みを行う必要がありました。私の学年までは、卒後すぐの1年間で必修初期研修(内科系6カ月+外科系6カ月)を行い、その後に自分の希望科の専門トレーニングに進むという制度でした。

 ロンドンおよびその周辺地域での研修を希望する場合、ロンドン市内の大学病院で研修を行えるのは1年間のうち6カ月という制約があり、残りの6カ月はロンドン近郊あるいは離れた地域にある市中病院(district general hospital;DGH/直訳すると「地域総合病院」)での研修を義務付けられていました。あるいは、1年間通して市中病院での研修をすることも可能でした(※1)。

 大学病院と市中病院では、初期研修の内容が大きく異なります。例えば、ロンドン市内の大学病院であるキングス・カレッジ・ロンドン病院の場合、外科の初期研修医が執刀医になれる機会はほとんどなく、あっても簡単な鼠径ヘルニアの手術を“記念”に1件やらせてもらえればいい方です。

 ところが市中病院に行けば、鼠径ヘルニアや下肢静脈瘤、小さな皮下腫瘤の手術などは、上級医の指導の下で日常的に執刀させてもらえます。そのため、初期研修後に外科に進む意向がある同級生たちは、好んで市中病院での研修を選択していました。ちなみに、私は特に外科志望ではなかったせいもあり、キングス・カレッジ・ロンドン病院下部消化管外科および整形外科での研修中は、手術助手としてオペに数件参加したものの、執刀医になった症例は0件でした。

 1学年に400人も学生がいるキングス・カレッジ・ロンドン医学部ですが、ロンドン市内南東部地区および、イギリス南東部のケント、サリー、サセックスの各州にあるほぼ全てのNHS(national health service)関連病院(計30病院)と提携していて、全ての卒業生が研修を行えるだけの研修医ポストの数をこのエリアで確保していました。2007年のデータでは660ポスト[1]。キングス・カレッジ・ロンドンの学生だけで全てを埋めることは不可能なので、他の医学校の卒業生も採用されます。

 しかし、人気のある病院(例えば、ロンドン市内の聖トーマス病院やキングス・カレッジ・ロンドン病院)に就職するには、激しい競争を勝ち抜かねばなりませんでした。その競争の場となるのが研修医マッチングシステムだったのです。具体的な競争率は発表されていないので不明ですが、当時の話では、医学校の成績上位25%以内であれば、確実にロンドン市内の病院のポストにマッチできたようです。

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【筆者が初期研修を行ったキングス・カレッジ・ロンドン病院整形外科では、初期研修医が執刀医になる機会は皆無でした。イギリス国内屈指のこの大学病院には、全国から専門医トレーニングを積むために後期研修医が集まってきます。彼らにとって重要なオペ経験の場となるので、初期研修医にオペをさせてくれないのもやむを得ない状況でした。必然的に、ここでの私の仕事は病棟での患者管理がほぼ100%を占めました。】

マッチングのスコア算出方法
 まず、志望者はマッチング応募フォームに医学校の成績や過去の経歴を記入してオンラインで提出します(※2)。すると、その内容に応じてスコアが計算されます(下表)。ちなみに、応募フォームの一部として提出する小論文の採点は提出後に行われるため、自分で算出できるのは小論文を除いた50点満点分のスコアのみです(小論文を含めると100点満点)。

 私の場合、医学校の成績は上位30%程度だったので38点、医学士以外の学位を所持しており学位取得時の成績は良い方だったので3点、特に論文出版や学会発表はしていなかったので0点―合計41点ということになります。アメリカとは違って、全国共通試験の成績という要素は一切ありません。なぜなら、連載第1回でご紹介した通り、そもそもイギリスには医師の資格を取るための全国共通試験が存在しないからです。医学校時代の成績が卒後の進路に直結するので、医学生は必死に勉強して臨床実習に励み、成績上位を目指します。

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【表 マッチングの書類審査で使用するスコア換算表(※クリックして拡大)】

 ちなみに、指導医による推薦状は提出が義務付けられていますが、スコアには反映されず、マッチングの結果発表後に、採用が決まった病院においてマッチした学生の研修医としての資質に問題がないことを確認するために使われるだけでした。

ランクリストの提出は志望者側のみ
 応募フォームを提出後は、自分が就職したいポストを1位から数十位までランク付けし、そのリストもオンラインで提出します(提出先は前ページ※2と同様)。1年間の初期研修は「6カ月の仕事×2」から成っていたので、(1)前半6カ月で就きたい仕事のランクリスト、(2)後半6カ月で就きたい仕事のランクリスト―の2つを提出しました。後はアルゴリズムに基づいてコンピュータが計算を行い、志望者とポストをマッチングさせていきます。

 ちなみに、アメリカのマッチングでは志望者側と病院側の双方がランクリストを提出しますが、イギリスのマッチングでは志望者側のみがランクリストを提出する仕組みでした(※3)。また、面接試験はなく、申請フォームの書類審査のみというシンプルなシステムでした。

 募集しているポストの一覧表はオンラインで公開されるのですが、給料や勤務時間、当直の頻度、上級医や指導医の数、福利厚生、具体的な研修カリキュラムなどは一切示されませんでした。アメリカのマッチングでは、FREIDAというウェブサイト[2]または各病院のウェブサイトにそれらの条件が詳述されているので、大違いもいいところです。

 私は聖トーマス病院の内科を第1希望、外科を第2希望、キングス・カレッジ・ロンドン病院の内科を第3希望、外科を第4希望、後は自宅がロンドン市内南東部のニュークロスという町だったので通勤圏内のケント州およびサリー州内の病院を希望し、前半6カ月のリストを提出しました。しかし、最初の仕事がロンドン市内の大学病院でもらえる保証はなかったので、念のため後半6カ月のリストでも同様に大学病院のポストを上位にランクしました。

 マッチングの結果は4月に発表され、前半6カ月はキングス・カレッジ・ロンドン病院の下部消化管外科(3カ月)および整形外科(3カ月)に、後半6カ月はロンドン郊外(ケント州)Princess Royal University Hospitalの循環器内科(3カ月)および老年医療科(3カ月)にマッチしました。両方ともほぼ希望通りのポストが得られたのでとてもうれしかったのですが、今になってみると、日本やアメリカでの経験ほど苦労することなく研修医のポストを得られたと感じます。イギリスの医学校を卒業しているので、当たり前と言えばそうかもしれませんが…(日本やアメリカでの経験については、回を改めて書きたいと思います)。

 特筆しておきたいのは、マッチングに参加するのにかかった費用はゼロだという点です。面接はないので、面接試験に伴う旅費や宿泊費などは当然かかりません。応募できる病院やポストの数は無制限にもかかわらずです。振り返ってみると、卒後の就職に関しては全くお金を使う必要がありませんでした。

 イギリスでは医療サービスのみならず、その担い手となる研修医の就職先を決めるマッチングも無料なのです。イギリスの医学生は1人平均3万ポンド(約360万円)もの学生ローンを抱えて卒業するほど懐具合が厳しいので、就職活動にお金がかからないというシステムはとてもありがたいと思いました。

※1 2005年から施行された現行制度では、必修初期研修は2年間となっています[1]。ロンドン市内の大学病院または市中病院1年+ロンドン以外の地域にある市中病院1年、あるいはロンドン以外の地域にある市中病院2年という組み合わせが認められています。

※2 私の学生時代は、マッチングは各医学校単位で行われていました。そのため、学生時代の成績表は学事課からマッチング担当部門に直接提出される仕組みでした。しかし、現行制度では独立組織(Foundation Programme Application System;FPAS)がイギリス全土のマッチングを統括して全国一斉に行います。そのため、成績表は各医学校からFPASに直接提出されます。いずれにしても、応募フォームに虚偽の申請をすることはできない仕組みでした。

※3 初期研修制度の変更に伴い、研修医マッチング制度やアルゴリズムも改変されています。現行制度の詳細は[1]を参照ください。

【References】
1)The Foundation Programme
http://www.foundationprogramme.nhs.uk/pages/home
2)American Medical Association: FREIDA Online
http://www.ama-assn.org/ama/pub/education-careers/graduate-medical-education/freida-online.page
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