2013年03月21日

画像検査を断るのが画像診断医の仕事?

林 大地
ボストン大学放射線科リサーチインストラクター

 イギリスのNHS(national health service)の財政が逼迫していることは、これまでの連載で書いてきた通りです。これに関連して、前回は医療通訳・翻訳サービスについて紹介しました。今日の医療において、ほかに医療費を圧迫するものと言えば、画像検査が挙げられます。

 画像検査のコストは地域や病院、検査する部位によって変わるようですが、一般的には最も低額な単純X線写真が50〜70ポンド(約7240〜1万130円)、CT(1カ所の検査部位)が300〜600ポンド(約4万3440〜8万6880円)、MRI(1カ所の検査部位)が250〜900ポンド(約3万6200〜13万320円)程度するようです[1](※)。NHSの医療では患者負担額がゼロなので、本来高額なCTやMRIは本当に必要な場合でないと検査させてくれません。

 ちなみに、日本の診療報酬体系(2012年4月改定版)によると、胸部単純X線写真1枚にかかるコストは2800円(うち、患者負担3割の場合〔以下同〕で840円)、頭部CT(造影なし)1回1万7000円(患者負担5100円)、頭部MRI(造影なし)1回2万800円(患者負担6240円)となります。これらの額は撮影機器の種類や撮影施設、読影者の資格などによって複雑に定められているので、あくまでも参考程度の数字ですが、イギリスよりも全体的に安価に画像検査が行える印象を受けます。

“order”は禁句、できるのは“request”
 私がキングス・カレッジ・ロンドン病院で外科研修医だった頃、ものすごく苦労したことの一つが「画像診断医を説得して緊急画像検査を撮像してもらう」ことでした。

 研修を始めて間もないある日、救急外来に右下腹部痛で来院した患者を指導医と共に診察しました。病歴や臨床所見、血液データなどから急性虫垂炎を疑い、すぐに腹部造影CTを撮ろうということに。初期研修医だった私の仕事は、紙の緊急CT依頼票を持って画像診断部まで足を運び、読影室にいる緊急検査担当の画像診断専門医に緊急CTを直接お願いすることでした。

 このときの私の依頼の一言は、“I would like to order an urgent abdominal CT,please.”

 すると、すかさず返って来たのが、“You do not order a CT.You can only make a request for it,and I decide whether it should be done or not!” 強い口調で怒られてしまいました。

 ここで解説を加えると、“order a CT”という言い回しは、日本語に訳せば「CT検査を注文する」となります。これだと「出前でラーメンを1杯注文する」のと同じ感覚で、CT検査を行うかどうかの重要な臨床判断を私(初期研修医)が下し、画像診断医は注文を承るだけの役割ということになります。すなわち、画像診断医を見下した言い回しと解釈され、怒りを買ってしまったのです。

 イギリスでの正しい表現は“request a CT”(CT検査を依頼する)。このときに鮮烈に学びました。外科研修医である私は「CT検査をしていただけるかどうかのお伺いを立てること」しかできず、検査を行うかどうかの最終判断は画像診断医に委ねなければならないのです。

拒否が前提? 承諾が前提?
 もっとも、仮に私が大ベテランの外科専門医であったとしても、画像診断医の対応は全く変わりません。「外科勤務歴20年の私が言うのだから間違いない、絶対必要だからCTを撮ってくれ」と威圧的に言ったところで、画像診断医は決して首を縦には振りません。

 基本的に「緊急画像検査依頼は拒否されることが前提」なのですが、そこにはあくまでも「撮影した画像は全て画像診断医が即座に読影してレポートを作成しなければならない」という背景があります。おそらく明らかな病的所見が得られない、あるいは画像所見が患者の治療方針に影響を与える可能性がないケースまで依頼を受けてしまうと、それらの検査・読影に時間を取られてしまい、本当に必要な緊急検査への対応が遅れてしまいます。

 対照的に日本では、緊急撮影された画像の全てを画像診断医が読影するわけではありません。私が救急部で初期研修医として仕事をしていたときのことを振り返ると、検査依頼の理由は画像診断医に宛てて書くというよりは、撮影を行う診療放射線技師が検査目的を理解できるだけの最低限の情報を書けばよかったような気がします。検査施行の是非を決めるのは画像診断医ではなく、診療放射線技師だったからです。

 もし依頼内容に不備や問題があった場合でも、診療放射線技師が画像診断医に相談してくれます。画像診断医から電話がかかってきて、検査依頼理由の詳しい説明を頼まれるのは、そういう場合に限ってでした。つまり、日本では緊急画像検査依頼は承諾されることが前提で話が進むため、各科医師が「オーダー」するものなのです。

嘘をついても、画像診断医にはお見通し
 それでは、頑固なイギリスの画像診断医を説得するには一体どうしたらいいのでしょうか? 答えは一つ。依頼する側が、誰がどう考えても緊急CTが必要だという理由を、臨床的なデータをもとに論理的に説明することです。これを英語では“explain the clinical indications for an urgent CT”と言います。

 急性虫垂炎であれば、痛みの病歴、腹部所見の有無、血液データ、腹部単純X線写真の所見などをきちんとまとめて、依頼を決して拒否できないような状況に画像診断医を追い込まなければなりません。頭痛の患者であれば、病歴や頸部所見、髄膜刺激症状(meningism)や神経所見の有無などから、くも膜下出血を疑うことを端的に説明する必要があります。「たぶん片頭痛(migraine)だけれど、念のため頭部CTを撮っておこうか」というような「スクリーニング目的」では、緊急CTのリクエストは却下されてしまうのです。

 だからといって、「本当はスクリーニング目的だけれど、すぐにCTを撮らないと指導医に怒られるから、嘘の理由を申請して強引に撮影してもらおう」という「不正直な行為」はすべきではありません。「くも膜下出血疑い」と言っておいて撮影の許可をもらい、患者をCT検査室に運ぶと、そこには画像診断医が待ち構えています(緊急CTは即時読影が必要なため)。

 そのときに、患者本人がピンピンしていて、頭部CTは正常所見…という展開になったら、さあ大変。嘘をついていたことが一発でバレてしまい、次からどんな依頼を出しても「狼少年」として拒否されかねません。

日本の“素晴らしい”画像検査システム、画像診断医の立場から見ると…
 これが日本では、画像検査は各科の医師がパソコン上で「オーダー」し、検査室に電話を入れれば、診療放射線技師がうまく差配してくれ、すぐさま緊急の画像検査が行われる。先にも述べたことですが、東京慈恵会医科大学付属病院で研修を行った際に、こんな素晴らしいシステムを体験しました。

 ほとんどの場合、緊急検査を行うかどうかの臨床判断に、画像診断医は関わらないようでした。当時の私は、「日本では画像検査が事実上好きなだけオーダーできる。臨床医にとって、なんて仕事がしやすい環境なんだ!」と強い衝撃を受けました。

 ところが、後に自分が画像診断医の立場になると、慈恵医大病院ではあまりに簡単に画像検査がオーダーできるため、「なぜその検査が必要なのか」「依頼した医師は何を求めているのか」が全く記載されていない依頼票が時々あり、読影する際にどこにポイントを絞っていいのか分からなくて困ることがありました。簡単にオーダーできすぎる弊害と言っていいでしょう。画像検査を撮影する臨床的意義(clinical indication)が乏しく、画像を撮影することそのものが目的なのではないか、と疑いたくなるようなケースも多々ありました。

イギリスは7台、日本は97台
 イギリスの画像診断医が画像検査をできるだけ行わないよう努めることには、もちろん理由があります。一つはコストの問題。もう一つは検査機器の不足です。

 1995〜96年までさかのぼって比較すると、2011〜12年において、CT検査は当時の約2.3倍、MRI検査は約6.1倍の件数が実施されています。高額な検査の件数がこれだけ増えているのですから、人口の増大と高齢化による医療費増大と相乗する形で医療費を圧迫しています[2]。

 患者負担額がゼロのNHSでは、病院(最終的には政府)が全医療コストを負担します。一方で、画像検査機器の技術的進歩に伴い、より高度な画像検査を行う機会が増えてきています(表1)[2]。

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【表1 イングランドで2010年度および2011年度に撮像された画像検査(単位:千件)】

 検査機器の数については、イギリス全土のCTおよびMRIスキャナーは、世界レベルで見て少ないと言えます。OECD(経済協力開発機構)の発表によれば、2008年の時点で、人口100万人当たりのCTは7.3台(第17位)、MRIは5.5台(第14位)しかありません[3]。ちなみに、世界ダントツの1位はご存知のごとく日本。CTは人口100万人当たり97.3台、MRIは43.1台を擁します(図1)。

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【図1 OECD加盟国における人口100万人当たりのMRIスキャナの台数(上位20位)】

 なぜキングス・カレッジ・ロンドン病院では「緊急画像検査は拒否ありき」で、慈恵医大病院では「画像検査し放題」だったのか。この数字だけを見ても、分かるような気がします。

 検査の需要は増えているのに、検査機器は足りない。これでは、ルーチン検査の待ち時間が長くなるのは必然です。イギリス政府の発表では、2012年12月末の時点で、ルーチンのCT検査は平均2週間待ち、MRI検査は2.5週間待ちとなっています[4]。いくらルーチンとは言え、そんなに待ちたくないという人は、プライベート医療で検査(費用は全額自己負担かプライベート医療保険でカバー)という選択肢があります(連載第2回および第3回参照)。

 NHSでさばけない比較的裕福な患者は、プライベート医療でカバーする。これはイギリス医療のお家芸と言えるのですが、それでも根本的な問題解決にはなっていません。「本当に必要な画像検査しか行わない」という姿勢は今後も堅持していかざるを得ないのが実情のようです。

※ NHSが公表しているデータが見つからなかったため、プライベート医療における全額自費負担検査のコスト(撮影料+読影料)をもとにして算出した推定額。

【References】
1)The Hereford Radiology Group:Price list(2011-2012)Self pay,2011.
http://www.uk-radiology.co.uk/2.html
2)NHS imaging and Radiodiagnostic activity in England,2011/12 Release.
3)OECD Health Data 2012―Frequently Requested Data.
http://www.oecd.org/els/healthpoliciesanddata/oecdhealthdata2012-frequentlyrequesteddata.htm
4)The Government Statistical Service:NHS DIAGNOSTICS WAITING TIMES AND ACTIVITY DATA DECEMBER 2012.
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