2012年11月28日

ECMOの管理体制に見る、カナダの医療集約化

川口 敦
アルバータ大学(Stollery Children’s Hospital)小児集中治療クリニカルフェロー

 ECMO(extracorporeal membrane oxygenation:膜型人工肺)あるいはECLSという言葉をご存知でしょうか。ECLSはextracorporeal life supportの略で、ECMO以外に補助人工心臓、持続的腎代替療法、血漿交換療法などを含む、人工臓器による補助治療全般を示す用語として使用されています。

ECMOの管理は領域横断の総力戦で
 実は、ECMOの歴史は比較的古く、1970年代にまでさかのぼります。新生児・小児集中治療分野を中心に使用が始まり、技術向上とともに徐々に成人領域へ広がっていきました。1989年には北米の施設を中心とする症例登録団体ELSO(Extracorporeal Life Support Organization)が設立され、現在はアジア、南米、ヨーロッパまで加盟施設が広がっています。ELSOは、各施設の経験症例を全体で蓄積・共有するほか、スペシャリストの育成、ガイドラインの作成など、ECMOに関する診療の質向上のための活動を行っています。

 ECMOは、VV(venovenous)-ECMOとVA(venoarterial)-ECMOに大きく分類されます(模式図などはWIKIPEDIA「Extracorporeal membrane oxygenation」を参照ください)。VV-ECMOは、全身の大きな静脈血管からポンプと呼ばれる機械で大量の血液を取り出し、特殊な膜を利用して血液に酸素を取り入れ、同時に二酸化炭素を取り除き、患者の肺の代わりに血液に“呼吸”させ、その血液を静脈へ送り返します。VA-ECMOは、静脈から血液を引き出して動脈へ返すもので、機械に肺と心臓の両方の役割を担わせることができます。どちらを選ぶかは患者の状態や施設の習熟度などによりますが、大ざっぱに言えば、VV-ECMOは肺の補助を要する患者、VA-ECMOは肺と心臓両方の補助を要する患者で適応となります。

 少し分かりにくいという方のために、一例を挙げてみます。生後5カ月の女児。数日前から発熱があり、咳と鼻水も出て徐々に悪化してきました。受診時にはひどい肺炎で、すぐに気管内挿管の上で人工呼吸が開始されました。入院翌日も状態は悪化して人工呼吸器の設定を次々と上げざるを得ない状態になり、3日目にはとうとう100%近くの酸素を使用しても全身に酸素が行き届かない状態に…。

 ここでECMOが登場します。機械を使って体内に酸素を取り入れるので、患者は無理に呼吸する必要がなくなります。心臓血管外科医または集中治療医は、血管を傷つけないように慎重にカテーテルを挿入し、機械につないでポンプを回します。その後は機械やカテーテル内に血液の塊(クロット)ができないように抗凝固薬を使用。抗凝固薬により脳内出血などの合併症が起こらないか、腎臓など全身の臓器に十分酸素が供給されているかなどをきめ細やかに確認し続ける日々が始まります。集中治療医などのほかに、kids clot teamと呼ばれる血液凝固専門チームや小児神経、感染症、循環器チームもルーチンで介入して管理に当たります。

看護師や呼吸療法士がECMOスペシャリストとして活躍
 ここで「ECMOスペシャリスト」が大きな活躍を見せます。各施設で多少違うようですが、北米の多くの施設では臨床経験豊富な看護師または呼吸療法士をバックグラウンドとする人たちが特別なトレーニングを受けた後、スペシャリストとして業務に当たります。

 ELSOもいくつかの育成コースを提供していますが、多くの施設は自前で育成に当たっているようです。例えば私の勤務する施設では、毎年春に1週間の育成コースを開催し、生理学から実際の管理法まで、座学と実習でみっちりと仕込まれます。その後、一定時間以上の経験を定期的に積み、さらに半年に1度のペーパーテストにも合格して、やっとスペシャリストになれるのです。

 年ごとに予想される症例数から必要なスペシャリストの数が推定され、応募者数がそれに満たない場合は院内で積極的なリクルートも行われます。ちなみに、われわれの施設では常時2〜3台のECMOが稼働しているので(年間40症例前後)、各勤務帯に3〜4人(休憩交代要員を含む)のスペシャリストが必要となります。また、緊急時に備えて自宅待機の人員も確保しておかなければなりません。こうした需要を満たす員数を確保する必要があるわけです。現在、われわれの施設では20人前後のスペシャリストが登録されています。

 ECMOスペシャリストは、ベッドサイドナースや担当呼吸療法士とは別に、一対一でECMOに特化したベッドサイドの管理を担います。治療中に修正されはしますが、基本的にはルーチンの指示に従い、血液ガスや各種血液検査、そして何よりECMOのデバイスをコントロールすることが主な業務です。

血栓の“スジ”がないか、数時間ごとにくまなく検索
 また、これが実は最も骨が折れる作業なのですが、カテーテルの中にクロットやフィブリンの“スジ”がないか、数時間ごとにくまなく検索します。もし、ゆらゆらと揺れる“スジ”があり、それが全身へ送られれば、あらゆる血管閉塞を引き起こしかねません。“スジ”が認められた場合は、昼夜を問わず新しいチューブやデバイスに変更する必要があり、これもスペシャリストの大事な仕事の一つです。ハード面の整備のみならず、スペシャリストが体現するソフト面の充実が、ECMOの有効性を支えていると言ってもいいと思います。

 なお、一定期間に一定数以上の患者を管理し続けなければ、人員の育成や技術の維持は不可能です。このための年間必要症例数についてまとまったデータや疫学研究は存在しませんが、ELSOは「1施設当たり年間最低6症例」としています。抗凝固薬のレベルなどを昼夜問わず頻回に検査・測定できる環境も必要ですので、症例数が多いとそういった面からも効率が良いものと思われます。

 ちなみに、日本の多くの医療施設では、これらECMOスペシャリストが担う業務の一部は臨床工学技師または医師が中心になって行っているのではないかと思います。また、年間経験症例数の少なさもさることながら、その管理のノウハウを専門的に学べる環境が十分に整備・提供されているとは考えにくいようです。医療の質の担保や医療事故防止という観点からも、周辺環境を考え直す必要があるのかもしれません。

ECMOセンターを中心に据えた医療の集約化
 ECMO医療の効率性を考える上で一つのキーワードとなるのが「ECMOセンター」です。北米やヨーロッパのELSO登録施設のほとんどは、その地域や国においてECMOセンターとしての役割を担っています。例えば、私の勤務する施設は西カナダ約1100万人をカバーするECMOセンターとして機能しており、年間30〜40人の小児患者のECMO管理を担っています。

 カナダでは特殊な医療に関しては集約化と役割分担が極めて進んでおり、小児(特に乳幼児)対象のECMOセンターは国内でたった3施設(加えて、年長児のみを対象とする施設が1つ)しかありません。なお、国の人口は約3000万人です。

 前回の記事でも少し触れましたが、広大な地域をまたいで集約化を行っているため、時には緊急搬送前にECMO導入が必要になることもあります。ECMOスペシャリスト育成コースには周辺各州の医師(外科医を含む)などを積極的に招聘して、ECMO導入までの過程を繰り返し指導しているので、搬送元施設にもECMOを「導入できる」だけの人的・物的リソースが確保されています。当然、われわれECMOセンターの搬送チームが到着した後にECMO導入を行うほうが望ましくはありますが、間に合わないときには、教育を受けた搬送元のチームによりECMOが導入され、ECMOセンターの搬送チームが現場に到着し次第、診療を引き継いで航空搬送を行うわけです。

 現在のところ、日本国内では海外と比較しても相当多くの医療施設がECMOの機器を保有していますが、限られた人材で限られた数の症例を維持・管理しているのが実態ではないかと思います。コストや教育に相当の時間と費用がかかるECMOのような特殊医療に関して、患者を特定箇所にとことん集めて管理していくというカナディアンシステムは、今後の日本の医療において一つの参考モデルとなるのかもしれません。
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