2012年10月30日

ソマリア人の15歳女性、妊娠への対応は?

オーストラリアGPからの挑戦状(1)解答編

小林孝子
ビーンリー・ロード・メディカルセンターGPフェロー

 前回の「オーストラリアGPからの挑戦状」、コメント欄で予想以上の多くの回答をいただき、ありがとうございました(※1)。まず設問から再度振り返ってみたいと思います。

 ソマリア人の15歳女性。生理が1週間遅れているということで来院。19歳のボーイフレンドがいて、避妊なしのセックスをする。性的虐待(sexual abuse)ではないとのこと。妊娠反応陽性。ピルは勧められていたが、副作用が怖くて服用しなかった。さて、次の対応は?

 なお、オーストラリアでは、州によっては妊娠中絶が法的に禁止されています。ここでは禁止されているものとして考えてください。

(1)本人の承諾なしに、すぐに親に電話をする。
(2)すぐに妊娠のケアを進める。
(3)妊娠、妊娠のマネジメントに対する本人の理解度をアセスメントし、それが十分だと判断したら、本人の判断に任せる。
(4)医療事故賠償保険会社(medical indemnify insurance)に電話をして意見を聞く。

 この問いに対する答えは、(3)または(4)が妥当でしょう。以下、前回お寄せいただいたコメントへの補足とともに、解説いたします。

 オーストラリアの法律では、13〜17歳は原則minor(未成年)として扱われますが、成人とほぼ同等の判断能力があるとされたときはmature minorとして、保護者の同意なしで、自身の治療に対する同意を医師に与えることができます。これをギリック能力(Gillick’s competence)と呼びます[1]。特に、性に関するケース(妊娠、性病、避妊など)で適用されます。ギリック能力に基づいて治療を進めるのは、次のようなケースです。

(1)現在の病態、それによって起こるすべての可能性、治療の副作用を患者本人が理解できる。そして、そのことを医師が確認できる。
 成人同等の判断能力があることをどのように判断するか、ガイドラインはありません。問診する中で医師が独自に判断していくことになります[2]。GP(general practitioner)が未成年を診察するときは、必ず“HEADSs”を聞いてスクリーニングします[2]。

 すなわち、Home(家族環境)、Education(学校の成績や学校生活)、Activities(部活動や地域活動、交友関係)、Drug(マリファナなどのドラッグの使用の有無)、Sex(性交渉の有無や交友関係)、さらにうつ状態がうかがえるならSuicide(自殺企図の有無)を聴取します。これにより、患者の育っている環境、教育のレベル、経済状態がほんのりと見えてきます。その上で、「この子はまだ子どもだな」とか、「年齢のわりにしっかりしているな」とか、判断するわけです。

 医師も人間ですから、判断をしても完全に正しいとは言い切れません。「どうして娘の妊娠を容認した!」と親に怒鳴り込んでこられても、医師として適切な判断だったことを説明できるように、カルテに判断の根拠を詳細に記しておくことがトラブルに備えるコツです。

 一方、「成人同等の判断能力なし」と判断した場合は、そのことを本人に説明して、親に報告すべきだと説得にかかります。この時点になれば、患者との間にかなり信頼関係ができているので、たいていは納得してくれますが、それでも嫌だと言い張る場合は、兄弟姉妹や親戚など、患者が信頼している人から親に伝えてもらうこともあります。

(2)自ら親に報告するよう、患者本人を説得することができない。あるいは、性に関する問題 で受診したことを医師が親に報告することについて、患者の承諾を得ることができない。

(3)いくら医師が注意して対処しても、性病に罹患したり妊娠したりする可能性が高い。

(4)治療しなければ状態が悪化する。

(5)問題の対象が、治療に際して親の同意を必要とするものではない。

 オーストラリアでは未成年の診療についても、問題が性的・身体的虐待や自殺など 生命にかかわるもの、他人に対して危害を加える危険性があるものでなければ、守秘義務が課されます[3]。未成年者を診察するときはいつも、このことを前もって患者に伝えた上で、「場合によっては親に報告しなければならないこともある」と前置きしています。

 ただし、オーストラリアでは州ごとに法の制約が異なります。ケースバイケースであることが多いので、どういった姿勢で臨むべきか分からないときや、ケースが複雑なときは、医療過誤賠償保険会社に相談してアドバイスを受けた方が安全です。

 オーストラリアの医師は、医療過誤賠償保険に加入することが義務づけられています。てりーさん(※2)のコメントの通り、医療過誤賠償保険のアドバイザーは医療過誤専門の法律家および医師で構成されており、問題になる前または訴訟沙汰になった後、すべての気になることやトラブルに関して24時間対応でアドバイスしてくれます。相談料は保険料に含まれています。

 今回の事例の彼女は、妊娠を継続することで様々な問題があることは理解しました。しかし、どのくらい困るのかの具体的な理解はおろか、妊娠から出産まで40週かかるといった基本的な知識がなかったので、親へ相談することを求めました。

 「自分で伝える」との返事だったので、1〜2週間したら報告に来るように言って帰しました。もちろん、報告がなければ彼女に電話して事情を聞くつもりでしたし、連絡が取れなければ医療過誤賠償保険会社に相談するつもりでした。ちょうど1週間後、母親、姉と一緒に来院した彼女は、「相談の結果、中絶することにした」と言いました。お相手の彼も、彼女の妊娠に関しては否定的だったとのことです。

 ふくろうさん(※2)のコメントの通り、胎児の人権という観点から、クイーンズランド州では妊娠中絶は法律で原則禁止されています。例外は、妊娠を継続することで母体が身体的にも精神的にも危険な場合、胎児の奇形や遺伝子異常が発見された場合のみです。後者では、十分なカウンセリングの上、その胎児の両親と医師の合意をもって妊娠中絶が行われます。

 それ以外の事情で堕胎を望むときは、NPOが運営する“然るべき”クリニック[4]へ行き、全額自己負担で中絶手術を受けるのです。ここで中絶手術を受ける限り、違法ではあるけれども法的に罰せられることはないという、ややこしい仕組みになっています。日本と同様、オーストラリアでも妊娠中絶は倫理的に奥の深い問題です。

 kmorisonさん(※2)のコメントの通り、今回の事例の彼女は絶対に避妊が必要です。専門のカウンセラーを紹介して避妊カウンセリングを受けてもらうよう手配しました。

※1 「日経メディカルオンライン」で公開された本記事について、同サイトのコメント機能を利用して読者のご意見を募りました。

※2 コメントを頂いた方のハンドルネームです。

【References】
1)Bird S:Consent to medical treatment: the mature minor.Australian Family Physician.2011 Mar;40(3):159-60.
2)Kang M,et al:Sex, contraception and health.Australian Family Physician.2007 Aug;36(8):594-600.
3)Bird S:Adolescents and confidentiality.Australian Family Physician.2007 Aug;36(8):655-6.
4)Marie Stopes International Australia.
http://www.mariestopes.org.au/
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