2013年01月21日

日本人医師には想定外だった、乳児の軟便の原因

シンガポールで経験した“常識外”の症例(その1)

大西洋一
ラッフルズジャパニーズクリニック院長

 「うちの子ども、このところずっと便が緩いんです。しかも、1日に何回も出るので、さっきおむつを替えたばかりでまた替えるという具合です。しばらくすれば落ち着くかなと思って様子を見ていたのですが、もう2週間以上も続いているので、心配になって連れて来ました」。

 生後3カ月の乳児を抱えた日本人のお母さんからの相談です。一見、何のことはない、よくある症例のようですが、実は全く想定外の原因が潜んでいました。

 日本での診療の常識にとらわれていると、なかなか診断をつけられない。私がシンガポールで経験した、そんな興味深い症例について、今回はお話ししたいと思います。

ほかの症状はないのに、軟便が軽快しない
 お母さんが持ってきたおむつを見せてもらうと、確かに緩い便が…。ただ、単に緩いだけで、色や内容物に異常はありません。また、赤ちゃんはいつも機嫌が良く、母乳も問題なく飲むし、睡眠も十分に取っているとのこと。軟便が頻繁に出るほかに症状はなく、診察をしてみても特に具合の悪いところはなさそうです。結局、整腸剤(乳酸菌製剤)のみを処方して、しばらく様子を見ることにしました。

 5日ほどした再診の際にその後の様子を聞くと、症状は相変わらず続いています。かといって状態が悪化しているわけでもないようでした。母乳中の乳糖を分解する酵素が欠乏または働きが不活発なことで下痢をきたす先天性乳糖不耐症という病気がありますが、そうであれば生下時から下痢が起こっているはず。症状が出てきたのはここ数週間のことなので、原因はそれではないようです。

 しかしながら、まだ母乳と人工乳以外は何も口にしていないし、もちろん薬剤も使っていません。「2週間前から何か変わったことを始めていませんか?」とお母さんに聞いても、今まで通りの生活だという答え。どうにも原因が分からず、仕方がないので、以前から与えている人工乳をとりあえずやめてみることを提案しました。

母乳の出が悪いので…
 すると、お母さんからこんな言葉が。「なかなか母乳が出ずに困っているので、人工乳をやめるのは難しいです。最近もっと出が悪くなってきたので、お産をお願いした産婦人科の先生に相談して、母乳がよく出るようになる薬をもらい、それでなんとか頑張っています」

 よくよく話を聞いてみれば、お母さんが服用していたその薬剤はメトクロプラミド。これで合点が行きました。この薬には胃腸運動を活発にする作用があり、吐き気止めによく使われますが、乳汁分泌ホルモン(プロラクチン)の分泌を促進するため、乳汁漏出という副作用があります。

 つまり、シンガポール人の産婦人科医が乳汁分泌の促進を期待してお母さんにメトクロプラミドを処方。母乳は出るようになったものの、母乳中にメトクロプラミドが移行して赤ちゃんの体内に入り、その作用で胃腸の運動が活発になり、便が緩くなってしまったようです。結局、お母さんがメトクロプラミドの内服をやめたところ、赤ちゃんの便は普通に戻りました。

 つわりのひどい妊婦に吐き気止めとして、やむを得ずメトクロプラミドを使用することはあります。しかし、授乳中のお母さんの母乳が出るように使用するというのは、聞いたことがありませんでした。このやり方がシンガポールで一般的なのかどうかは分かりません(どうもそんなことはなさそうですが…)。いずれにせよ、日本人医師である私にとって全く想定外の、乳児の軟便の原因でした。
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