2013年05月14日

駅伝に学ぶ、スタッフの「社会的手抜き」の減らし方

渡瀬剛人
ワシントン大学救急医学領域
ハーバービュー・メディカルセンターAttending Physician

 卒後3年目に働くことになった(日本の)病院の救急科は、常勤医は私、同期、部長の3人のみという小所帯でした。その病院を私が去る頃には10人近くにまで拡大していましたが、科全体としての動きは何となくスローになったように感じられました。自分の気持ちも緩んで自己嫌悪に陥っていた時期でもあり、「卒後5年目とは、このように感じる時期なのか」と、そのときは勝手に納得していましたが…。

 医療組織や医療チームの規模が大きくなったとき、そのメンバーのパフォーマンスにはどのような影響があるのでしょうか? チーム競技である「駅伝」も引き合いに出しながら、考えてみたいと思います。

アメリカの「医療の質」は世界第37位
 アメリカの医療は、大規模かつ複雑なシステムで動いています。いかに複雑かは、私の妻が出産した際、医療費(自己負担分)の請求書が4通も届いたという事実が端的に示しています。(1)出産に立ち合った医師からの診察料、(2)硬膜外麻酔を実施した麻酔科医からの麻酔代、(3)病院からの施設利用料、(4)検査室からの検査代。これらが別々に請求されるのです。

 請求の仕方がややこしい上、医療費そのものも大変高額です。救急外来に腹痛で受診した場合(採血、嘔吐止め、腹部CTを施行)、保険がなければ支払う医療費は約40万円になります。日本なら総額で3万円ほどでしょう。

 保険が使える場合も、加入している保険の種類や保険会社・病院間の契約によって、自己負担額にはかなりの差が出てきます。ちなみに、私の日本人の知人は、膝の手術を受けるため日本に帰国していました。飛行機代を入れても、その方が安いのですから。

 前回の記事でも少し触れましたが、アメリカの医療はかなりの危機的な状態にあります。これほどまでに至ったのは、医療システムの規模と複雑さが一つの要因でしょう。組織は、規模が大きくなるほどより多くの仕事ができ、影響力が増大すると思われがちです。しかし、アメリカで医療を提供する立場になれば、そのことが必ずしも真でないことを実感すると思います。

 多くの専門職がかかわり、高額の料金を要求するにもかかわらず、アメリカの医療は「質」の観点からは決して一流とは評価されていません。その一つの証拠として、少し古いデータですが、WHOが2000年に発表した報告書によると、アメリカの「医療の質」は世界で第37位にとどまります(表1)[1]。ちなみに、日本は第10位です。

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【表1 WHO加盟国のヘルスシステムのパフォーマンス評価(1997年) Reference 1)より引用。】

人が増えるほど生産性は下がる、リンゲルマン効果を最小限に抑えるには
 リンゲルマンというフランスの工学者は、「綱引きで人数が増えるほど1人当たりの引く力は低下し、その総力は各個人の力の和より劣る」という実験結果から、「組織が大きくなるほど、それを構成している各人の生産性は低下する」と主張しました。つまり、人数が多くなるほど「自分は楽しよう」という考えが意識的または無意識的に働いてしまうのです。これがリンゲルマン効果(Ringelmann effect)と呼ばれ、社会的手抜き(social loafing)の研究の嚆矢となりました[2]。

 アメリカの病院医療は、スタッフ数の面では日本に比べてかなり充実しています。例えば、シアトルの郊外都市エバレットにある市中病院は多くの救急患者を受け入れており、救急スタッフだけで40〜50人ほどを擁します。私の勤務するワシントン大学救急科もスタッフは40人以上で、一勤務帯に指導医3人、レジデント7人、ナースプラクティショナー3人、看護師12人ほどが働いています。

 人数が多いので仕事がどんどん進むのかと思いきや、必ずしもそうではありません。患者が来院したときに誰が診察するか決める人、診察室に患者を連れて来る人、採血や静脈確保を行う人、実際に診察する人など、多人数がかかわることで、各々の責任感やER全体を見渡す意識が薄くなりがちなのです。

 例えば、患者が診察室に連れて来られると、まずはレジデントが診察するわけですが、ここでレジデントが数人いると「ほかの誰かが診るだろう」と思って皆なかなか行動を起こしません。採血や薬剤のオーダーを入れると、何人もいるナースが皆「ほかの誰かがやってくれるだろう」となり、重い腰が上がりません(いつもそうではありませんが)。こうしたことが積み重なると、ケアの遅れや質低下につながります。個人的な意見ですが、救急外来では医師やナースを含め、1チーム4〜6人くらいの構成が適当なのではないでしょうか。

 これは一つの救急外来というレベルでの話なので、病院全体または医療システム全体という規模で考えると、雪だるま式に影響を及ぼしているだろうリンゲルマン効果の大きさはかなりのものになるでしょう。先日も、頭痛で来院した患者が脳腫瘍と診断されました。もともと様々な疾患を抱えていた患者なので、多くの専門科に診てもらっていましたが、現実問題として「放置」されていたのです。

 アメリカの医療は他国に比べて明らかに大規模化・複雑化しているため(例えば、私が勤めているHarborview Medical Centerでは、410床の病院に非常勤を含めて1200人の医師がいます)、リンゲルマン効果がより顕著であるように思われます。国家や医療システムというレベルにおける「社会的手抜き」を考察した文献は読んだことがありませんが、実際のところはどうなのでしょう。

「ピザ2枚で満足」がチームの最適な人数
 現場レベルに話を戻すと、病院医療は大人数のチーム単位で行われるものなので、どうしてもリンゲルマン効果から逃れられません[3]。それでは医療以外で、チーム単位で機能する領域でリンゲルマン効果を最小限に抑えているところはあるのかと考えたとき、私の妻が好きな「駅伝」(アメリカでもekidenです)に思い当たりました。

 日本の一般的な駅伝はコースを7区に分け、各担当の走者たちがタイムを競い合います。すなわち、チームは7人で構成され、それぞれのメンバーが担当する区が明確に決まっており、互いを信頼して親密な関係を保ち、かつ「優勝」という高い目標設定がある。こうした要素が機能することで、各メンバーが精一杯の力を出し切り、リンゲルマン効果を抑えることができているということが、[4]などの論文でも証明されています。

 リンゲルマン効果の影響を最小限に抑えるため、医療チームが駅伝チームに学ぶとしたら、次のようなことが重要になるだろうと思います。

1.チームの人数は1桁に(two-pizza rule)
 チームやグループを構成する人数は1桁にとどめる。“two-pizza rule”と呼ばれ、ホールピザ2枚でお腹を満たせるくらいの人数が最適だということです[4]。4〜8人程度が妥当なところでしょうか。

2.責任の所在を明確に
 各メンバーの役割分担と責任を明確にして、その経過や結果を追跡できるようにすることは、自己評価・成長のために不可欠です[5]。

3.仕事内容はチャレンジングに
 仕事の内容が面白く、ある程度手ごたえがある(難易度が高い)ものであれば、メンバーはやる気を出すと言われています[6]。

4.メンバー間の信頼関係を大切に
 同程度に有能なメンバーたちが、互いをよく理解し、尊重し、信頼関係に基づいて動くようになれば、チームとしての力をより発揮できます[7]。

 「大は小を兼ねる」は、医療に限らず多くの分野で用いられる発想です。しかし、リンゲルマンが提唱しているように、これが必ずしも結果に結び付くとは限りません。かの有名なスティーブ・ジョブズも、ミーティングをするときはその場にいる必要のない人たちを追い出し、少人数で行っていたと聞きます。「大は小を兼ねる」という発想を、「小が大をなし得る」という発想に変える必要があるのかもしれません。

【References】
1)WHO:The world health report 2000―Health systems:improving performance.
http://www.who.int/whr/2000/en/
2)de Rond M:Why Less Is More in Teams,Harvard Business Review Blog Network,Aug 6,2012.
http://blogs.hbr.org/cs/2012/08/why_less_is_more_in_teams.html
3)Henriksen K,Dayton E:Organizational silence and hidden threats to patient safety.Health Serv Res.2006 Aug;41(4 Pt 2):1539–54.
4)Comer D:A Model of Social Loafing in Real Work Group.Human Relations.1995;48:647–67.
5)Harkins S,Jackson J:The Role of Evaluation in Eliminating Social Loafing.Personality and Social Psychology Bulletin.1985;11:457–65.
6)Karau S,Williams K:Social Loafing:A Meta-Analytic Review and Theoretical Integration.Journal of Personality and Social Psychology.1993;65:681–706.
7)Davis L,Greenless C:Social Loafing Revisited:Factors That Mitigate−and Reverse−Performance Loss(Paper Presented at the Southwestern Psychological Association Convention,1992).
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