2012年07月25日

診察室で巻き起こった“国際紛争”

内野三菜子
トロント大学プリンセスマーガレット病院放射線腫瘍科

 私のチーム(乳癌を担当しています)には3カ月ごとにジュニアレジデントがローテーションしてきます。ジュニアレジデントとは、ここで初めて放射線治療に触れる研修医だと思ってもらえればいいでしょう。カナダにおける臨床研修は卒後すぐの時点で自分の専攻を決めて配属に至るというもので、1年目に内科など関連各科を回った後、2年目から自分の専攻科に配属されます。

 勉強のため、新患の診察はなるべくレジデントに担当させることになっています。一通りの診察を終え、放射線治療の概要を患者に説明したら、上司のスタッフを呼んで確認を兼ねて包括的な説明を再度してもらう、というのが通常の流れです。たいていは、3人の新患枠のうち2人をレジデントに担当してもらい、残り1人を私が担当します。へろへろになっているレジデントを横目に、自分が担当する新患に加え、長期経過観察の患者を手際よく診察していくが私の業務です。経過観察の患者があふれていて、たまたまレジデントに余裕があるようなときは、経過観察患者の診察をレジデントにも担当してもらいます。

 私たちの外来は水曜午前。その診察エリアは午後になると放射線腫瘍科の別の医師が使うし、ナースたちの昼食の都合もあるので、「定時に切り上げられない」という事態は全力で回避しなくてはなりません。水曜日の正午は、吹き抜けになっている待合ホールでボランティアによる週替わりのミニコンサートが始まります。音楽が流れ始めてもチャートが山積みという事態に突入すると、表向きは気持ちよく働いているナースたちのまなじりからは笑みが消えています。

 時に見守り、時に助け合い、時にボケと突っ込みの応酬を繰り広げる運命共同体―。それがこのチームにおけるレジデントと私の関係です。

激高する国連難民保護官と困惑するレジデント
 “事件”はイラン人レジデントが診察していた、とある新患の診察で起こりました。その日はたまたま新患が2人だったので、私と1人ずつシェアしたのですが、ほぼ同時に診察を始めたにもかかわらず、隣のレジデントからは上司に対する「お願いします」のコールがちっともかかりません。

 「いつもそんなに手間取らないのに、今日は長い時間かかっているな」と思っていたら、ようやく上司が部屋に入っていきました。しかし、今度は入ったきり全然出てきません。不審に思いつつも、正午を告げる軽快なジャズアンサンブルが流れ始めたため、事情を確認できないままに外来終了となりました。

 翌日、事の顛末を聞かせてもらったら、何とも仰天の内容でした。昨日の新患は全く英語の話せないクルド人の難民で、国連の難民保護官が通訳を兼ねて付き添っていたのだそうです。しかし、診察の途中で担当レジデントがイラン人だと分かると、その保護官が「お前がこの人の家族を、村の人を、皆殺しにしたんだ!」と怒鳴り始め、収拾がつかなくなってしまったとのことでした。

 クルド人はオスマン帝国の解体後、トルコ、イラク、イラン、アルメニアと広範囲にまたがって、それぞれの地で少数民族として生活しており、それぞれの国の統治機構との武力闘争も絶えません。保護官の言動から察するに、患者はイラン出身のクルド人なのでしょう。イラン人であっても体制との間で不都合があれば難民となって移民してくる人もいますから、両者がカナダで鉢合わせすることは十分にありうることです。

 わらにもすがる思いで、プロレスならばぎりぎりでロープにタッチした状態で呼んだ上司が部屋に入って真っ先にしたのは、選手を赤コーナーと青コーナーに引き離すレフェリーのごとく、食ってかかる保護官と困惑するレジデントの間に割って入ることだったそうです。そのレジデントは正確にはカナダ国籍のイラン系カナダ人で、思わぬ展開に大狼狽。一方、当の患者本人はと言えば、英語が全く分からないので静かに微笑んでいるだけだったそうです。

 普段、患者担当を振り分ける際には、必要以上に気を遣うことなく平等に行っていましたが、この件については、先に事情が分かっていれば私が引き受けた方がよかったと思いました。そのレジデントは少なからずショックを受けたようですが、患者本人からの攻撃がなかったのが救いでした。この一件があった以降は、保護官による通訳ではなく、難しい内容の理解に限界はあっても、英語の分かる家族の人に付き添ってもらうようにしました。込み入った話はボランティアの通訳サービスを併用し、念のため治療中の診察は私が担当するということで事態の解決を見ました。

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【友人のKari Maaren氏に今回の話を描いてもらいました(※クリックして拡大)】
通訳「イラン人の医者がクルド人の患者を診るなんて、もってのほかだ!」
医師「あの、通訳だけしていただきたいんですけど…」
通訳「お前がこの人の家族を皆殺しにしたんだ! お前はこの部屋にいる資格すらないんだ!」
医師:「あ、あのぉ、ここはカナダですし、それに、あなたがおっしゃるようなことには、私は何もかかわっていませんよ! 」

通訳「患者さんは水が1杯欲しいんだそうだ」「殺人者どの」
医師「水だけでよろしいんですよね? イラン人への報復は抜きで」

「あなたが日本人の医者でよかったわ」
 こうした国際紛争に由来するトラブルの発生を間近に見ると、ある意味でその“カヤの外”にある日本人という立場は意外に助かります。かつて、「マケドニア人」の患者から「あなたが日本人の医者でよかったわ」と言われたことがありました。私の不用意な「マケドニアというとギリシャの方ですか?」という一言が発端でした。

 マケドニアという地域は、旧ユーゴスラビア連邦の一構成国として独立したマケドニア共和国と、ギリシャやブルガリアなどの国土の一部にまたがるのですが、前世紀に高校の世界史の授業で習ったまま、どうしても日本人にとってははるか遠方のなじみの薄い地域のことでもあり、とうに忘却のかなたにありました。この患者はマケドニア共和国の出身で、「ギリシャと一緒にしないで。マケドニアの分割はイギリスとフランスが仕組んだものなんだから」と立腹してしまいました。私が無知を詫びると、「いいのよ。歴史というものは常に勝者が書くものだから無理もないわ。あなたが日本人でよかった。イギリスとフランスにくみしていないから信用できる」。

 今のところトロントの街の治安は良好で、人種差別的な感情によりトラブルが起こることはほとんどないと言ってよいほどです。それは「多様性は力」をモットーに、あらゆる「違い」を受け入れ乗り越えて、一つのコミュニティーとして運営していこうとする地域の人々の意志あっての賜物です。それでも時々、自分が呑気な島国から来てしまったことを思い知らされることはありますし、人の命にかかわる繊細な場面だからこそ、いっそうナーバスになるのでしょう。そこから考えを巡らすと、私は残念ながら参加したことはありませんが、紛争地域のただ中で行う医療活動はきれい事だけではとうてい済まない現実があるだろうことが容易に想像できます。

 昼下がり、音楽ボランティアによる軽快なオールディーズの生演奏が聞こえてくる外来でチャートの山に目をやりながら、せめて診察室の中でくらいは平和に過ごしていただきたいと祈る次第です。
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