2012年05月16日

患者を上手に待たせる秘訣をディズニーランドに学ぶ

渡瀬剛人
ワシントン大学救急医学領域
ハーバービュー・メディカルセンターAttending Physician

 お腹を空かせたあなたは、ようやくレストランにたどり着きました。奥ではウェイトレス数人が談笑していて、なかなかテーブルに案内してくれません。咳払いをして自分の存在に気づかせ、テーブルに座ることができました。

 ところが、今度はなかなか注文を取りに来ません。声を上げてウェイトレスを呼び、お腹をグーッと鳴らしながらハンバーグを注文しました。10分、15分、20分…。時間がたっても出てくる気配はありません。それどころか、後から注文したはずの隣の客に食事が運ばれています!

 店の者は申しわけなさそうにするでもなく、遅れの理由を説明することもありません。堪忍袋の緒が切れたあなたは、ゆでダコのように顔を赤くして席を蹴り、レストランを飛び出しました―。 少々大げさですが、似たような経験は誰にでもあると思います。

Maisterの8つの法則
 待たされて不機嫌になっている患者、しびれを切らして怒鳴り出す患者、待ちくたびれて帰る患者―。医療者として、こうした患者に接した経験を持たない人は少ないでしょう。医師もスタッフも、食事やトイレの時間も惜しんで精いっぱい仕事しているのに…。いったい何が問題なのでしょうか。ここでひとつ、興味深い文献をご紹介したいと思います。

 1985年にMaisterは“The Psychology of Waiting Lines”[1]を発表しました。書いてあることは至極当たり前なのですが、当たり前すぎて私たちが忘れてしまっていることに気づかせてくれます。

 まず、患者や客の満足度は、提供されたサービス自体の内容に必ずしも相関するわけではありません。Maisterが論文で紹介した次の方程式を見てください 。

satisfaction(満足)= perception(経験)− expectation(期待)


 満足度を上げるためには、経験(サービス内容)を改善するか、はなから期待を下げておくということになります。

 また、時間は誰にでも平等に与えられていますが、時間というものほど客観性と主観性を同時に兼ね備えたものはありません。病院での待ち時間に関する患者満足という問題に対処するためには、どのようにすべきでしょうか。次に挙げるMaisterの8つの法則の中で、特に医療に関係深いものを参照しながら考えたいと思います。

(1)何もしていない時間は長く感じる
(2)人はとにかく何かに取りかかりたい
(3)不安があると、待ち時間は長く感じる
(4)待ち時間が分からないと、長く感じる
(5)理由もなく、待ちたくない
(6)不平等な待ち時間は長く感じる
(7)価値あるものに対する待ち時間には寛容になれる
(8)独りの待ち時間は長く感じる


何もしていない時間は長く感じる
 お湯がいつまでたっても沸かない。信号がいつまでたっても青に変わらない。よほどのノンビリ屋でない限り、誰でもイライラしてしまいます。冷静に考えてみれば、お湯が沸くまで5分もかからないはずだし、1分もあれば信号は青になります。にもかかわらず、待っている間がどうして長く感じられるのでしょうか。それは「何もしていない時間は長く感じる」からです。

 ディズニーランドはアメリカでも、アトラクションを楽しむまで数時間待たされることがざらです。しかし、ディズニーランドのすごさは、その待ち時間を短く感じさせてしまうところです。例えば、グーフィーはアトラクション待ちの行列の前で芸を披露してくれ、客はいつしか時間を忘れてしまいます。また、最近の飛行機は、前の椅子の背面に個人用モニターが付いていますね。グーフィーの芸と同じく、長時間のフライトによる乗客の苦痛を紛らわすためです。

 ディズニーランドにしても航空会社にしても、実際の待ち時間や所要時間を短縮しているわけではありません。短くしているのは、客が「何もしていない」と感じる時間です。私の勤務するオレゴン健康科学大学病院でも、待合室にゲームを備え、院内にWi-Fi環境を整えて、できるだけ患者が待ち時間の苦痛を紛らわすことができるように配慮しています。救急の診察室にも無料ケーブルテレビを置いたり、ボランティアによる新聞や雑誌を配布したりしています。

不安があると、待ち時間は長く感じる
 皆さんはペットを飼ったことがあるでしょうか。私は犬を飼っていて、あるときその犬が行方不明になりました。幸いにも数日後に見つかったのですが、その間は今までの人生で最も長く感じられた時間でした。逆に、旅行の数日間はあっと言う間に過ぎ去ってしまいます。

 これは不安が待ち時間を長く感じさせるように作用するからで、病院を受診する患者の心理にもそのまま当てはまります。「脳腫瘍があるのではないか」「心筋梗塞があるのではないか」などと心配して受診している患者が検査などで待たされたとき、どのように感じているのでしょうか。頭部CTや心電図などで大きな異常がなければ、すぐにその結果を伝えてあげれば、それまでの心境はがらりと変わるはずです。患者の安堵した顔を見るときほど、医療者として充実感を覚えることはありませんよね。

待ち時間が分からないと、長く感じる
 「お客様コールセンター」に電話したら、「ただ今、回線が大変込み合っております。もうしばらくそのままで…」。この待ち時間も長く感じますね。気の短い私は、1〜2分もしたらあきらめてしまいます(企業側の戦略にはまっているのかもしれませんが)。どれほど待たされるか分からない状態で待たされることに、人は嫌悪感を抱くものです。

 冒頭に掲載した写真はアメリカのディズニーランドですが、アトラクションにできた行列の客に対して、おおよその待ち時間を示しています。これを見ることで、先に紹介した方程式のexpectationがしっかりと設定され、期待が極度に膨らむことを防ぐ効果があります。 Amazonで品物を購入すると発送日や到着日を明確に教えてくれたり、レストランで満席のとき「あと30分でご案内できます」と言われたりするのと一緒です。

 病院で患者を待たせるときも、おおよその待ち時間を伝えるだけで、患者の満足度は大きく変わってきます。CTにせよMRIにせよ、大半の患者は所要時間を知らないのですから、「CTを撮り終えて読影するまでに1時間かかりますよ」というように、しっかりと伝えましょう。

 ただし、ここで一つ注意が必要で、“underpromise and overdeliver”を忘れてはなりません。要するに、1時間かかりそうなときは1時間半かかると伝えておく方が無難だということです。実際の検査の結果待ちに1時間15分かかったとき、1時間かかると伝えられていた患者と、1時間半かかると伝えられていた患者、どちらの気分がいいかは自明ですね。

 私の勤務する病院でも、患者を残して診察室(個室)を出る際は「予想待ち時間」を伝えるよう、スタッフに教育しています。また、部屋の壁に貼ったポスターには、様々な検査のおおよその待ち時間が示してあります。(前回も紹介しましたが、アメリカでは昔から患者を個室で診るという習慣があり、その場合、診察や処置の区切りがつくまで患者は個室にいてもらいます)

理由もなく、待ちたくない
 先日、私が乗った飛行機が滑走路へ向かう途中で止まってしまいました。5分もたつとソワソワしてきて、気を紛らわそうとしても、いつ動くのかが気になって仕方がない。待たされている理由の説明がなかったこともあり、待ち時間が長く感じられました。

 患者がCT検査を待っているとしましょう。同じくCTを必要とする重症患者が後から来るなどして、待ち時間が予想以上に延びることもあります。しかし、そのやむを得ない事情をしっかりと説明すれば、多くの患者は納得してくれることでしょう。私の勤務する救急外来では、待たせている患者のもとを医師または看護師が1時間に1回は訪れ、遅れの原因を説明するように努めています。

 待つということは何ごとにおいても避けられません。実際の待ち時間を減らせる余地があれば、サービスの観点からも減らしていくべきですが、どう頑張ってもゼロにすることは不可能です。それでも、「待たされている」感を和らげるための工夫をすれば、多くの人が良心的だと評価してくれます。

 絶対的(客観的)な時間のコントロールは難しいけれども、相対的(主観的)な時間ならば比較的簡単。サービス提供者は、このことを常に意識しておくべきだと思います。

 今回は、医療者として「患者を待たせる」ことにどう向き合うべきか、考えるヒントを述べました。知識や技術が求められるのはもちろんですが、医療者として、患者の立場で考える姿勢は常に持っておかなければいけません。その意味で、顧客の気持ちに真剣に向き合っている他業界から学ぶことは非常に多いと感じる今日このごろです。皆さんも、ディズニーランドや一流のホテルなどを訪れた際は、こうした視点で観察してみてください。きっと新たな発見があると思います。

【References】
1)David Maister:The Psychology of Waiting Lines,1985.
http://davidmaister.com/articles/5/52/
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