2013年04月30日

「働けなければ、どうやって薬を買うの?」

アメリカの医療費はなぜ高い? Vol.1

大内 啓
North Shore - LIJ Health System 救急医学・内科レジデント

 「私はこれから何のために生きていけばいいの?」――。マリアの言葉と頬を伝う涙が今も忘れられません。

 内科病棟で若い患者を担当するのは、限られた病気(鎌状赤血球症や嚢胞性線維症など)以外では比較的珍しいことです。22歳のマリア(仮名)も例に漏れず難しい病気を抱えていました。

ようやくたどり着いた新天地で、不治の病が見つかる
 マリアはメキシコからの不法移民で、従兄弟の助けを得てようやくニューヨークへ移住。その彼女が「持病の喘息」で呼吸困難を起こしました。近場の病院に運び込まれたとき、酸素飽和度はノンリブリーザーマスク(リザーバーマスク)で82%だったそうです。緊急に気管挿管されICUで治療を開始したようですが、酸素飽和度が上がらないのでエコー検査をしたところ、アイゼンメンジャー症候群が発見され、心臓手術のために私の勤務する病院に搬送されてきました。

 小児心臓手術も手がける心臓外科医のG先生によると、「既に心臓が成長しすぎていて、手術による治療は不可能だ。薬剤に頼るしかない」という状況。小児循環器科のP先生がシルデナフィル(商品名レバチオ)やエポプロステノール(商品名フローラン)などを投薬して、なんとか人工呼吸器から離れることができるようになったものの、マリアは自分の状態がよく分かっていません。人工呼吸器を離れることができても、座っているだけで酸素飽和度は85%となり、トイレまで歩くのが精一杯という有り様でした。

 英語を話せないマリアとスペイン語を話せない私は毎日、通訳の電話を間に挟んで会話していました。私が担当するまで自分の病気について説明されていなかったマリアに、何度も何度も同じことを噛んで含めるように話しました。

 「あなたの病気は喘息ではなく心臓の問題です。治ることはないし、これからもっと悪化する可能性が高いでしょう」。不法とはいえ、安定した生活を夢見て渡米してきた22歳の女性には、信じられないほどのショックだったと思います。

現実の難題に医師ができることは…
 会話を交わしていると、「現実問題として、これからどうしていくか?」という話題になり、次から次へと難しい課題が出てきます。「歩くだけでも(酸素飽和度が落ちて)息ができなくなるのに、どうやって生活したり働いたりすればいいの?」「働けなければ、どうやって月に数千ドルもする薬を買うの?」「薬がなければ、どうやって生きていけばいいの?」…。私には答えようのない質問ばかりで、自分の無力さを痛感しました。

 医師である私にできることは、製薬会社に手紙を書いてマリアの状況を説明し、シルデナフィルやエポプロステノールを無償提供してもらうことぐらいです。こうした配慮は末期疾患患者や無保険者のためにアメリカではよく行われており、製薬会社はPRになることもあって比較的協力的なのです(もちろん、例外もあります)。このお願いをするためのstandard formも用意されているくらいです。

 「今後も薬を飲み続けなければなりませんが、副作用として催奇形性があるので、これから妊娠することは残念ながらできません」。こう説明すると、マリアは「私はこれから何のために生きていけばいいの?」と言って、静かに泣き出しました。

 もはやかける言葉も見つかりません。「お金も身寄りもない彼女は、これからどれだけ、どうやって生きていけるのか?」「医師として彼女にしてあげられることはここまでなのか?」。解決しようのない葛藤で私の頭は一杯になり、途方に暮れるしかありませんでした…。退院後はうちの病院の循環器医が外来で担当しているようですが、彼女の生活や健康状態が良い方向に向かっていることを祈るばかりです。

手に負えない患者がアメリカにたどり着く
 アメリカ50州のうち2番目に移民の割合が高いニューヨーク州。ここで臨床をしていれば、マリアのようなケースには頻繁に遭遇するはずです。

 こうした移民が重病を抱えている場合、その医療費のほとんどすべてをアメリカ市民が税金で支払っているといっても過言ではありません。2010年のデータでは、約4000万人の移民のうち約1000万人が不法移民だということが分かっています(図1)[1]。

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【図1 アメリカの不法移民の人口推移(2000〜2010年) Refarence 1)より引用。】

 なお、(合法と不法を含めた)全ての移民およびその子どもが医療保険を保持している割合は約52.4%とされています[2]。

 ニューヨークの医療者の間では“fresh off the boat patient”(外国から移住してきたばかりで、移住先の文化や慣習、言語に不慣れな患者)という表現が使われます。「患者はインドから飛行機でJFK国際空港に着き、ただちに救急車を呼んで病院にやって来ました」という医学生のプレゼンテーションを聞くこともよくあります。

 他国で病気にかかった患者が、その国の医療者から「もう私たちの手には負えないのでアメリカに行きなさい」とアドバイスされ、何とか飛行機に乗り込み、到着するや即座にERを訪れ入院して治療開始。そのままアメリカに留まり、その医療費はすべてアメリカ市民の税金で負担…。こういうパターンは、しばしば遭遇します(※)。

 もちろん、マリアのケースでもそうであったように、われわれ臨床医は無保険の患者に対してもできるだけ力になろうとしています。しかし、頭の片隅に「これでまたアメリカの医療費が高くなる。自分が払った税金が…」というモヤモヤがあることも確かです。受療目的でやって来た移民の患者は必然的に重病を抱えているので、アメリカで治療を開始した後の医療費は、平均的なアメリカ市民に比べてはるかに高額になります。

 アメリカの医療費(2008年度)は国民1人当たり7538ドル(約71万円)で、OECD加盟国中トップ。日本の2729ドル(約21万7000円)に比べてもはるかに高額となっています(図2)[3]。「なぜ、アメリカの医療費はそんなに高いの?」。アメリカ以外の知人から実によく聞かれる質問です。私は頑張って説明しようとするのですが、いつも曖昧な答えしかできず、あまり納得してもらえないまま終わってしまいます。マリアのような移民の患者の存在は一因ではありますが、それだけですべてを説明することはできず、様々な原因が複合的に絡み合っています。

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【図2 国民1人当たりの総医療費(2008年) Refernce 3)より引用。】

 また、世界一の医療費に見合った成果が出ているのかというと、そうでもありません。これはいったいどうしてなのでしょうか? 次回は、この辺りを見ていきたいと思います。

※ すべてではないものの、多くの外国からの渡航者がビザなしで入国できます(日本人も)。決められた期間を超えて国内に滞在しても、その後に出国しようとしない限り、政府には把握できないことが多いのです。

【References】
1)Hoefer M,Rytina N,Baker BC:Estimates of the Unauthorized Immigrant Population Residing in the United States:January 2010,U.S. DEPARTMENT OF HOMELAND SECURITY,Feb 2011.
http://www.dhs.gov/xlibrary/assets/statistics/publications/ois_ill_pe_2010.pdf
2)Camarota SA:Facts on Immigration and Health Insurance,Center for Immigration Studies,Aug 2009.
http://cis.org/HealthCare-Immigration
3)KAISER FAMILY FOUNDATION:Health Care Spending in the United States and Selected OECD Countries,Apr 2011.
http://www.kff.org/insurance/snapshot/oecd042111.cfm
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