2012年08月08日

厚労省での2年間を経て、「幸せの国ブータン」へ

西澤和子
Jigme Dorji Wangchuck National Referral Hospital新生児科(小児科専門医)
京都大学ブータン友好プログラム(京都大学霊長類研究所)特別研究員

 読者の皆様、はじめまして。西澤和子(にしざわよりこ)と申します。2011年5月から、南アジアに位置するヒマラヤの小国ブータンで、新生児(生後4週未満の赤ちゃん)を専門に診療する小児科医(新生児科医)として働いています。

 人生は計画通りにはいかないものです。帰国子女でもなく大した留学経験もないこの私が、日本から遠く離れた異国の地で、しかもいわゆる開発途上国と呼ばれる国で、現地の医師たちと同じように臨床医として働くことになるとは、自分でも全く想定していませんでした。

 東日本大震災が起きた昨年、私は後ろ髪を引かれつつも、運命に導かれるように日本を後にし、このヒマラヤの小国に降り立ちました。ここに至るまでの過程、そしてここで見たこと、感じたこと、経験したことを、この連載を通じて日本の皆様にご紹介できれば幸いです。

厚労省での2年間、グローバルの利害調整と合意形成を目の当たりに
 かつては「ブータン王国」と聞いて「アフリカの国?」と勘違いされていた方もいたと思います。しかし今は、2011年11月に国賓として来日された若い国王夫妻が、国会で歴史的な名演説をなさり、福島を訪れて龍のたとえ話(※1)で被災者を勇気付けられた「あの国」。こう言えば、きっと多くの方の胸に刻まれているのではないでしょうか。

 ブータンは、九州ほどの面積の国土に70万人が住む、小さな山岳国家です。北は中国(チベット)、南はインドと、アジアの2大国と国境を接し、ネパールの東、バングラデシュの北、ヒマラヤ山脈の南麓に位置します(図1)。チベット仏教を国教とする唯一の独立国としても知られ、いわゆる「後発開発途上国」(least developed country)に数えられながら、国民総幸福(gross national happiness;GNH)(※2)を国是に掲げ、経済開発至上主義に一石を投じる。グローバルパワーと一線を画すユニークな国です。

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【図1 ブータンと周辺諸国の位置関係】

 かくいう私も2009年までは、「ブータンって、どこの国?」といった状態。ほとんど何も知りませんでした。

 2009年4月―。私はそれまで働いていた大阪の病院からの人事交流で、厚生労働省で働くことになりました。もともと学生時代に医学教育振興財団主催の医学交流プログラムでイギリスを訪れたことがきっかけになり、その後もアメリカやタイなど医療制度の異なる様々な国で医療に触れた経験から、臨床医学だけでなく、制度や文化、社会的状況の違いが人々の健康アウトカムに及ぼす影響の大きさに強く関心を寄せるようになっていました。

 臨床医学を究めるとき、多くの方が分子医学やミクロの世界に探究心を燃やされるのかもしれませんが、私の場合はどちらかと言えば逆でした。population-basedというか、時空を超えてよりマクロの視点から全体をとらえ直すことで真理を追究する、いわゆる「公衆衛生」により魅力を感じるようになり、東京大学医療政策人材養成講座に参加するなどして少しずつ自分なりに勉強を始めていた矢先に、突然訪れた好機でした。しばらく臨床を離れることにそれなりの迷いはありましたが、せっかくの好機を大切にして、小児医療をはじめとする「臨床医学」と公衆衛生をはじめとする「社会医学」との接点を模索していこうと決心を固めました。

たった一人のブータン代表、Dr.ルンテンとの出逢い
 2009年6月、私は厚労省の国際協力専門官として、初めてWHOの国際会議に出席しました。当時は新型インフルエンザが猛威を振るったさなかで、その対策本部にも籍を置いていた私は、準備もままならないまま背中を押されるようにして日本を後にしました。 

 日本政府代表団はたった2人。おまけにWHOのTDR(Special Programme for Research and Training in Tropical Diseases)という特別プログラムの理事国改選の年でもあったため、重責による緊張感で、きっと私の顔は相当こわばっていたに違いありません。そこへ1人の若い女性が近づいて来ました。ブータン政府代表のDr.ルンテンでした。

 「選挙は嫌なものよね。私も経験があるわ。でも大丈夫。ブータンはいつも日本の味方よ」

 彼女はそう言って、日本への支持を約束するのみならず、日本の候補者の選挙運動まで手助けしてくれたのです。Dr.ルンテンは英語に堪能で、頭脳明晰・明朗快活。利害がぶつかり合う国際社会の現場を、たった1人のブータン政府代表として立派に渡り歩いていました。お世辞にも大国とは言えないブータンに、なぜ彼女のような優秀な人材がいるのか、そしてなぜ日本に好意的に接してくれるのか―。思えば、そんな疑問がブータンに関心を抱く最初でした。

グローバルヘルスの世界から、再び臨床の現場へ
 厚労省での2年間は、まさに日々が新しい学びの連続でした。私の配属された部署は厚生労働行政における国際業務全般を担当しており、国際協力だけにとどまらず、国際情勢に関連する国内施策、国内施策に関連する海外での動向にも神経を張り巡らせなければなりません。業務は非常に多岐にわたっていて、緊張の連続でした。

 海外とのやり取りはもちろんのこと、省内各部局や関係省庁間の調整を求められることもしばしばでした。国内外を問わず、いわゆるグローバルヘルスの世界ではどのようなことが問題となっていて、どういったステークホルダーがどんな役割を果たしているか。それぞれの利害を調整しながら何を根拠にどのように合意形成していくのかを、まさにon the jobで学ばせていただきました。

 厚労省での2年間で目を開かされ、公衆衛生の魅力に目覚めた私は、そのまま入省して公衆衛生の道を進むことも考えていました。ところがそんな折、偶然、私の担当するJICA(独立行政法人国際協力機構)の研修に参加していたブータン人医師から、ブータンの医療の状況を聞かされました。ブータンは極度の慢性的な医師不足に悩まされていて、特に小児科医は国全体でも両手に満たないほど。新生児を専門にする医師に至ってはたった1人しかいないというのです。

 思えば初期臨床研修を終えたころ、「子どものために生き、子どものために働くことをライフワークにしよう」と心に誓い、小児医療の道を志した私でした。それからも小児科研修、引き続いて新生児研修と、恩師や同僚、患者さんたちに助けられながら、日本の医学教育・研修システムの中で約10年もかけて新生児診療に専門性を持つ医師に育てていただきました。

 20歳代から30歳代にかけ、そうして培った全ての知識・経験をアウトプットできる場として、「臨床医学」と「社会医学」の接点を求めていたのですが、ブータンの話を聞いてからは、ブータンのことが脳裏に常にぼんやりと浮かんでいました。新生児死亡率が日本の約35倍(2008 年現在)で、人口10万当たりの医師数は日本の約10分の1(2006年現在)。このような状況の国で、現地の医師たちは、何を考えながら、どう暮らしているのだろうか―。

 そんなことが気になり始め、「ひょっとしたら、自分も何かのお役に立てるのではないか」と思うようになりました。すると、私をブータンに導く人々が自然に次々と現れ、気がつけば彼らと一緒に汗水流して患者さんのために働く機会を与えられていました。

 縁というのはつくづく不思議なもので、こちらの人はそのことを英語で“karmic connection”(karmicはkarmaの形容詞形)と呼ぶそうです。「いつどこで誰と出逢い、何をし、そして人生をどう生きるのか―。それは全部ここに書いてあるんだよ」。ブータンの人々はそう言って、自分の額を指でなぞって見せます。私がこの国に来た理由もまた、そんなご縁の賜物…と言えるかもしれません。

日本の医療にはないものもあり、イコールパートナーとして学び合える
 保健医療分野の国際協力というと、開発途上国でのNGO(非政府組織)、国際機関やJICAなどのODA(政府開発援助)による人道援助や公衆衛生活動などを思い浮かべられる方も多いかもしれません。紛争などで治安が不安定だったり、安全な水や安定的な電力の供給もままならなかったりする開発途上国では、肺炎や下痢などの感染症対策や予防接種、栄養状態の改善といったことが非常に重要になります。

 しかし、これら公衆衛生と並行して臨床医学も発展させなければ、健康アウトカムの改善にはつながりません。両者はまさに車の両輪で、どちらが欠けても健康を守るシステムは成り立たないのです。ところが、臨床医が国際協力の現場で活躍できる機会は非常に限られているのが実情です。

 また、国際協力の現場では、支援する側/される側という一方向の関係性が一般的です。しかし、実際の現場で働いてみると、「限られた資源の中で何を工夫すれば、現状を少しでも良くできるか」「医療において大切にすべきものは何か」「人を幸福にする医療とは何か」…。物にあふれ、高額の治療でも願えばかなう先進国の医療では見えてこなかったものに気づかされることもあります。

 経済的に豊かとは決して言えないブータンですが、「国民総幸福」の理念の下、これまでのところすべての保健医療サービスで「国営・無料」が貫かれています。もちろん、理想と現実の間で様々な困難に直面していることも事実です。しかし、日本では当たり前のものがない一方で、日本にないものがあったりもして、いろいろなことが非常に興味深く、まさに双方向に学び合うイコールパートナーとしてお付き合いさせていただいています。

※1 2011年11月18日、ジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王(第5代)は王妃を伴って福島県相馬市の小学校を訪問し、「龍は私たち皆の心の中にいて、経験を食べて成長します。だから、私たちは日増しに強くなるのです」と激励のメッセージを寄せた。

※2 国民総幸福:ジグミ・シンゲ・ワンチュク国王(第4代)が提唱した理念で、国家として経済的・物質的な豊かさではなく精神的な豊かさを求めるべきとの考えから、「国民全体の幸福度」を反映する指標とされている。詳しくはhttp://www.grossnationalhappiness.com/参照。
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