2012年04月26日

専門医の数を絞る、カナダの小児集中治療

川口 敦
アルバータ大学(Stollery Children’s Hospital)小児集中治療クリニカルフェロー

 皆さん、こんにちは。北米最北の100万人都市、カナダのエドモントンにあるアルバータ大学(Stollery Children’s Hospital)で小児集中治療のクリニカルフェローをしている川口敦です。この連載では、カナダにおける小児医療、特に小児救急や小児集中治療についての様々な話題を、現地の実情と私自身の経験を交えながら紹介していきたいと思っています。

 私の詳しい「自己紹介」は後回しにして、今回はカナダにおける小児集中治療分野の医師雇用とフェローシップ・プログラムの状況についてご紹介します。

毎年5〜15人の小児集中治療専門医が誕生
 夜中の2時、モニターのアラームが鳴り響きました。先天性心疾患術後の2歳児の血圧がフラフラしているようです。所見を取り、心雑音を確認し、モニターをにらみ付け、看護師や呼吸療法士の声に耳を傾け、血液ガスや尿量にも気を配ります。血液ガスの目標値を再度確認し、血管作動薬をほんの少し増量し、鎮静薬の投与量を調節して、ほっと一息…も束の間。

 横のベッドでは、隣の州から2時間の航空搬送を経て先ほど到着したばかりの患児が痙攣を始めました。頭蓋内出血を来した上、肺動脈内の血栓と肺膿瘍を併発しており、管理には慎重を極めます。神経科、放射線科、循環器科、心臓血管外科、血栓症専門チーム、そして患児の最大の理解者である両親に連絡を入れ、それぞれの病態へのアプローチについて意見をもらい、治療指示を出していきます。

 集中治療、しかも小児となると、いったいどんなことをしているのか、どんな専門性を持っているのかと思われるかもしれません。大ざっぱに言うと、小児集中治療専門医は、外傷や内科疾患、心疾患を含む術後などの重篤な状態にある子どもたちの全身管理を専門とします。特に「得意技」はないけれど、目の前に重症の子どもがいると燃えてしまう。そんな姿をイメージしてもらえばいいと思います。

 日本ではまだあまり聞き慣れないかもしれませんが、北米を中心に小児集中治療の専門性は早くから認められ、既に多くの国で専門医制度が確立しています。

 カナダでは現在7つの大学が正式な小児集中治療フェローシップ・プログラムを持ち、レジデンシーを修了した医師を雇用し、教育しています。Royal College(※1)が認める小児集中治療専門医の資格を取得するためには、最低2年間の正式プログラムを修了し、記述式の専門医試験に合格しなければなりません[1]。

 専門医制度自体が比較的新しく、正確なデータはまだ整備されていないのですが、カナダ国内の小児集中治療室(PICU)でスタッフとして働いている小児集中治療専門医は、おおよそ85人前後になると思われます。また、統計上は全国で毎年5〜15人の小児集中治療専門医専門医が生まれていることになります。

 「えっ? 本当にそんなに少ないのか」って? 確かに、こんなに少なくて専門医は足りているのでしょうか。

国内出身者だけでは手薄になる診療体制を外国人フェローで補強
 日本と同じく、もしかするとそれ以上にカナダでは「医師の地域偏在」(専門医の数は厳しくコントロールされている)が問題になっています。同時に専門分野が細分化し、さらに州を超えた集約化が進んで、特に小児集中治療のような特殊専門分野においては指導医レベルのポジションが非常に少なくなっています。

 専門医制度はできたものの働く場所がない―。そんな悲鳴も聞こえてきます。そのため、研修を終えた後はアメリカやオーストラリアなどの国外で一時的に職を得て、ポジションが空けば帰国するというような人もいます。私の同期もアメリカへ就職していきました。

 そういう状況ですから、「専門医を育成しない、または数を絞る」という考え方が出てきます。しかしそうなると、特に大規模ユニットでは診療を実際に回すほどのフェローを確保できず、指導医レベルの医師を多く雇用する必要が出てきます。すると、専門指導医に対する高額の報酬(アメリカと同等あるいはそれ以上と言われている)が大きな壁となります。

 結局、そのような病院では、研修後は国内に残らないことを前提とする外国人医師(外国出身者・外国医学校卒業者)をフェローとして多く雇用し、マンパワーの補強をするということに行き着きます。

 これには様々な意見があると思います。数年間とはいえ、海外から貴重な若手医師を雇用して働かせるわけですから。供給側となった国は高額の国費を投資して学生を医師に育成しているし、医師不足が深刻な国もあるはずです。

 ちなみに、カナダの小児科医の約25%は外国医学校卒業者。私自身、外国人医師の需要国となっているカナダやアメリカの医療の実情が必ずしも好ましいものだとは思いません。ただ、決して無視できないのは、このような需要国は外国人医師へ広く門戸を開き、よい意味での競争を生み出すことによって、世界標準の医療を作り上げ、他国の医療にも還元できる「可能性がある」ということです。見方を変えると「うまくギブ・アンド・テイクしている」と言い換えられるかもしれません。

 これらの需要国では、医師のみならず看護師やその他の専門職も海外出身者(海外でトレーニングを受けた人)が多くを占めており、現場でなくてはならない存在となっています。私も、真摯で知識に富んだアジアやアフリカ諸国出身の看護師などと働いており、日々彼らから多くの刺激を受けて診療に当たっています。

 日本でも医師不足の解決策として医学部新設などが広く議論されるようになってきています。その議論の中では、言葉や文化における「鎖国状態」を脱し、問題にニュートラルに対峙して検討することが必要だと思います(外国人医師の受け入れありきということではなく)。

個々のプログラムの得手不得手は、複数施設での研修でフォロー
 小児集中治療医のフェローシップ・プログラムについて少し具体的にお話ししたいと思います。カナダでは専門分野の細分化や州を超えた集約化が進んでいるため、プログラムごとに特色があるようです。

 例えば、私の所属するアルバータ大学のプログラムでは、先天性心疾患手術の件数、固形臓器移植や人工心肺の症例が豊富ですが、州内の造血幹細胞移植はすべて他施設で行われるため経験できません。いずれにせよ、研修内容はRoyal Collegeによって常に監督・評価されているので、基本的にはどのプログラムを経ても小児集中治療専門医となる素地は獲得できるようになっています。また、プログラムごとの得意・不得意を補うため、ほとんどの場合で、他施設(北米が中心)での選択研修費用などをプログラムが負担してくれます。

 なお、プログラム・ディレクターがRoyal Collegeへ提出する書類(プログラムの進行状況の報告)などは、部内の医師や看護師などへ公開してフィードバックを受け付けるようにするなど、情報公開も積極的に行われています。

 アルバータ大学のプログラムでは、現在5人がクリニカルフェローとして働いており、うち3人は私を含めていわゆる海外組です。自国での「ディレクター」の座を捨ててやって来た人。プロのバレーボール選手として活躍した後、研究者を経て小児集中治療を志すようになった人。理学療法士を経験した後、医師となった人…。国内組も含めてバックグラウンドは様々です。

 2年間の研修期間のうち通算して4〜6カ月は、研究あるいは選択期間として使えることになっています。成人ICUは必須ですが、それ以外は自由に組み合わせできます。選択期間を利用した国外での研修も認められています。例えば私の場合、1年目には移植コーディネートで2週間、成人の脳神経集中治療で2カ月間を研究期間としました。臨床研修では「循環器チーム」と「一般+外科チーム」に分かれ、それぞれ同じ期間の研修を受けることになります。

 フェローは各科からローテーション中のレジデント(主に麻酔科、救急科、小児科のレジデントが2カ月単位でローテーションしてくる)を統率し、意思決定を頻繁にしていかなければなりません。レジデントの教育も大きな役割で、彼らに対する毎週1回のレクチャーがフェローの義務となっています。

 各フェローは3カ月に1回、プログラム・ディレクターからのインタビュー(各指導医からの評価のまとめ)を受け、研究の進行状況や技術の習得状況(手技に関してはデータベースに入力することで、経験回数やクオリティーのログが蓄積されていく)、自らの将来展望などについて話し合うことになります。

 また、3カ月に一度、プログラムに関する全体ミーティングが開かれ、プログラム上の問題点や次期フェロー選抜などについても広く議論されます。トップダウンとボトムアップのどちらにも偏らず、科全体で「プログラムそのもの」を評価し、研磨していくシステムができあがっているように思います。

 次回からは、カナダの小児科臨床の様々なトピックについて紹介するつもりです。

※1 正式名称はRoyal College of Physician and Surgeon of Canadaという1929年に創設されたNPO。60以上の専門分野、研修プログラムなどを管轄しています。

【References】
1)Royal College of Physician and Surgeon of Canada
http://www.royalcollege.ca/public/
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