2012年08月29日

医療ミスの防ぎ方を他業界に学ぶ

あなたの“コミュニケーション”、ちゃんと伝わっていますか?

渡瀬剛人
ワシントン大学救急医学領域
ハーバービュー・メディカルセンターAttending Physician

 7200億円。2006年、エアバス社が目玉製品の2階建て超大型旅客機A380の製造・納入を遅延させたことで負った推計損失額(補償金)はこれほどに上りました[1]。異なる国の工場で分業して機体を製造していたものの、各工場で使用するソフトウェアのバージョンが統一されていなかったため、いざ飛行機を組み立てる段階でうまくドッキングできなかったというのが遅延の理由です。その結果、1機当たり530kmのケーブル、10万本の導線、4万個の接続端末と格闘する日々が始まったのでした。「工場間のコミュニケーションをもっと円滑にしておけば…」と、エアバス社は悔やんでも悔やみきれなかったことでしょう[1、2]。

「相手がどう受け取ったか」が大事
 さて皆さん、医療の世界におけるミスの原因、第1位は何かご存知ですか? 知識欠如? 技術不足? 疲労? 機器の故障? どれもミスの原因としては間違いありませんが、最も悪名高く第1位とされるのはコミュニケーションの問題です[3]。

 まず肝に銘じておくべきは「コミュニケーションの成否は『伝えた程度』ではなく『伝わった程度』に依存する」という点。「とりあえず話したのだから相手は理解しただろう」というのは、まったくの勘違いです。皆さんにも経験ありませんか? 膨大な量の情報を押し付けようとして話し続ける人の講演や授業を聞き、頭がいっぱいになったことが…。

 医療の世界では多くの情報が取り扱われ、何が重要なのかはっきりしないこともしばしばあります。その中から意味のある情報をつかみ出し、それを解釈して申し送る(コミュニケーションする)ことは、一朝一夕でできる技ではありません。ただ、比較的簡単にコミュニケーション・ミスを防止するためのツールはいろいろと工夫されているので、以下にご紹介します。必要な情報を過不足なく正確に伝える力は、申し送りの際だけでなく、他科へコンサルトする際にも役立ちます。

声に出して復唱!―closed loop communication
医 師「アナフィラキシーショックだ。エピ。エピ1mg静注!」
研修医「はい、分かりました」(あれ? アナフィラキシーのときは投与法が違ったような気がするけれど、言われた通りに投与しよう)
 エピネフリン1mg静注後、患者が急変
医 師「何で良くならないんだ? ちゃんとエピ0.3mg筋注したんだろうな?」
研修医「えっ? 1mg静注じゃなかったんですか?」

 このようなやりとりは、どの医療現場で起こってもおかしくありません。では、どうしたらこのような投薬ミスを防ぐことができたのでしょうか?

 軍隊や救急隊などで使われる会話方式にclosed loop communicationというものがあります。大層な名前が付いていますが、要は「相手が言ってきたことをそのまま繰り返し、相手に確認しましょうね」というだけのことです。上記の例では、研修医が「1mg静注ですか?」と聞き直していたら、ミスを防げた可能性が十分にあります。

 実は、このコミュニケーションは皆さんも身近で経験しているはずです。レストランで注文する際、お店の人が注文内容を繰り返してくれるアレです。レストランではclosed loop communicationができているのに、医療現場には浸透しないのはなぜでしょうか? 人種のるつぼであるアメリカでは、何もかも言語化することが当たり前になっているのに対して、日本では「あうんの呼吸」という文化が根付いており、「あえて言葉に出す必要はないだろう」という考えがまかり通っていることも、浸透しない要因の一つだと感じます。

 こうしたことは、「復唱は恥」ととらえる気質にもつながっているのかもしれません。しかし、医療現場で優先すべきは言うまでもなく、社会のしきたりよりも患者の安全です。closed loop communicationは、特にミスの許されない患者急変時などで威力を発揮するはずです。

集中すべきときは緊急性のない用事を排除する―sterile cockpit rule
 航空業界にも、一般的に用いられるコミュニケーション・ルールがあります。飛行機が最も事故を起こしやすい“魔の時間”とされるのは離陸時と着陸時です。最も典型的な例として挙げられるのは、1974年にノースカロライナ州で起こった墜落事故で、78人の搭乗者のうち71人が死亡しました。このときは着陸時でしたが、国家運輸安全委員会によって、パイロットと客室乗務員が操縦業務と無関係の話をしていたことが原因とみなされました。これを受けて、「離陸および着陸の際(高度約3000m以下の空域を飛行する間)、客室乗務員からコックピットへの連絡を原則として禁止する」というルールが1981年に作られました。sterile cockpit ruleと呼ばれています。

 このルールに関わる出来事として、私自身にも思い当たるものがあります。私が患者に挿管しようとしているまさにその時、看護師が声をかけてきました。「(別の患者に与える)薬剤のオーダーがないので、記入お願いします」。開いた口がふさがりませんでした。

 皆さんにも経験ありませんか? 当直明けで日勤帯の医師に申し送りをする際、さほど緊急を要しないことで他の人から話しかけられたり、事務から書類のことで電話があったり…。「別にそれくらい大したことじゃないし、相手あってのことだからやむを得ない」と思う方もいるでしょうが、申し送りに行き違いが生じて一番の被害を受けるのは患者です。

 医療現場において、コミュニケーション・ミスは特に申し送り時に起こりやすいとされています。そこで、アメリカの麻酔科や心臓外科の分野では、sterile cockpit ruleを取り入れることで患者安全を向上させています[4、5]。皆さんの職場でも、申し送りは個室で行うことにしたり、その間だけは院内電話を切っておくなど、工夫してみてはいかがでしょうか?

申し送りの様式を標準化―SBAR
 必要な情報を端的に遺漏なく伝えるためアメリカ海軍で開発された、SBARという情報伝達法があります。アメリカの医療保険グループKaiser Permanenteは、これを医療現場で活用しています[6]。例えば、シフト交代時の医師同士の申し送りでは、次のように伝達します。

Situation=「○○さんは、冷や汗と吐き気を伴う胸痛で来院しました」
Background=「既往歴として高血圧と糖尿病があります。心電図で特にST上昇はありませんが、アスピリンとニトログリセリンを与えました。今は胸部X線と心筋酵素の結果待ちです」
Assessment=「来院状況から、虚血性心疾患に由来する胸痛ではないかと気になります」
Recommendation=「たとえ検査結果で異常なしでも、経過観察入院をさせて循環器科に診てもらった方がいいと思います」

 現在、申し送り時にSBARを取り入れているアメリカの病院は非常に多いです。実際、SBARによって申し送りのミスが減ったという報告もあり[7]、私がかつて勤務していた病院もこれを活用していました。SBARが最も優れているとは限らず、ほかにもSIGNOUT、I PASS the BATON、5Psなど、多くの情報伝達法があります。要は、コミュニケーションの方法を統一してルーチン化することにより、情報伝達ミスを防ぐことが最も大切なのです[8]。

 患者の安全を守るコミュニケーション・ツールをいくつかご紹介しました。これらはアメリカで盛んに用いられている方法ですが、日本で根付かせることはできるのかというと、正直分かりません。「日本には日本の文化がある」と言ってしまえば、それで終わりです。しかし、アメリカの医療界でも、外の業界で用いられていたコミュニケーション・ツールを取り入れるまでの道のりは決して平坦だったわけではありません。例えば、SBARが開発されてから医療界で使われるようになるまでに30年以上の年月がかかっています。

 私は「アメリカの医療は進んでいる!」と声高に宣伝したいわけではありません。大切なのは、患者にとって好ましいものは分野の垣根を越えてでも取り入れるという姿勢だと思っています。こうした“謙虚”な観点から、日本の医療現場のコミュニケーションを円滑にするため、皆さんと一緒に進んでいければ幸いです。

【References】
1)Q&A:A380 delays,The BBC,30 Oct,2006.
http://news.bbc.co.uk/2/hi/business/5405524.stm
2)Kenneth Wong:What Grounded the Airbus A380?,Cadalyst,6 Dec,2006.
http://www.cadalyst.com/management/what-grounded-airbus-a380-5955
3)Joint Commission on Accreditation of Healthcare Organizations:Sentinel event root causes.Jt Comm Perspect Patient Saf.2005;5(7):5-6.
4)Broom MA,et al:Critical phase distractions in anaesthesia and the sterile cockpit concept.Anaesthesia.2011 Mar;66(3):175-9.
5)Lewis GH,et al:Counterheroism,common knowledge,and ergonomics:concepts from aviation that could improve patient safety.Milbank Q.2011 Mar;89(1):4-38.
6)Institute for Healthcare Improvement:SBAR Technique for Communication:A Situational Briefing Model,30 Jun,2011.
http://www.ihi.org/knowledge/Pages/Tools/SBARTechniqueforCommunicationASituationalBriefingModel.aspx
7) Marshall,et al:The teaching of a structured tool improves the clarity and content of interprofessional clinical communication.Qual Saf Health Care.2009 Apr;18(2):137-40.
8)Horwitz LI,et al:Development and implementation of an oral sign-out skills curriculum.J Gen Intern Med.2007 Oct;22(10):1470-4.
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