2013年01月22日

原因不明の低血糖、男性が飲んでいたのは…

シンガポールで経験した“常識外”の症例(その2)

大西洋一
ラッフルズジャパニーズクリニック院長

 前回は軟便が軽快しない乳児の症例を紹介しましたが、その後も似たような相談を受けたことがあります。もう少し大きな1歳半くらいの日本人のお子さんだったのですが、問診や診察をしてもこれといった下痢の原因が見当たりません。そこで、「あのときと同じようなケースか?」と考え、母乳を増やすために薬を飲んでいないか、お母さんに聞いてみました。

 しかし、結果は空振り。仕方ないので、やはり整腸剤で様子を見ることに…。

母親のダイエット用お茶に入っていたものは?
 数日後にその親子が再びやって来ました。すると、常用していたお茶をやめたら、お子さんの下痢がぴたりと治まったとのこと。前回の受診後、「何か服用しているものはないか」と私に尋ねられたことを思い出し、ダイエット効果があると友人に勧められて飲んでいたお茶が原因かもしれないと考え、飲むのをやめてみたそうです。このケースでは、薬剤でなく母乳から移行したダイエット茶の成分が原因だったようです。

 ちなみに、そのお茶はチャイナタウンで販売されていた中国製のもの。ひょっとしたら天然成分だけでなく、何か薬剤が混ぜられていたのかもしれません。日本でも以前話題になりましたが、シンガポールでも、やせ薬としての効果があるという中国製の漢方薬に甲状腺ホルモン製剤や覚醒剤の一種などが混入されており、取り締まりの対象になったことがあります。

糖尿病歴のない男性が昏睡状態に
 お茶のケースと似たような話ですが、もっと深刻な例もありました。インドネシアに単身赴任で駐在中の日本人男性(50歳代)が自室で昏睡状態になっているところを同僚が発見。現地の病院では対応しきれず、シンガポールのラッフルズホスピタルまで搬送されて来たことがあります。

 集中治療室に入院となり、患者が日本人ということで、私が主治医から相談を受けました。主治医の話では、検査データや画像診断上、原因を示唆する所見は唯一、インドネシアの病院へ救急搬送された直後に行った血液検査での異常な低血糖だけ。つまり、患者は何らかの原因で低血糖発作を起こし、意識不明となって発見されたのです。

 ところが、この患者に糖尿病の既往歴はなく、もちろん血糖降下薬も内服していませんでした。当日も特に変わったところはなく、普通に生活していたそうです。主治医は、「何が原因で低血糖を起こしたのか分からない。実に不可解だ」と困惑していました。

思い当たったのは偽造薬の報告
 話を聞いた私は、数週間前に読んだ記事を思い出しました。HSA(Health Sciences Authority:シンガポール保健省の下部機関)の報告を取り上げたその記事[1]では、東南アジアで偽物のED治療薬(写真)[2]が出回っており、それを服用した人たちが昏睡に陥ったり、死亡例まで出たというのです。その偽造薬を調べてみると、大量の血糖降下成分が検出されたと…。

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【写真 シンガポールで摘発された偽造ED治療薬(HSAのプレスリリースより引用)。】

 このことを告げると、主治医はすぐさま患者の同僚に、患者がシルデナフィル(商品名バイアグラ)を服用していた様子がなかったか尋ねていました。結局、シルデナフィルの非正規品を購入して服用していたことが分かり、それが原因となった症状であることが突き止められました。

 患者は数日間にわたって昏睡状態でしたが、最終的には回復して帰国しました。今でこそ日本でも同様の報告例はありますが、この症例を経験した2008年当時、まだ日本では騒がれていませんでした。

 今回紹介したような事例は、日本での日常診療ではまず出くわさないでしょうし、それだけになかなか原因にたどり着けないかもしれません。こうした原因を見逃さないためにも、私は日頃からシンガポール保健省からの報告などをチェックし、現地の情報収集を怠らないようにしています。その上で、患者への問診は、日本での常識にとらわれずに行う必要があるのです。

【Reference】
1)Adverse Drug Reaction news,July 2008,Vol.10 No.2,The Centre for Drug Administration,HSA and the HSA Pharmacovigilance Advisory Committee.
2)Health Sciences Authority:HSA Alerts on Serious Adverse Events Related to Consumption of Illegal Sexual Enhancement Health Products.6 Feb,2012.
3)国立健康・栄養研究所:「健康食品」の安全性・有効性情報:シンガポールHSAが医薬品成分 (グリベンクラミド) を含む製品に注意喚起,2012/2/7.
http://hfnet.nih.go.jp/contents/detail1875.html
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