2012年08月30日

病院内を闊歩する「取り立て屋」

ビジネスの論理が行き過ぎたアメリカ医療の影

日比野誠恵
ミネソタ大学ミネソタ大学病院救急医学部准教授

 突然、ミネソタ大学病院の親会社であるフェアビュー(Fairview)社のCEO(最高経営責任者)から、何やら深刻な文面の電子メールが届きました(おそらくは全職員に)。フェアビュー社とその債権取り立て業務(クレジット・コレクター)を担当していたアクレティブ・ヘルス(Accretive Health)社が、患者に対して恐喝まがいの強硬な支払い要求を行い、患者のプライバシー侵害を含めて法律違反の疑いがあり、ミネソタ州司法長官のローリー・スワンソン氏が調査に乗り出したことを告げる文面でした。この事実はミネアポリスの新聞である「スタートリビューン」にも大きく掲載され(4月25日付)[1]、追って事実上のアメリカの全国紙である「ニューヨークタイムズ」も報道しました(4月29日付)。

 「スタートリビューン」紙は続報として“被害者”の声を取り上げていました。その中年女性は、フェアビュー・サウスデール病院(ミネアポリス圏の7つあるフェアビュー社傘下病院の一つ)の救急部を受診した際、信じられない扱いを受けたそうです。尿管結石による激烈な痛みに苦しみながら救急部にたどり着いたはいいものの、医師の診察を受ける前にハンディコンピュータを携行した係員がいきなり現れ、クレジットカードで750〜800ドルの支払いを請求されたとのこと[2]。係員はアクレティブ・ヘルス社の“再教育”を受けた病院スタッフでした。

増える無償診療に焦る病院経営者
 アメリカの医療制度においては、(1)市場原理に基づく様々な民間医療保険を持つ人、(2)病院にとって必ずしも十分な診療報酬をもたらさない政府供与の医療保険(メディケアやメディケイド)を持つ人、(3)無保険者―というように、医療保険の種類に応じて患者が大別されます。有名なコンサルティング・ファームであるマッケンジー社の報告によると、アメリカの病院は、様々な医療保険が併存するという複雑な制度のため、諸々の診療報酬の受け取りに多大な事務コストを要します。加えて、多くの未払いが発生するため、診療報酬請求額のおよそ半分を取りっぱぐれているそうです[3]。

 日本でも報道されているように、アメリカの無保険者の数はうなぎ上りで、4900万人とも言われています。無償診療の割合もどんどん増えており、ミネソタ病院協会の報告では州内の病院において2010年度に3億1100万ドルの損失があったということです[1][4]。2010年のオバマ大統領による医療改革では、無保険者を減らし長期持続可能な医療制度の構築を目指したわけですが、その影響の一つとして「高品質の医療をより低額で提供すべし」との強いプレッシャーが医療提供者側にのしかかることになりました。

 こうした状況にあって、2010年、フェアビュー社はクレジット・コレクター大手の一つであるアクレティブ・ヘルス社と契約し、収入を増やそうとしたわけです。フェアビュー社は、組織の理念として「患者の健康を第一に考えた医療提供」というようなことを謳っていますが、その一方で代金をきちんと回収しなければ病院運営が立ち行かなくなるという現実もあります。理想と現実の間で上手にバランスを取ることが求められていました。

「払わなければ診療に影響」、患者の不安につけ込む
 ところが、ミネソタ州司法局の調べによると、アクレティブ・ヘルス社は非常にアグレッシブな取り立てをマニュアル化して、病院スタッフに指導していたということでした。悪質な例では、救急部や癌病棟、産科病棟などの、特に大きな不安を抱えた患者の心理につけ込み、「支払いをしなければ医療の提供に影響が出る」とほのめかすこともあったようです。フェアビュー社傘下病院の救急部で患者登録を担当する病院スタッフは、「アクレティブ・ヘルス社が設定したノルマを達成できないときには解雇されるかもしれない」という不安を州司法局に訴えたと聞いています。

 わがミネソタ大学病院でも、インターベンショナル・ラジオロジー(interventional radiology;IVR)のデビッド・ハンター先生が個人的な立場で「スタートリビューン」紙にコメントを出していました[2]。彼の友人である乳癌患者がMRIを撮る当日、病院のクレジット係が現れて「前回の請求分が未払いになっている」と言ったそうです。「支払いは全部済んでいるはず」と言ったら、「別の請求書がある」との返事(この請求自体は妥当なものだったようですが)。患者が支払いを拒否すると、さんざん苦言を呈されたとのことでした。

 ハンター先生は、「このような“倫理的にあってはならないこと”が自分の病院で起こっていることに、一医師として大きな憤りを感じた」と述べていました。

「事実無根」の声明を州司法長官は一蹴
 フェアビュー社は、州司法長官の調査に全面的に協力する旨を宣言し、「患者の健康を第一に考えた医療提供」という理念に反した可能性があるという理由でアクレティブ・ヘルス社との契約を破棄したと発表しました。傘下病院の救急部では、「医師の診察を待って患者登録を行うように」と指示する小さな紙がクラークたちに配られたようです。

 一方、アクレティブ・ヘルス社の顧問弁護士は、「州司法長官からの非難は根も葉もない事実無根の内容に基づいており、こうした中傷は医療費高騰に拍車をかけるのみならず、州内の患者のモラルを下げるものだ」というような声明を発表していました。ちなみに、このとき同社の株価は40%ほど暴落したということです。

 ローリー・スワンソン州司法長官は、アクレティブ・ヘルス社の声明を受けて、「当局が発表した内容はすべて事実に裏づけされている。かの顧問弁護士の発言は、こちらの法曹界で言われるところの『法廷においては、事実に反すれば法律を盾に使い、法律に反すれば事実を盾に使い、事実にも法律にも反していれば机を殴打して他人を中傷せよ』という姿勢を地でいくものだ」と一蹴しました[5]。

“Thank you card”でイメージアップ?
 今回紹介した一件は、まさにアメリカ医療の影の部分が出てしまったという感じです。医療を市場原理に大きく委ねると、どうしても企業間の“利潤追求サバイバルゲーム”の帰結として統合が進み、競争がなくなっていきます。実際、わがミネソタ大学病院もフェアビュー社の傘下に入りましたし、超有名病院のマサチューセッツ総合病院とブリガム・アンド・ウィメンズ病院も経営が統合されました。

 お上が医療の提供価格を一律に設定している日本と違い、アメリカの医療提供者は市場原理に基づいて比較的自由に価格を決めやすいという環境にあります。医療提供者の統合が進んで競争がなくなってくると、医療費高騰に拍車がかかり未払いの患者も増加する。この状況の中で、アクレティブ・ヘルス社のような企業が生まれ発展したのだと思われます。

 フェアビュー社はアクレティブ・ヘルス社にかなり高額のコンサルティング料を支払ったと言われますが、結局はスキャンダルを招いて評判を落としました。「何をやっているんだ?」と思ったのは私だけではないでしょう。

 なお、フェアビュー社傘下病院の救急部では、数カ月前、受診患者に“Thank you card”(冒頭の写真)を配るというキャンペーンをやっていました。「フェアビュー社の病院を選んでくれてありがとう」ということらしいですが、これは特に医師たちにはきわめて不評。私も含めて誰も実行しなかったようです。

難問であり続ける、医療とビジネスのバランス
 医療の提供に当たってビジネスの要素が過剰に入り込むと、医師が違和感を覚えるだけでは済まず、お金のことが心配で患者が安心して医療を受けられないという事態が増えるでしょう。

 無保険者を減らすというオバマ大統領の医療改革は、改善への第一歩として一部の人々に期待されていますが、一方で「医療保険加入の強制は違憲ではないか?」ということで最高裁にて係争されていました。結局、合憲との判決が出ましたので、アメリカで国民皆保険と長期継続可能な医療が実現する可能性が出てきたと言えそうです。

 国民への医療提供が基本的人権にかかわるものとするならば、そのコストは国民全体で負担しなければ辻褄が合わないように思われます。とはいえ、「医療とビジネス」「個人の権利と社会に対する責任」の最適なバランスを取ることは、なかなか解決を見ない難問であり続けています。

【References】
1)TONY KENNEDY,et al: Attorney general:Fairview put squeeze on patients,StarTribune,April 25,2012.
http://www.startribune.com/local/148697255.html
2)MAURA LERNER :Even in the ER, Fairview patients faced bill collectors,StarTribune,April 30,2012.
http://www.startribune.com/local/149383215.html
3)BRIAN K. BEUTNER :Modernize medical payment systems,StarTribune,May 2,2012.
http://www.startribune.com/opinion/commentaries/149923615.html
4)Minnesota Hospital Association:Community Benefit Survey & Reporting.
http://www.mnhospitals.org/data-reporting/mandatory-reporting/community-benefit-survey-reporting/
5)MAURA LERNER,et al:Accretive blasts Minnesota AG for Fairview report,StarTribune,May 3,2012.
http://www.startribune.com/business/149939905.html
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