2012年05月01日

「異邦人」が日本の医師国試を受けるまで

林 大地
ボストン大学放射線科リサーチインストラクター

 イギリスで医学教育を受け、卒後の必修初期研修を終えた私には、その後に取りうる進路が2つありました。イギリスで臨床研修を続けて専門医の資格を取るか、帰国して日本の医師国家試験を受験し、日本の医師免許取得を目指すか―。「日本人である以上、祖国でも医師として働きたい」と思い、11年ぶりに本帰国する決断をしました。

 前回と話は前後しますが、「海外医学校を卒業した日本人」が日本の医師国試の受験にこぎ着けるまでを、今回はご紹介したいと思います。

日本の申請書類に頭を抱えるロンドンの担当者
 2006年2月に当時の勤務先(Medway Maritime Hospital)を辞め、3月半ばに帰国しました。そして、3月末日に厚生労働省を訪ね、医師国試の受験資格を認定してもらうための申請書類(表1)を提出しました。

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【表1 厚生労働省に提出した書類のリスト(※クリックして拡大)】

 この書類の準備が想像以上に大変でした。外国で卒業した医学校の施設水準が日本の医学部と同等だということを証明するため、母校キングス・カレッジ・ロンドン全体の教員数や附属病院の総床面積など、非常に細かい数字を記入する必要があったからです(表2)。

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【表2 外国医学校の施設現況書の内容 厚生労働省ウェブサイトより。(※クリックして拡大)】

 「このような書類を作成したことは、いまだかつてない」と、キングス・カレッジ・ロンドン学事課の担当者は頭を抱えてしまいましたが、「自分にできることは何でもするから」と必死に頼み込み、2カ月ほどかかって全ての書類がそろいました。ちなみに、このとき作成した書類は、「今後、私の後輩の日本人医学生が同じことを頼むときが必ずくるだろうから、きちんと保管しておいてほしい」とお願いしておきました。実際、その後に3人の後輩たちが日本の医師国試を受験することになりましたが、このときの書類が役に立ったと感謝されました。

 厚労省のウェブサイト[1]では、海外の医学校に学んだ者が医師国試の受験資格を申請するには、6年以上の教育課程を修了し、そのうち2年以上が進学課程、4年以上が専門課程でなければならない旨が記載されています。しかし、イギリスの母校に「進学課程」なるものは存在せず、5年の専門課程があるだけでした。また、提出書類として「外国における資格試験の合格証書」が必要ですが、そもそもイギリスには医師国家試験がないため、取得のしようがありません。

厚労省の柔軟な対応に感謝!
 この2点について厚労省の担当係官に尋ねたところ、「申請者の状況に応じて個別に対応するので、書面上の必要条件を100%満たしていないというだけの理由で自動的に申請却下することはない」との回答。こういうところに融通が利くのは、いかにも日本らしくてありがたいことでした。

 その言葉通りに申請書類が受理された後は、医師臨床研修マッチングの登録手続きへと進みましたが、ここで大きな問題が生じました。マッチングへの参加は、日本の医師免許を取得済みか、当該年度の3月に取得予定という条件があります。国内の医学部6年生ならば何ということもない条件ですが、私の場合は8月のマッチング参加登録締め切り前に医師国試受験資格が認定されることはないため、「取得予定」に当てはまらなかったのです。

 受験資格が認定されるのは11月に行われる日本語診療能力試験の合格後。それを待っているとマッチングに参加できません。「マッチング外での就職は原則として認めない」。イギリスと同様に日本でも、就職を希望していた病院からはこう伝えられており、とても困ってしまいました。

 そこで、厚労省と医師臨床研修マッチング協議会に相談したところ、5月の時点で厚労省より書類審査合格の旨をマッチング協議会に通達してもらい、「日本語診療能力試験後に受験資格が正式承認される見込み」という前提で、6月にマッチングへの参加登録を認めていただきました。このときの厚労省とマッチング協議会のフレキシブルな対応にはとても感謝しています。

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【図1 外国医学校卒業生が日本で医師免許を取るまでの道のり 筆者の経験による。(※クリックして拡大)】

日本の医学生はなんてよく勉強するんだ!
 もろもろの事務手続きと並行して、4月から医師国試に向けての勉強を始めました。ただ、国試対策だけの浪人生活を送るのは嫌だったので、東京慈恵会医科大学大学院博士課程医学研究科に入学して必修カリキュラムをこなしつつ、空き時間を利用して学内の図書館で勉強しました。最初の4カ月は不慣れな日本語の医療用語が頭に染み込まず、辞書で英訳してから英語で理解するという回りくどいプロセスを取っていたので、ストレスフルな日々が続きました。

 しかし、必死で問題集を解いているうちに、8月ごろからは英語を介さなくてもスムーズに理解が進むようになりました。当時の慈恵医大6年生(国試対策委員)の方々の厚意により、彼らと同じスケジュールに沿って同じ教材を使いながら勉強させてもらえたおかげだと思います。予備校のビデオ講座や大学講堂での模擬試験など、イギリスでは経験し得ないシステマチックな勉強方法には深い感銘を受けました。

 ただ、医学部最終学年のかなりの部分を受験勉強に費やさなければならないというのは、翌年から医療現場で働く立場としては、決してありがたくないことだとも思いました。キングス・カレッジ・ロンドン医学部の最終学年では、そのほとんどの期間が“student doctor”(見習いドクター)」[2]。大学病院やgeneral practitioner(一般開業医)のクリニックで臨床技能の習得・実践に明け暮れていたので、この点で日英における医学教育制度の大きな違いを実感しました。

 「教科書を読んでいる暇があったら、病棟やクリニックに出て患者から学んでこい」。イギリスの医学生時代にはこう指導されていたので、日本は逆だなあと感じました。同時に、「日本の医学生はなんてよく勉強するんだ!」という尊敬の念も抱いたのですが。

日本語という大きな壁
 マッチングに関しては、医学生時代に2カ月の短期留学をしたことのある慈恵医大病院で初期研修を行いたかったので、慈恵医大病院(本院)にのみ出願。面接と小論文による試験を経て、希望通りにマッチすることができました。ちなみに、先に述べたように慈恵医大大学院に入学したのは、この出願を見越してのことでした

 マッチング協議会の発表[3]によると、2006年度のマッチング参加者8604人のうち、「海外等の大学」出身者は37人(0.4%)にすぎません。アメリカにおける2009年度レジデンシーマッチングの統計[4]によると、総参加者2万9888人のうち、アメリカとカナダ以外の医学校卒業生は1万874人(36.4%)にも上ります。割合で比べると、日本の90倍もの海外組がマッチングに参加しているのです。

 このような差が出る原因は明らか。日本語の壁です。事実上の世界共通言語である英語に対して、日本語は国内限定の言語。医師国試受験資格を得るための条件の一つが、日本の中学および高校の卒業か、日本語検定1級合格ですが、日本に長く住んでいる人でなければ、よほど努力しないと越えられないハードルです。

 厚労省の海外医学校卒業生に対する医師国試受験資格の認定は、国によって異なる申請者の背景を加味した上で必要条件を適宜判断するという、公平かつフレキシブルなものでした。にもかかわらず、言葉の壁が立ちはだかって、「鎖国」に近い状況を生み出しているように思えます。

 ちなみにイギリスでも、2009年度のマッチング統計[5]によれば、初期研修医のポストを得られた6843人のうち、海外医学校卒業生の比率は2.2%にすぎません。イギリスはアメリカ同様に英語を主要言語としているにもかかわらずです。これは、そもそも初期研修医のポストの絶対数が少ないため、ほぼ全てが国内の医学校卒業生で埋まってしまい、海外医学校卒業生の入る余地がほとんどないという、イギリス特有の雇用状況が原因だと考えられます。

英日米のマッチングを経験して
 話を私の体験に戻します。11月になって、厚労省が実施する日本語診療能力試験を受けました。海外医学校卒業生が日本語で診療行為をするに十分な読み、書き、会話能力があることを確認するものです。

 試験当日は20人ほどの受験者がいましたが、日本人は私1人。ほかはほとんどが中国人で、韓国人と他のアジア人が数人いました。内科医、外科医、産婦人科医、小児科医の試験官からそれぞれ口頭試問を受けました。もっとも、19歳まで日本で育った身ですから、どの試験官も私と少し話すと、「なぜこの試験を受けているのか分からない」と言いたげな、不思議そうな表情をしていたのが印象的でした。

 正式に医師国試受験資格が認定されたのは12月。さっそく受験の手続きを済ませました。ここまで来れば、どの国の大学を卒業したかは関係なし。予備校の「直前必勝講座」を受講して本番に臨みました。

 試験会場は東京の町田市にある玉川大学。小金井市の実家からは片道1時間半程度かかるため、町田駅前のホテルに連泊して試験日程を乗り切りました。3日間8コマに及ぶハードな試験はイギリスでは未経験で、医学知識だけでなく、体力と精神力もテストされていると感じました。幸いにも無事に合格することができ、2007年4月から慈恵医大病院で初期臨床研修医として働くことになりました(写真)。

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【慈恵医大初期研修医時代、放射線科をローテーション中の筆者。】

 さて、前々回ではイギリス、前回ではアメリカ、そして今回は日本の研修医マッチングについて、自身の体験をもとに書いてきました。最後に、各国での就職活動にかかった費用についてまとめておきますと、イギリスでは完全に無料、日本ではマッチング自体の参加は無料ながら、国試受験料と予備校の授業料および教材費、3泊分のホテル宿泊代で30万円程度かかりました。アメリカでは面接に伴う旅費を含め、締めて1万ドル近く。イギリスは医療を受けるのも医療の就職先を見つけるのも無料で、アメリカはどちらも莫大な費用がかかる。日本はその中間といった感じです。

 「海外医学校を卒業した日本人」として挑戦した日本の研修医マッチングでしたが、多くの方々の支援のおかげで無事に就職することができました。この場を借りて、改めて感謝の意を表したいと思います。

【References】
1)厚生労働省:医師・歯科医師国家試験受験資格認定について.
http://www.mhlw.go.jp/topics/2012/05/tp0525-02.html
2)林大地:見習いドクター、患者に学ぶ―ロンドン医学校の日々, 集英社新書, 2008.
3)医師臨床研修マッチング協議会: 2006年度(平成18年度)医師臨床研修マッチング統計資料:マッチングの参加者数(大学別).
http://www.jrmp.jp/toukei/2006/2006toukei-4.pdf
4)National Resident Matching Program(NRMP):Charting Outcomes in the Match:Characteristics of Applicants Who Matched to Their Preferred Specialty in the 2009 Main Residency Match,3rd ed..
http://www.nrmp.org/data/chartingoutcomes2009v3.pdf
5)The Foundation Programme:Key documents.
http://www.foundationprogramme.nhs.uk/index.asp?page=home/keydocs#fpar
上記のリンク先にアクセスして“Foundation Programme Annual Reports”の中から“FP Annual Report 2009”をクリックすると、該当文書(PDF)をダウンロードすることができます。
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