2013年02月20日

最も重篤な患者を診る専門医が不足している!

集中治療医不足を明らかにしたCOMPACCS研究
医師の需給予測を考えるVol.3

永松聡一郎
ミネソタ大学呼吸器内科/集中治療内科クリニカルフェロー

 「面会謝絶」と記された札の下で、口の中にチューブを入れられた患者さんが、生命維持装置に囲まれて静かに眠っている―。集中治療室(ICU)は多くの人の目に触れることがない場所ですが、病院の中で最も重篤な患者が集う場所です。

 生死の境をさまよう重篤な状態なのだから、誰しもがベテランの専門医の治療を受けたいと思うでしょう。しかし残念なことに、アメリカでは集中治療専門医(intensivist)が不足しており、重症患者の半数以上は専門医による治療を受けていません。集中治療専門医は今後も不足し続けるだろうとされており、そうなることは1990年代から警告されていました。 「戦後生まれのベビーブーマー世代が高齢化を迎え、増加する医療需要に対応できないために、集中治療に携わる専門医が不足する」(図1)[1]。COMPACCS研究はこう予測し、全米に大きなインパクトを与えました。大規模な労働時間調査から導かれたこの研究は、アメリカの医療政策を「医師抑制」から「医師増産」へと変える転機となったとも言われています。また、医師が集中治療の現場で働く期間は20年ほどしかなく、60歳になると現場から退くという現状も描き出しました。

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【図1 COMPACCS研究における集中治療医の需給予測】

 自分が重篤な状態に陥ったとき、最適な治療を受けることができるのか? 今回は、アメリカの患者・政府・保険者・医学会を巻き込んでの20年にわたる議論のきっかけとなったCOMPACCS研究についてご紹介します。

COMPACCSプロジェクトが生まれた時代背景
 1990年代のアメリカでは、「増え続ける医療費を抑制するため、医師の数を抑制すべき」との意見が多くを占めていました。当時は“fee-for-service”と呼ばれる診療報酬の出来高制度を取っていたため、高価な機材を必要とする外科系の医師の給与が内科系の医師よりも優遇され、その結果としてプライマリケア医が不足するようになりました。こうした中、「給与が高いサブスペシャリストの数を抑制すべき」という意見も聞かれていました[2]。

 1995年、集中治療にかかわるアメリカ胸部疾患学会(American Thoracic Society;ATS)、アメリカ胸部専門医学会(American College of Chest Physicians;ACCP)、アメリカ集中治療学会(Society of Critical Care Medicine;SCCM)の3医学会は、労働力調査委員会(The Committee on Manpower for the Pulmonary and Critical Care Societies;COMPACCS)を設立しました。「果たして、サブスペシャリストの数を抑制することが本当に医療費抑制につながるのか?」「医師の養成数を抑制することで、将来の医師不足につながるのではないか?」という疑問を検証するためです。

 COMPACCSの目標は、(1)ICUで現在必要とされている労働力を表現し、(2)将来の需要と供給に影響を与える因子を同定し、(3)その因子を反映させて2030年までの医師の需給バランスを予測すること――とされました。

 そして、COMPACCSが作成した、2030年までの集中治療における医師需給予測の結果は、アメリカのトップジャーナルJAMA誌に掲載され 、全米に大きなインパクトを与えました[1]。この報告書の全文は、インターネット上でもフリーアクセスで参照できます[3]。

COMPACCSプロジェクトの内容
 COMPACCS研究では、需給バランスを予測するため、1997年時点では需要と供給が均衡していると仮定し、次のモデルを設定しました。

1997年における平衡状態:ICUで働く医師の診療時間の合計=医師が患者1人当たりに費やす診療時間×アメリカの人口×市民1人当たりがICUを利用する日数

 この左辺(医師の診療時間の合計)が医療の供給量に相当し、右辺が医療の需要量に相当します。1997年時点の平衡状態から、将来的に右辺が左辺より大きくなれば需要が供給を上回る、すなわち、医師が不足するということになります。

 供給(左辺)については、医師の頭数ではなく、常勤換算(full-time equivalent;FTE)という単位を使って表現します。それは、例えば30歳と60歳の医師、独身の男性医師と子育て中の女性医師の労働時間が大きく異なるように、医師の臨床現場での労働時間は年齢と性別によって大きく異なるので、医師の頭数で議論してもあまり意味がないからです。そこでCOMPACCS研究は、医師に対して「年齢」「性別」「どこの病院で・どのような疾患の患者の治療に・何時間従事しているのか」をアンケート調査することから始まりました。そして、この調査の結果として求められた労働時間に、医師の高齢化・引退・新規加入の要素を反映させ、将来の総労働時間を予測しました。

 需要(右辺)については、各ICUの管理者に対して、どのような患者がICUに入室しているかをアンケート調査しました。具体的には「患者の人数・年齢・入室する原因となった疾患・入室日数」などを聴取し、それに人口国勢調査から予想される人口の増加や年齢構造の変化(高齢化)を反映させることで、将来のICUの総需要を予測しています。

 こうした需給を予想するには、実際に誰がどのような医療をどのような患者に提供しているか、詳細に調べる必要があります。COMPACCS研究では、集中治療を専門分野としてアメリカ医師会に登録している医師の約10%に当たる1000人の医師と、1173施設のICUの管理者をサンプルとして、25 万ドルの予算を投入してアンケート調査を行いました。その結果の主なところを、これから説明します。

供給側因子―集中治療医はたった20年しか働いていなかった!
 アンケート調査では、医師の41.5%と、ICU管理者の33.5%から回答を得ました。集中治療の現場で働く医師の平均年齢は47.7歳(女性の割合は9.5%)で、1週間当たりの勤務時間は平均61時間、そのうち76%の時間が臨床業務に費やされていました。また、集中治療の現場で働く医師の約半数が専門医資格(American Board of Medical Specialtyが認定するもの)を持って“いない”ことも判りました(表1)[3]。

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【表1 COMPACCS研究における集中治療医へのアンケート結果】

 驚くべきは、図2 [3]に示した医師の年齢構成です。医学校を卒業し、レジデンシーやフェローシップといった6〜7年の研修を終え、現場の第一線で働き出すのは30歳代中頃です。しかし、集中治療の現場で働く医師の数は40歳代に入ると減り始め、60歳以上の医師はほとんど見られません。実際、彼らが引退するのは平均60歳と推定されています。

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【図2 COMPACCS研究における集中治療医の年齢構成】

 過酷な勤務環境のためなのか、外来勤務にシフトしていくためなのか、いずれにせよ、集中治療の現場で働く医師の実働期間は20年程度と短いことが分かるかと思います。

需要側因子―ICU患者の半数以上が高齢者だった!
 それでは、ICUはどのような患者が利用するのでしょうか? ICU daysという単位(ICU days=患者数×在室日数)を使って表現すると、半数以上が65歳以上の高齢者によって利用されていることが判りました(18歳未満:1.5%、18〜64歳:42.7%、65〜84歳:50.0%、85歳以上:5.8%)。このことから、今後も高齢者が増加することで、ますますICUの需要が高まることが予想されます。

 また、患者がICUに入室する理由としては、手術に関する理由が42%を占め、内科系疾患では循環器疾患(心不全、虚血性心疾患、不整脈)の18.8%、呼吸不全の17.7%が目立ちました(表2)[3]。

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【表2 患者がICUに入室する理由】

需給バランスの作成
 先ほどの需給モデルに基づいて作られた需給予測を示したものが1ページに示した図1 [1]です。人口国勢調査やメディケア(高齢者または障害者向け公的医療保険制度)などの公的データをもとにして、需要については「人口の増大」「年齢構造の変化(高齢化)」「疾患構造の変化(高齢者のかかりやすい疾病は若年者のそれとは異なるので)」を反映させました。供給については「新しく働き始める医師(フェローシップからの卒業者)」「引退する医師数」「医師の年齢構造の変化(医師自身も高齢化する)」「雇用形態の変化」などが考慮されました。

 仮に集中治療医の養成数を変えないとすると、1997年時点と比べて、2007年までは需要と供給の両者ともほぼ平衡を保ちながら上昇していくのが分かります。しかし、それ以降は戦後生まれのベビーブーマーが高齢者となって需要と供給に差が生じ始め、2020年には22%、2030年には35%もの供給不足に陥ると予測されました。

 様々な状況を想定してのシミュレーションも行われました(感度分析)。例えば、女性医師の割合が増加したり、より多くの患者が集中治療専門医の診察を受ける場合(現状では約3分の1)では、供給不足がより深刻になりました。また、ICUは高齢者の看取りの場所として使われるケースが多いので、75歳以上のICU使用を10%、85歳以上のICU使用を20%制限するとした場合でも、需要が満たされることはありませんでした。

 COMPACCSレポートは次のように結ばれています。

 「アメリカでは、人口の高齢化によって、集中治療の需要は増加するが、集中治療医の供給は追いつかない。これは、『サブスペシャリストは供給過剰になるから、その養成数を抑制すべきだ』という意見に反する。医師の養成数を増やすことは、解決方法の一つかもしれないが、実際に効果が出るまでに時間がかかるので、早急に対応しなければならない。十分な準備をした医療システムを構築しなければ、疾病による負担が増え、高齢者が最も被害を受けるであろう」

皆が批評家では始まらない、日本版COMPACCSに着手
 今回は、精緻な労働力調査から、集中治療に携わる専門医の不足を予測したCOMPACCS研究を紹介しました。そして、不足の一番の要因は、戦後生まれのベビーブーマー世代が高齢化を迎えるためでした。

 COMPACCS研究の需給予測のモデルは、供給=需要という1つの式からスタートするもので、その簡潔さに驚かれた方もいるかもしれません。近年、アメリカ医科大学協会(Association of American Medical Colleges;AAMC)は、もう少し複雑な要素を反映させたモデルを提唱していますが、基本的な考え方はCOMPACCS研究と変わりありません(図3)[4]。

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【図3 AAMCが提供する医師需給予測のモデル(※クリックして拡大)】

 COMPACCS研究の一番の意義は、アメリカの医師養成数の政策を抑制から増産へ変えるきっかけとなったことです(「医師の需給予測を考える Vol.1」参照)。この研究を知ったアメリカ政府は、後追いで保健研究局に再検証させ、専門医が不足し続けるということを再確認します。そして下院議会では、「集中治療を評価し向上させる法」“Critical Care Assessment and Improvement Act”という法案が議論されるに至ります(その詳細は次回に紹介します)。

 さて、日本においても医師不足という言葉が聞かれるようになって久しく、医師養成数を増やすべきか否かという議論がなされています。しかし、この問いに対して、根拠となる十分な情報や研究が足りないため、判断しようがないと考えている方が多いのではないでしょうか? とすれば、これからは日本の臨床現場に入り込み、個々の医師の労働実態を把握する調査を積み上げていくことが大切なのではないでしょうか?

 もっとも、批評家の立場から物事を議論していても何も始まりません。そこで私は、考えを共にするメンバーと、COMPACCS研究を参考にして日本の現状に合うように改良した労働力調査を行うべく、「集中治療の労働力調査プロジェクト」というワーキンググループを作り、日本集中治療医学会の下で活動しています。

 私たちが2011年に行った労働力調査の結果は、第40回日本集中治療医学会学術集会(2013年2月28日〜3月2日、長野県松本市)で発表します。このような学会単位・地域単位での調査が積み重なることによって、初めて日本の全体像が見えてくると思います。「最も重症な患者さんが、適切な治療を受けることができるために」、私たちは今後も日本で調査活動を進めていきますので、ご期待・ご支援いただれば幸いです。

【まとめ】
1)COMPACCSでは「医師の診療時間の合計=患者1人当たりの診療時間×人口×市民1人当たりがICUを利用する日数」といったモデルを用いて需給予測が行われ、医師およびICUの管理者に対して、労働時間や患者に関する詳細な調査を行った。
2)COMPACCSでは、戦後生まれのベビーブーマー世代が高齢化を迎え、増大する集中治療の需要に対応できないために、集中治療に携わる専門医が不足すると結論づけられた。

【References】
1)Angus DC,Kelley MA,Schmitz RJ,et al:Caring for the critically ill patient.Current and projected workforce requirements for care of the critically ill and patients with pulmonary disease:can we meet the requirements of an aging population? JAMA.2000 Dec 6;284(21):2762-70.
2)Schroeder SA,Sandy LG:Specialty distribution of U.S.physicians―the invisible driver of health care costs.N Engl J Med.1993 Apr 1;328(13):961-3.
3)Robert Schmitz,Mary Lantin,Alan White:Future Needs in Pulmonary and Critical Care Medicine.Abt Associates Inc.Nov 13,1998.
http://www.abtassoc.com/reports/chest2.pdf
4)2010 Physician Workforce Conference Presentations(Association of American Medical Colleges).
https://www.aamc.org/meetings/past_meetings/pwc/150294/2010_pwc.html
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