2013年01月04日

若手外科医が活躍できる科とは?

新デバイスが次々と登場する血管外科から

山之内 大
ウィスコンシン大学血管外科アシスタント・プロフェッサー

 「血管外科って、何をする科?」

 私が血管外科医だと伝えたとき、日本ではよくある反応です。まあ、そう来ることはだいたい分かっているので、「心臓、頭蓋内以外の脈管を扱う専門科で、頸動脈狭窄、大動脈瘤、末梢動脈疾患、静脈瘤、深部静脈血栓症などが主な対象疾患です」という答えもあらかじめ準備しています。

 すると、「心臓じゃないのか。あまりメジャーじゃないんだな」というような顔をされるか、「ああ、うちのお母さんの足に静脈が浮き出ているけれど、そういうやつ?」と返される。だから、その前に「足の静脈とかが浮き出ている病気なんかを治す科」とはじめから説明してしまう…。血管外科医のよくある日常です。

 日本では血管外科の認知度がいまだ低く、東京や名古屋などの一部の大学を除けば、ほとんどの血管外科は心臓血管外科の一部門として診療しているのが現状だと思います。

 ところがアメリカでは、血管外科は非常に注目を集めるホットな診療科。その一例として、ここ数年はなんと血管外科のレジデントプログラムが全診療科の中で最も競争率の高い専門科の一つになっているのです。いったい、何でそんなことになっているのでしょうか?

成熟した診療科では若手の活躍が難しい
 2007年、私はコーネル大学の血管外科教室にリサーチフェローとして留学しました。縁あって現在のウィスコンシン大学に移り、運良くフェローとして臨床業務に携わりました。その後、上司や同僚に恵まれ(写真1)、現在のポジションを得ることができました。

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【写真1 ウィスコンシン大学血管外科のスタッフ外科医一同(2010年、血管外科内のホリデーパーティー会場にて)。ちなみに、Department Chairmanを兼任しているボスは多忙のため、このときは不在。全員が一堂に会する機会はなかなかなく、8人中7人でもそろうのはまれ。】

 私がウィスコンシン大学に移り、フェローシップへ入る道を探っていた2009年時点で、全米の血管外科フェローシップのプログラムに日本人は1人もいないという状況でした。そもそも、アメリカで血管外科のフェローシップに入ろうとする日本人がほとんどいなかったのかもしれません。

 自分でいくつかのプログラムを探してみた結果、「すでに正規のフェローで充足しているため、海外でトレーニングした外科医を採用するつもりはない」という散々な返答が戻ってくることがほとんどでした。それほどまでに、アメリカでは血管外科の人気が高かったということのようです。

 なぜ、様々な外科専門領域の中でも血管外科の人気が高かったのでしょうか? 「比較的給料が高い」とか「手術の難易度が高くて面白い」とか、理由を探せばいろいろあるのでしょう。ただ、私が思うのは、「血管外科がいまだ大きな変革期にある」という事情が大きいのではないかということです。

 「なぜ、変革期にあることが人気に結びつくのか?」。この疑問への答えは、私が運良く現在のポジションを得られたことと少なからず関係があると思っています。

 ほとんどの専門領域、特に外科の世界では、経験がとても大切だと考えられています。仮に、多くの知識があり、手先が器用で手術のセンスに優れた若い外科医がいたとしても、より多くの症例を経験して手術をこなしてきたベテラン外科医を凌駕するのは非常に困難です。

 経験が重要なら、若いうちに多くの手術を経験できるよう努力すればいいのではないかと思われるかもしれません。しかし、現実には(一部の例外を除けば)、多くの症例を経験するには多くの症例を集める外科グループに所属する必要があり、その中ではすでに年功による序列が形成されています。若手が先輩を飛び越して大きくキャリアアップするというのは、よほど運が良くない限り、非常に難しいという構造が出来上がっているのです。

ベテラン外科医の技術と経験に若手が対抗できる事情
 その点、血管外科はどうでしょうか? 血管外科も外科の一領域である以上、「経験がものをいう」のは同じだと思います。アメリカの制度では、血管外科の専門トレーニングは2年間であり、その短期間に集中して多くの技術を習得することが要求されます(2年間で約1200例をこなすのが平均的)。とはいえ、手術の経験数で言えば、フェローを卒業したての外科医では経験豊かなベテラン外科医に対抗すべくもありません。それでも、アメリカの血管外科では若手に大きな伸びしろが残されているのです。

 現在では、血管外科の扱う疾患の多くがいわゆる低侵襲治療、とりわけ血管内治療の対象となっています。例えば、胸腹部の大動脈瘤に対するステントグラフト内挿術(写真2)、頸動脈狭窄症や末梢動脈狭窄性疾患に対するバルーン拡張/ステント留置術、静脈瘤に対するレーザー焼灼術などです。これらの技術やデバイスは日々進歩しており、常に変革のただ中にあると言えます。

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【写真2 腹部大動脈瘤を血管内から治療するための腹部大動脈瘤ステントグラフト(上)とデリバリーシステム。企業製ステントグラフトの登場により、ステントグラフトを腹部大動脈まで挿入するためのデリバリーシステムの細口径化(Ultra-low profile)や、ステントグラフトのズレ(Migration)を防止する工夫など、様々な技術革新が進んでいる。近年では、全身麻酔をかけずに局所麻酔下で行う経皮的腹部大動脈瘤治療(PEVAR:Percutaneous EndoVascular Aneurysm Repair)などの新しい治療が行われている。】

 そこでは、より新しい技術を習得し、より新しいデバイスを扱うことのできる外科医、つまりより新しい年代にフェローシップを終えた外科医が、古くからの技術と経験に基づいて診療しているベテラン外科医に対してアドバンテージを持つことができるのです。

 特に血管外科においては、日々進化するデバイスの扱いに習熟し、新しい技術を身につけ、多くの治験に参加していかなければ、すぐに世界の潮流から取り残されてしまいます。多くの場合、デバイスの治験に参加していなければそのデバイスを使うこともできず、数年後にそのデバイスが市場に出回るのを待つしかなくなってしまうのです。

 日本の外科医は診療科全体で術前適応、術式、術者などを決定していますが、アメリカでは各々の外科医がそれぞれ手術の計画を立て、手術を行うのが一般的です。このように個々の外科医の独立色が強いアメリカの勤務形態では、すべての外科医が新しい技術やデバイスの使い方を学び、多くの治験に参加するというのは不可能です。デバイスの講習会やミニフェローシップなども数多くありますが、皆が参加できるわけではありません。

 したがって、経験のある外科医が新しいデバイスに早くから接している若手にアドバイスを求めることになるのです。さらに言えば、診療科全体として若手外科医を先進的治療や治験にできるだけ積極的に参加させることで、新たな知識をフィードバックしてもらう必要があるのです。

Junior Facultyの立場で3つの治験の施設責任者に
 この背景には、若手が先輩を飛び越して成功していくことに寛容なアメリカの風土があると言えるでしょう。例えば、現在の私の上司である血管外科長のM先生は、当時の彼の上司の勧めでかなり早い段階から、大動脈瘤のステントグラフトや頸動脈ステントなどのデバイス開発に携わり、治験を計画して実行していったと聞いています。M先生は当時のチーフや周囲の先輩外科医たちをかなり早い段階で追い越していったのだと思いますが、彼らはそれを良しとし、支援してくれたそうです。

 M先生には比ぶべくもありませんが、私が現在スタッフとしてのポジションを得られたのも、短いフェローシップではありましたが、その間に新しい技術やデバイスなどの扱いに習熟できたからだと思っています。実際、私はスタッフとなって2年しかたっていない、いわゆるJunior Facultyの立場ですが、現時点ですでに3つの治験の施設責任者を任されています。

 このように若手の力を認めて伸ばす環境では、卒業まもない外科医にも大きな可能性が開かれています。私自身がそうであったように、医学生やレジデントたちにも期待感と活気をもたらすでしょう。これが、現在の血管外科人気の隠れた原動力ではないかと思っています。

 アメリカで臨床を始めて約3年。2012年7月には大動脈瘤ステントグラフトとして初の日米同時開発が始まりました。私もウィスコンシン大学の施設責任者として、この革新的な同時治験に携わっています。

 日々の診療の中で何か新しいことができないか? どこか改善の余地はないか? 自らの診療はup to dateされているのか…。 進歩を続ける血管外科で変革の波から取り残されないよう、自問自答する毎日が続いています。
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