2012年06月28日

身をもって知ったデング熱の恐ろしさ

医師が病気になったとき―「デング熱」編

寺川偉温/寺川瑠奈
ファミリー・メディカル・プラクティス・ホーチミン内科医/同・小児科医

 ベトナムに来て1年半ほどがたったある日の朝、妻(瑠奈)が高熱を出しました。こちらに来てしばしば体調を崩していた私とは対照的に、妻は当地での妊娠と出産を無事に乗り切り、その間も特に調子を崩したことはありませんでした。それなのに、急に高熱が出たのです。特にかぜ症状や下痢を伴わない発熱という点で、嫌な予感がしました。

 予感は的中し、そのまま3日が過ぎても高熱は治まる気配がありません。激しい頭痛や関節痛も伴っていました。ぐったりした妻をクリニックへ運んで採血を受けさせると、血算では白血球(WBC)と血小板(Plt)の減少傾向が見られ、さらにデング熱の迅速抗原検査が陽性。当然、デング熱の診断が下されました。

症状は激しいのに、打てる手は限られる
 デング熱は、ハマダラ蚊などの蚊が媒介するデング熱ウイルスによって引き起こされる感染症です。英語では“break-bone fever”とも呼ばれる通り、全身の関節痛や筋肉痛があり、高熱が7〜9日ほど続きます。目の奥の痛みや光過敏症状も見られ、発熱後数日で全身に発疹が出ることが特徴的です(写真1、2)。ほとんどの患者において、解熱するまで白血球と血小板の減少傾向が続きます。なお、デング熱の重症型であるデング出血熱では急激に症状が進み、ショック状態になったり、全身からの出血を起こしたりして、死亡率もかなり高くなります。

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【写真1 デング熱における手掌の発赤 教科書などへの記載はあまりないようですが、手掌や足底に発赤やかゆみの症状が出る患者も多く見られます。(本稿のケースではありません)】

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【写真2 デング熱における足底の発赤 (本稿のケースではありません)】

 世界では毎年5000万人がデング熱に感染していると言われ[1]、東南アジアを含む熱帯地方では雨季を中心に流行が見られます。特にベトナムでは毎年10万人近くの感染者が報告されており、私の勤めるクリニックでも外国人を中心に毎年100人前後がデング熱の診断を受けています。私は幸いにもデング出血熱の患者は診たことがありませんが、6年ほど前に当地の邦人がデング出血熱で亡くなったことがあるそうです(小耳に挟んだ経過から、そうだったと思われます)。

 こちらに来て、デング熱の激しい症状に初めて接したときは本当に衝撃でした。高熱と全身の痛みに苛まれながら白血球と血小板が減少していく様は、腫瘍患者が抗癌剤治療の副作用である骨髄抑制に苦しんでいるかのようでした。しかも、そのつらさを大きく緩和する手段やウイルスそのものに対する劇的な治療法はありません。予防法も今のところは蚊に刺されないようにするしかありません。ワクチンが開発中(第3相)という話もありますが[2]、早く実用化されることが望まれます。なお、軽症例もあり、「最近だるいな」と思っていたら湿疹が出て、受診したらデング熱だったという方もいます。

 妻の診断が付いた日の夜、私は日本に暮らす自分の母へ電話をかけました。このまま経過すると数日後には入院となる可能性があり、当時まだ5か月の長女と3歳の長男の面倒を見てくれる人が必要になると思ったからです。わざわざ日本から来てもらうほどのことかどうか悩みましたが…。

 39℃前後にもなる高熱は来る日も来る日も続きました。ひどい倦怠感もあり、時々水分を摂る以外はほとんど一日中寝ている状態でした。食事はのどを通らず、ついに母乳も出なくなってしまいました。私が毎日自宅で採血と点滴を行いましたが、白血球は2400→1400→1000/μL、血小板は6万7000→5万5000→4万3000/μLと、日を追うごとに下がり続けました。そして、白血球が890/μL、血小板が3万2000/μLまで下がった発熱7日目、さすがにこれ以上自宅で看病するのは危険だろうということで、クリニックに入院させることにしました。

 長い夜が明けて発熱8日目の朝、妻の様子を見に行くとすでに熱は下がっており、白血球も血小板も上昇傾向にありました。これまで診てきた患者たちの経過から、そろそろ解熱するはずだと分かってはいましたが、実際に回復に転じてくれてホッと胸をなで下ろしました。

 さて、ここから先は当人の瑠奈にバトンタッチして、“デング熱闘病記”をお届けしたいと思います。

「このまま死ぬかもしれない」と涙
 当時の白紙だらけの日記をめくってみると、私が熱を出したのは2010年9月23日のことでした。解熱薬を飲んで翌日になっても常時38.5℃以上。とにかく首が痛くてたまらなかったのを覚えています。ただ、血液データを書きとめておくことは忘れませんでした。

 第3病日、あまりにつらくて水分も摂れないのでクリニックを受診したところ、デング熱迅速検査(※1)陽性で、デング熱であることが分かりました。知識としては頭にあっても、「そんな馬鹿な。自分がかかるなんて」という感じでしたが、横で見ていた夫は「やっぱり…」と思っていたようです。

 熱の勢い、倦怠感、鎮痛薬を飲んでも引かない痛み。どれも体験したことのないものでした。デング熱と分かってもこれといった治療法があるわけではないので、血液データを見ながらひたすら養生するのみです。第4病日における自分の状態を後から思い出してメモしたのが、写真3の落書きです。「自分の体が重くて動かせない」という説明書きも添えてあります。

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【写真3 あのときのつらさが少しでも伝わるでしょうか。「自分の体が重くて動かせない」という説明も書いていました。】

 第5病日、義母が応援に駆け付けてくれて気は楽になりましたが、相変わらず熱は引かず、39℃台。漂ってくる料理の臭いで嘔吐することも。朦朧とした意識の中で「このまま死ぬかもしれない」と生まれて初めて本気で思い、子どもの成長を見られぬ悲しさに一人涙したこともありました。

 ただ、夫が自宅で毎日看病をしてくれ、採血や点滴まで行ってくれたのはとてもありがたいことでした。ここだけの話、「医師と結婚してよかった」と思ったのは、このときが初めてです。入院しない場合、デング熱患者は毎日通院して血算の採血をする必要がありますが、少なくとも私には病院に行く気力は微塵もありませんでした。「本当に体がしんどい人は、病院になんて来られないんじゃないかなあ」と身にしみて感じました。

 第7病日、ついに白血球が890/μL、血小板が3万2000/μLとなって入院することになりました。このとき初めて腕と脚に細かい紅斑が現れ(写真4)、かゆみにも耐えなければなりませんでした。入院中、隣の部屋にいた整形外科の術後患者が深夜に大音量でサッカー中継を観ていることに腹が立ちましたが、今になって思えば、周囲に意識を向けられるほど回復しつつあったのでしょう。

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【写真4 細かい紅斑が四肢に広がっていきました。】

 熱が下がったのは翌日で、白血球は3300/μL、血小板は4万3000/μLまで盛り返していたので、退院となりました。当時5カ月の娘を再び腕に抱けたことに心から安堵し、そのふわふわで瑞々しい体を抱き締めて「ああ、これが命なんだなあ」と、しみじみ思ったことは忘れられません。

アパート管理人がようやく実行したデング熱予防策とは
 ただ、解熱しただけでは終わらないのが、他の感染症と一線を画すデング熱の特徴です。退院したものの体のだるさはあまり抜けず、日記には「まだ起きていられない」と書いてありました。もちろん1週間も高熱が続いたのですから体力の消耗はあるでしょうが、体が自分のものではないような違和感は2週間くらい続いたと思います。

 解熱して3日後に人と話していたとき、相手の言うことが聞こえないという症状もありました。出産後のように一時的に視力も落ちました。デング熱の症状は様々です。「デング熱は生命力そのものを削る病気なんだな」という印象を持たざるを得ませんでした。

 その後、デング熱の患者がいたら必要以上に優しくしてしまうのは言うまでもありません。だって、ものすごくつらいんですから! ただ、私が診た限り、小児のデング熱は成人に比べると軽症で済むことが多く、入院に至ることは断然少ないという印象を持っています。教科書的には「重症例は小児に多い」とされているのですが。

 ちなみに、私が発熱する2週間ほど前、うちの隣に住むアメリカ人家族の旦那さんもデング熱にかかっていました。ほぼ同時期に近所で複数のデング熱患者が発生したわけです。アパートメントの管理人に知らせておいた方がよいだろうと思って連絡したところ、そのベトナム人女性は「デング熱?うちの子も2回かかっているわよ」と爽やかな笑顔が返ってきました。

 その後も「週に1度の駆虫剤の散布を増やしてください」「近所にある水たまりのような水路をどうにかしてください」などとしつこく訴え続け、管理人がようやく取った対応はというと…。

 オープンスペースの玄関ロビーにぽつんと置かれた電気式蚊取り線香。しかも3日間限定。やはり、自分の身は自分で守らなければいけないようです。

※1 こちらではデング熱の迅速検査としてDengue NS1抗原とDengue IgM/IgG抗体という2種類のキットがあります。どちらも30分ほどで結果が出ます。NS1は病初期に陽性となり、数日後にIgM/IgGも陽性化します。

【References】
1)WHO:Dengue and severe dengue,Fact sheet N°117,2012.
http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs117/en/
2)FACT SHEET:LEADING DENGUE VACCINE CANDIDATE COULD CHANGE THE LIVES OF MILLIONS,SANOFI PASTEUR,2012.
http://www.sanofipasteur.com/sanofi-pasteur4/sp-media/SP_CORP4/EN/283/2078/Factsheet_Dengue_SP_Commitment_2012_03_06_EN.pdf
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