2013年08月28日

バッドニュースを患者にどう伝えるか

末期癌患者とのかかわりでGPは何ができる?

小林孝子
ビーンリー・ロード・メディカルセンターGPフェロー

 GP(general practitioner)の診療には、原発癌や再発癌を早期発見する最前線という側面もあります。癌の見逃しはクレームや医療訴訟の原因として最も多いものの一つということもあり、非常に責任の重いポジションです。一方で、癌発見後の患者のケア、家族のケア、痛みの治療、緩和療法・緩和ケアなどを通して、患者とのつながりや信頼関係を築くこともできます。時には患者の内面を垣間見ることのできる点で、やりがいも大きいと言えます。

 今回は、私がGPとしてかかわった、ある癌患者とその家族の話をしましょう。このケースは私にとって、癌が再発したことを患者に告知しなければならなかった、難しいケースでした。もし、皆さんが私の立場だったらどう対応するか、考えていただければ幸いです。

「癌が治った」と喜んだ矢先の多発転移
 ある日、放射線科医から胸部CTのレポートと電話をもらった私は、「う〜ん」と考え込んでしまいました。

 患者のローズは67歳の女性。シンガポールからの移民で、半年前に閉経後の不正性器出血から子宮体癌が見つかりました。子宮内膜はエコーでは正常でしたが、念のため病院に紹介したところ、内膜掻爬で癌が確認されたのです…。当時、病巣は骨盤内に限局していたため、彼女は子宮卵巣拡大摘出術を受け、さらに化学療法と放射線療法を受けました。つい先日、紹介先の病院の腫瘍医から、私宛に「寛解した」という手紙が届いたばかりでした。

 この日の朝、ローズは「右の肋骨が痛くて息をするのもしんどい」と訴えてきました。診察したところ、外傷のエピソードはなし。帯状疱疹でもなさそう。「癌はひとまず治まったようだけれども、念のためCTで胸と肋骨を見てみましょう」と彼女に話し、緊急CTを病院に依頼しました。

 その後、放射線科医から「肺に多発性の転移巣あり。胸水もたまっているし、痛がっていた肋骨の部位には転移が、肝臓にも多発性の転移巣があるよ」と電話。詳しくはレポートを見てくれとメールが送られてきたのでした。

 緊急CTの結果を聞くために病院から戻って来たローズに、このバッドニュースをどうやって伝えようか…。待合室をのぞくと、ご主人と20歳くらいのお孫さん2人と共に、4人で座っていました。もし、ローズが薄々でも癌のことを心配しているなら、既にある程度の覚悟、心の準備はあるかもしれません。逆に、全く癌のことを考えていないなら、かなりのショックを受けるだろうことは予想できます。バッドニュースは、患者がどのくらいのことを予期しているかで、伝え方も受け止め方も違ってくるわけです。

 私はまず、ローズの態度から「何を期待しているか」を探ることに。診察室に呼び入れると、彼女は笑顔、ご主人はちょっと心配気味、お孫さんは祖父母をサポートしているような感じに見えました。

 私の第一声はここで決まりました。ローズが自分の癌の状態についてどう把握しているかを聞いてから、どう伝えるかを考えよう――。「腫瘍医は最後に会ったとき、あなたに癌のことをどう説明しましたか?」

 ローズはきょとんとしつつも、「治ったと聞きました」。彼女は本当に治ったと思っていたのです。そこで、私ははっきりと伝えました。「ローズ。残念ながら悪い知らせを伝えなければなりません。癌が広がってしまい、肝臓にも肺にも転移しています。腫瘍医も治療はうまくいったと考えていたのですが、少しの癌が残っていたのでしょう。肋骨の痛みも転移から来ています」

 これを聞いて、お孫さんたちの方が泣いてしまいました。ローズ自身は、まだ何を言われたのか分からないような状態だったのだと思います。私は続けます。「かなりのショックでしょう。これから病院の腫瘍医に電話して、至急診察してもらえるように手配します。彼らの方から、どうして癌が広がってしまったのか、納得いくまで説明してもらうようにしましょう」。ご主人からは「彼女はどのくらい生きられますか?」という質問がありましたが、「それは分かりません。人それぞれ癌の進行は違いますから。けれど、私たちはできるだけのことを彼女にします」と答えました。

 時にGPは、スペシャリストと患者の間に立つことがあります。実はローズは、最後の腫瘍医の診察のときに咳をしていたそうですが、そのとき腫瘍レジストラー(※1)は診察をしただけで「異常なし」とし、胸部X線写真は撮らなかったのです。もしかしたら、そのときに胸部X線撮影をしていたら、転移が見つかっていたかもしれません。

 とはいえ、私がその場にいたわけではありませんし、憶測だけで転移の原因を語ってしまうと、患者側から腫瘍医へ「GPは見落としではなかったかと言っていました」と伝えてしまう可能性があります。ですから、私は中立の立場を守り、もし後日に患者側から質問があれば間に入って橋渡しをするという形にした方がよいと思いました。

 ローズの癌はプロゲステロン/エストロゲンレセプターが両方とも陰性だったため、寛解したように見えても、癌の悪性度の方が勝ってしまったということだろうと私は考えています。

 運良く、病院の腫瘍レジストラーがすぐにつかまりました。彼はローズのことを覚えていて、私が「子宮体癌が肝臓と肺に広がっているよ」と言うと、とても驚いていました。「腫瘍コンサルタント(※2)に至急連絡して、明日外来で患者に説明します」。彼の言葉の端々からは、訴えられないかどうかと、ちょっと不安な感じが伝わってきました。癌の再発を避けることができたのか否かにかかわらず、こういう結末になった場合、医師の心には“sue”(訴訟を起こす)の三文字が浮かぶものです。

 私は紹介状とCTのレポートのコピーを病院にファクスし、ローズには「まだ全く希望がなくなったわけじゃないから、分からないことは何でも彼らに聞いて、納得のいくまで説明を受けてください」と言って帰しました。彼女は泣いてはいませんでしたが、かなりのショックだったと思います。

患者の気持ちを100%理解することはできないけれど…
 後日、病院の腫瘍医から手紙が届きました。「ローズさんとご家族には、残念ながら転移が起こってしまったことを納得してもらったけれども、彼女は一切の治療を拒否して延命治療もしない。ただ、緩和療法・緩和ケアチームによる対症療法を受けることだけを選んだ」と書いてありました。

 彼女が何を思ってそのような選択をしたのか、はっきりとは分かりません。化学療法中は副作用に悩まされ、放射線治療の後は放射線による直腸炎で大量下血をしていたこともあり、癌治療に対してかなりのトラウマがあったのかもしれません。あるいは、それだけの治療をして治ったと思っていたのに転移が起こってしまったことで、癌治療に対する信用をすっかりなくしてしまった、とも考えられます。

 その後、またローズがご主人を連れて受診にやって来ました。元気そうでしたが、やはり痛みはつらいのでしょう。少しやつれて見えました。「ドクターTK(私は患者からこう呼ばれています)、これが最後かもしれないから、夫婦で故郷のシンガポールへ親戚に会いに行くことにしたの。孫にも付き添ってもらって。今、モルヒネを服用しているから、ドクターレターを書いてくれないかしら。空港のセキュリティーを通るときに必要だから。腫瘍医は行ってもOKだって言ってくれたわ」

 私は喜んで薬のサマリーを書いて渡しました。「夫婦そろって、楽しんで来てください」。これが彼女にかけた最後の言葉になりました。

 しばらく後、緩和療法・緩和ケアチームから、「ローズさんは旅行から帰って来た後、日に日に痛々しいほど衰弱していきました。そして、眠るように亡くなりました」と知らせる手紙が届きました。私はぽっかりと心に穴が開いたようになり、元気だった頃の彼女を思い出しては悲しい気持ちになりました。抗癌剤で髪の毛が抜けても、素敵なカツラを着けて「若返ったね」なんて冗談を言っていた彼女が、もうここにやって来ることはないのです。

 ローズが亡くなって1年ほどしてから、偶然に彼女のご主人を診察する機会がありました。「ドクターTK、僕はまだローズが恋しいです。47年間連れ添った彼女は、僕の人生で最高の女性だった。今は生きる張り合いがなくなって、毎日寂しいです」。涙ぐむ彼に、「ローズの分まで一生懸命に生きることが彼女を喜ばせることになるから。ローズは天国からずっと見守っているはず。もし、私に力になれることがあれば、いつでも言ってください」と言うのが精一杯でした。

 GPはいつも中立的な立場にいることが大切であり、患者に肩入れして腫瘍医を批判するようなことを言ってはいけません。もちろん、その逆もしかりです。また、患者が癌だと分かったときの気持ちに殊更に同情することもありません。特に癌患者の気持ちは、やはり癌になった人にしか100%を理解することはできないのです。とはいえ、「私はいつでもあなたの気持ちを聞きます」という姿勢を示し、いたわりと関心を持って接することができれば、患者は安心します。「ドクターは私たちのために精一杯やってくれた。ありがとう」と、手を取って言ってくれるはずです。

オーストラリアGPからの挑戦状―医療英語
 今回の「挑戦状」は、医療英語クイズです。いずれもオーストラリアの臨床現場で頻繁に出てくるフレーズで、オーストラリア独特の表現もあります。全部分かった方は、かなりのオーストラリア通! 答え合わせは次回の記事で。

(1)O&G (ヒント)日本での不足は是正に向かっているのでしょうか?
(2)blood thinner
(3)belly button
(4)passing wind
(5)sexually active (ヒント)中高年の方に“Are you sexually active?”。
(6)drip
(7)sugar pills (ヒント)女性の患者から“I took sugar pills but has not had period yet.”と言われることもあります。
(8)morning after pill
(9)hives
(10)boil (ヒント)いつの間にか出現していて、びっくりすることも…。
(11)# (ヒント)忙しくてカルテを詳しく書く時間がないようなときに、このマークを使います。
(12)water work
(13)down under (ヒント) “Doc,I have itchy down under.”と言われたら、若い先生は戸惑うかも。
(14)numb cream (ヒント)小児に注射や採血をするとき、あらかじめ塗っておきます。 “Let’s get the numb cream before needle.”
(15)white head (ヒント)思春期の患者ではよく見かけます。
(16)black head (ヒント)こちらも思春期の患者によく見かけますが、whiteの場合と対応は同じです。
(17)DNA (ヒント)頻繁に起こると、クリニック経営に影響が…。
(18)NKDA
(19)NFR
(20)No.1 (ヒント)ルーチンの質問に、患者さんは“I am OK with No.1.”
(21)No.2 (ヒント)上に続いて…、“I have a bit problem with No.2.”
(22)shrink
(23)pink lady (ヒント)有名なカクテルですが、消化器科では…。
(24)happy gas (ヒント)特に小児救急でよく使います。
(25)batman ice cream (ヒント)こちらも小児救急で。Batmanは言わずと知れたアメリカのヒーローですが。

※1 腫瘍レジストラー:癌治療のスペシャリストになるため、腫瘍コンサルタントの指導の下、癌治療の臨床トレーニングを行っている医師。
※2 腫瘍コンサルタント:癌治療のスペシャリスト、専門医。レジストラーの指導を務める立場。
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