2013年03月18日

女性医師、母、オンナとして…

小林孝子
ビーンリー・ロード・メディカルセンターGPフェロー

 自分の人生に結婚はあり得ない――。私はてっきり、そう思っていました。

 今の旦那さんと知り合ったのは、私が34歳の時。内科医として日本で10年間働いた後、骨代謝の研究のためオーストラリアのシドニーに渡り、それが一段落して日本に帰る間際、彼と出会ったのです。

 当時、私は大学院の博士課程にいて、研究が一段落したので日本に帰り、論文を仕上げて博士号を…という計画でした。もし、彼に出会わなかったら、今頃はまだ大学に残って臨床あるいは研究をやっているか、どこかの病院に派遣されて勤務医として働いているか、はたまた開業していたか。皆目見当が付きません。

 彼に出会うまではGP(general practitioner)という職業があることさえ知らなかったので、もしかしたら「ビビッ」としないまま日本で医師として漠然と働いていたかもしれません。それなりに生きがいもあるし収入もあるし、それはそれでよかったのかも…。今回の一文は、日々が漠然と過ぎていくと感じているような女性医師の方々に、特に読んでいただきたいです。

かけ足で進むより、大事なことは…
 旦那さんと出会い、結婚を決めた時点では、医師として仕事を続けようと考えてはいませんでした。「オーストラリアで医師として働くなんて私には到底無理だけれど、向こうに行ってから考えればいいや」くらいにしか思っていなかったのです。ところが、親は、そんないいかげんを許しませんでした。「どうしても行くのなら、せっかく勉強した医学を生かせるように目的を持って行きなさい。6年間の大学生活と、10年間のキャリアと、臨床研究の成果がいかにももったいない」と。旦那さんも、私がオーストラリアでGPになることには一切反対しませんでした。

 両親としては多分、医師としてどういうコースを取るにしろ、私は結婚せずにずっと日本で働いていくものだと思っていたのではないでしょうか。だから、オーストラリアで医師として働くことなんて、できない確率の方が高いと思ったのでしょう。私があきらめてくれるかも…という気持ちもあったかもしれません。

 ずっと昔、あのイチロー選手(だと記憶しているのですが…)がインタビューの中で、「僕がプロ入りするとき、『あいつにできるわけがない』と言った親戚を見返してやろうと思った」みたいなことを答えていましたが、当時の自分を思い返すと、この言葉が重なります。ですから私も、「将来のめどが付くまでは、結果を出すまでは、日本には帰らない。帰っても意味がない」という気持ちで、6〜7年の間、里帰りしなかったこともあります。結局、私はオーストラリアがすっかり気に入ってしまって、「日本に帰りたい」という気持ちはあまりなくなってきています。

 34歳で結婚し、博士号を取得。そして、内科医としての一つの区切りを付け、10年間のキャリアの総決算をするという意味もあり、渡豪前に日本内科学会の総合内科専門医(当時は「内科専門医」)の資格を取得しました。「仮に夢破れたとき、日本で再就職するときに有利かな」という考えもありましたが…。

 36歳で1人目の娘、38歳で2人目の娘を出産。39歳でオーストラリアの医師国家試験であるAustralia Medical Council(AMC)のmultiple choice question(MCQ)に合格し、40歳から病院で働き始めました。43歳で AMC clinical(オーストラリアで医師として働けるようになるための臨床実地試験)に合格、45歳でGPの道へ。47歳でようやくフェローになったということで、亀のようにスローな歩みでしたが、1歩ずつ目標に近づいていきました。私は要領が悪かったから何回もチャレンジしなければならなかったけれど、他のドクターならもっとスムーズに進めるかもしれません。

 GPになるための準備を本格的に始めたのは、2人目の娘を出産してから。高年齢出産でしたが、やはり子どもが欲しいとなると、キャリアよりも年齢の事情が優先します。「子どもが生まれるまで待ったら、GPになるのはもっと難しくなる」という考えは、不思議と起こりませんでした。理由は分かりません。

 けれども、女性にしか経験できない妊娠・出産を経験できたことは、今でも診療に役立っています。自分の体験に基づいて患者さんに説明できる、妊婦さんの気持ちも分かる、子育ての不安も分かる。子どもが育っていく過程を見ることで自分も成長できる、オーストラリアの社会にも関係できる、人の輪も広がる、英語もうまくなる…。家族がいなかったら、ここまでできなかったかもしれません。

 40歳代は、娘たちとも一緒に歩んだ10年間でした。旦那さんのサポートもあり、長女は2歳から、次女は生後6カ月から保育園に通っていました。娘たちは「マミーが恋しい」と言って登園を嫌がることもなく、大きな病気もせずにのびのびと育ってくれました。旦那さんと娘たちが、私が仕事を続ける上での障害になったことは一度もありません。旦那さんは料理が得意で、私が準夜勤のシフトから帰って来ると、よくご飯を作って待っていてくれたものです。

原動力は「医学が好き」「オーストラリアが好き」
 こうやってつらつら書いてみると、私は本当に恵まれていたと思います。けれども当時の10年間は、ストレスと不安とプレッシャーにいつも曝されていました。試験(AMCの筆記・実技両方)の合格率は30〜40%。どんな問題が出るか分からず、受験料も1回1550〜2000豪ドルくらいして馬鹿にならず、試験に失敗するたびに再試験のチャンスはどんどん長くなり、3〜4年は待たなければならない(※)。また、病院の就職口探しは熾烈な競争で、履歴書を送っても誰も関心を持ってくれない。「今はポストが埋まっていて、ドクターはいらない。また連絡する」と言われて、ちっとも連絡が来ません。

 けれども、不思議なことにやめようとは思いませんでした。理由は分かりません。「やめる」「あきらめる」「日本に帰る」ということは、一度も考えませんでした。「いつかは受かる」と思っていたからかもしれません。やはり医学が好きだったのでしょうね。そして、オーストラリアが好きだった。オーストラリアの病院で働くのが好きだった。オーストラリアの人たちが好きだった。誰もプレッシャーをかける人はいなかったし、好きなように働いて、子育てができる、こちらの環境が水に合っていたのだと思います。オーストラリアに感謝です。

 特に、若い女性医師の方々へ伝えたいこと――。あなたにはキャリアがあるのだから、何かあっても1人で生きていけます。これはとっても有利なことです。「ビビッ」とするものを見つけて、夢に向かって進んでください。その過程で、よき人生のパートナーに巡り会えるかもしれません。その人と一緒に夢をかなえていくこともできます。ただ、妊娠・出産に関してだけは、キャリアよりも年齢を優先したほうがいいかな。これは私の経験からくる正直な思いです。

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【クリニックでのクリスマスランチ。白衣を着ないので誰がドクターなのか分かりませんが、私を入れて4人の女性ドクター、2人の男性ドクターがいます。モスラムのスカーフをしている女性はナースです。】

オーストラリアGPからの挑戦状―あなたならどうする?(3)
 この連載では随時、私が出合った症例をもとにしたクイズを出題し、「あなただったらどう対応しますか?」と、読者の皆さんにうかがっています。今回のテーマは、“白い食べ物”を食べた後に嘔吐する3歳男児に対するマネジメント。次ページに示す状況から、お考えください。

 3歳の白人男児。頻繁な突発性嘔吐を主訴に受診。直近1カ月の間、最低でも1日1回は食後40分ぐらいして突発的な嘔吐を繰り返していた。食後しばらくして、ソファに横になり「気持ちが悪い」と言いながら大量嘔吐。両親は「特に“白い食べ物”(パン、ビスケット、パスタ、シリアル、クラッカー)を食べた後に嘔吐をするようだ」と言う。吐いた後はケロッとして、次の食事は何事もなかったように食べる。下痢も便秘もなし。吐物にも便にも血液が混じることはない。

・既往歴:小児喘息でステロイド吸入薬を服用。
・家族歴:父親は小児喘息だったが、現在はなし。
・所見:おおむね具合は良さそう。玩具で遊んでいる。顔面はやや蒼白。
・身長・体重:104cm、体重17kg(いずれも50パーセンタイル)。前回の測定(1カ月前)より1kg減。
・体温:36.3℃、脈拍90/分。
・身体所見・神経学的所見:特に異常なし。
・血液検査所見(単位やカッコ内の基準値は日本と多少異なる):末梢血;Hb 107g/L(105〜135)、MCV 74fL(70〜86)、MCH 23pg(23〜31)、WBC 4.7×109/L(6.0〜17.0)分画は正常。plt 266×109/L(150〜550)、生化学;Na 140mmol/L、K 4.0mmol/L、Cl 105mmol/L、Random Glucose 4.9mmol/L(3.0〜7.7)、Ca 2.41mmol/L、Alb 58g/L(60〜82)、コレステロール値正常、血清鉄5μmol/L(10〜33)、TIBC 68μmol/L(45〜70)、Ferritin 5μg/L(10〜140)、VitaminB12 129pmol/L(162〜811)、Folic acid 859nmol/L(545〜3370)、Transferrin saturation 7%(16〜50)
・腎機能・肝機能:正常。
・尿所見:蛋白(−)、ケトン(−)、糖(−)、WBC(−)、RBC(−)、培養(−)
・感染・炎症マーカー:CRP(−)、ESR(−)

 さて、どのようなマネジメントが適切でしょうか?

(1)鉄欠乏性貧血のため消化管出血が考えられるので、小児消化器科に紹介。上部内視鏡および下部内視鏡検査を依頼する。
(2)貧血と嘔吐が認められる。小児癌をまず除外した上で、頭痛は訴えていないようだが、頭部と腹部のCTを依頼する。
(3)貧血があり、ビタミンB12は低値で、白血球も減少している。悪性貧血などの血液疾患が考えられるので、血液内科に紹介する。
(4)代謝性の疾患が疑われる。小児科に紹介して、後は専門家に任せる。
(5)鉄欠乏性貧血であり、ビタミンB12は低値を示している。“白い食べ物”で嘔吐するのは、グルテンの吸収障害が疑われる。tTG(トランスグルタミナーゼ抗体)などをチェックして、陽性なら無グルテン食を試してみる。
(6)選択肢(1)〜(5)に正答なし。

 答え合わせは次回の記事で。コメント欄へのご回答も大歓迎です。

※ AMCの試験では、初めて試験を受ける人が優先されるため、失敗するたびに再試験のチャンスが遅れていきます。その上、再試験の時期に関する正確な見通しも立ちません。
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